第4話 私は絶対に恋愛なんてしない! Ⅳ

 この学校では昼食を食べることができる昼休憩が十二時頃、夕食が十九時頃にある。

 つまり昼食と夕食は八時間も開きがある。

 

 また朝食はダイニングホールでゆっくりと食べられるが、昼食は軽食を買って急いで食べるという形になるので、あまりたくさんは食べられない。


 何故このようなアンバランスな時間割になっているのか……

 というと、実は昼食と夕食の間にティータイムを設けることが前提になっているからだ。


 紅茶を飲みながらお菓子やサンドウィッチを摘まむことを考えると、昼食は少なく、夕食は遅い方が良い。

 とても合理的だ。


「なるほど……朝食や夕食の時とは、全く違いますね」


 ジャスティンに連れられてやってきたダイニングホールの風景は、朝食や夕食の時とは様変わりしていた。

 

 大勢が同時に食事ができるように設置されていた長いテーブルは片づけられ、小さな丸い形の、背の高いテーブルが等間隔に並んでいる。

 テーブルの上には一通りのティーセットと、そして中央にはケーキスタンドが置かれていた。


「メイン会場はダイニングホールだけど、他にもいくつか会場がある。……本当に初めて?」


「初めてですよ」


「……今まで、よくお腹が空かなかったな」(昼食でたくさん……食べている様子はなかったし。朝食と夕食であれだけ食べているオリヴィアにとって、ティータイムを挟まないのは、空腹的に辛いんじゃないだろうか?)


 ええい、まずは私が常に腹ペコみたいな認識は止めろ!

 

「空きはしますが、別に我慢はできますから。それに少し空いている方が集中できますからね」


 救貧院にいた頃はまともに食べることができなかったわけで。

 空腹を誤魔化す手段は心得ている。

 別に私はどうしても、たくさん食べないと動けないわけではない。

 ただ、食べられる時に食べているだけだ。


「ふーん、そうか……まあ、でも無理に我慢するのも良くない」


 ジャスティンはそう言って歩き始めてしまう。

 一方、私は……ダイニングホールに入る前に足を止めてしまった。


「ミス・スミス?」

「いや、その……」


 生徒たちが優雅にお茶会をしている姿を見ると、どうしても思ってしまう。

 私は場違いなのではないか、と。

 少し怖気づいてしまったのだ。


 とはいえ、それを直接言うのは恥ずかしかった。


「私を誘ったのはあなたなんですから、ちゃんとエスコートしてくださいね」


 いろいろと勝手が分からず、失敗するかもしれない。

 だからフォローをよろしく、とそんなニュアンスで私はジャスティンにそう言った。

 

 するとジャスティンは……


「そ、そうか……うん、分かった」


 そう言って何故か、私の手を取った。

 ……はい?


「ほら、行こう」(まさか、オリヴィアの方から手を繋いで欲しいと言うなんて……)


 ち、ちが…… 

 そういうわけじゃ……


 しかし私が否定する間もなく、ジャスティンはぐいぐいと先導するように私の手を引く。

 私はその力に逆らえず、手を握られたまま、会場に入ることになった。


「どうした、ミス・スミス」(もしかして、照れてる? 顔が少し赤いけど……)

「何でもありません!」


 断じて、違う!!





 さて、不可抗力にも私は学校で大人気の“ジャスティン様”とお手々を繋ぎながら会場入りする羽目になった。

 当然、注目を浴びるし、一部の女子からも敵意を向けられることになった。


 ……まあ、それは今更な話だが。

 すでに“ジャスティン様”が救貧院育ちの私生児女わたしにご執心であることは、同学年の生徒であれば誰もが知るところとなっている。


 なので、そのこと事態はどうと言うことはないのだが……


(あの下級生、恋人同士なのかしら……)

(美少年と美少女で、中々絵になる組み合わせだな)

(初々しい感じがして、ちょっと微笑ましい。どっちも可愛いね)

(確かあっちの下級生はウィンチスコット家で……女の子の方はどこの家の子だろうか? 平民生まれだとしたら、なるほど。そりゃあ、ウィンチスコット家の嫡男に手を握られたら、ああなるよな)


 上級生からの視線が辛い。


 完全に誤解されている。

 

 しかもどちらかと言うと、私の方がジャスティンに恋い焦がれているみたいな、そんな印象を受けているようだ。

 本当は逆なのに……


 私はジャスティンなんて、別に少しも、これっぽちも好きじゃなくて。

 ジャスティンが一方的に私のことを好きなだけで、私は迷惑しているだけなのに。


 今も、そうだ。

 こいつは私の気も知らないで、平気で手を取って……


 顔が熱いのも、赤いのも、心臓がバクバクするのも、全部ジャスティンへの怒りだ。

 そう、全部ジャスティンが悪い。


「あの、ミスター・ウィンチスコット」

「どうした?」

「あの、目立っているので……」

「え? あ、あぁ……」


 私の言葉でようやく、ジャスティンは自分たちが注目を浴びていることに気付いたらしい。

 これだから恋愛脳は。

 頭が呆けて、周囲への観察力が低下する……まさに病気だ。


 そしてジャスティンは今更、恥ずかしくなってきたらしい。

 顔を赤く染め始めた。


 ちょっと気まずい。


 ……ところで、身分の差を考えると、私とジャスティンは恋人関係になれないのではと思う人間がいるかもしれない(もちろん、そもそも私は身分云々を抜きにしてもジャスティンと恋人になるつもりはないが、あくまで仮定の話である)。


 しかしそれは“結婚”と“恋愛”が同じ物と勘違いした、誤った考え方だ。

 多くの人は必ずしも好きな人と結婚するわけでもないし、そして結婚した相手しか愛さないわけではない。


 事実として愛人、公娼は当たり前のように存在するし……貴族の庶子というのも――私のように認知されていないケースも、逆に認知されているケースも共に――珍しい存在ではない。


 身分違いの結婚に口を挟む者はいても、既婚の愛人関係や未婚の恋人関係に口を挟むものはいない。

 特に学生時代は“モラトリアム”と位置づけられることが多く、その手のロマンスは人生経験として歓迎する人間もいるそうだ。


 そもそも、身分違いの恋愛をしてはならないのであれば、婚約者以外の人間と恋愛させたくないのであれば、発情期の身分の異なる男女を同じ箱庭に入れるなという話だろう。

 

 ……まあ、盛っているのはジャスティンだけで、私は全然、そんなことはないのだけれど。

 

「どこに座ります?」

「そうだな。……あそこでいいだろう。丁度、空いているし」(丁度、二人席だしな)


 ジャスティンが指さしたところまで歩いていき、私は無造作に椅子に手を掛けて引こうとして……


「あっ」


 ジャスティンと手が触れ合った。

 私は慌てて手を引き、思わず彼を見上げる。


 一方、彼はゆっくりと両手で椅子を引き、そして私を見た。


「え、えっと……」

「……座らないのか?」(反対側の席が良かったか? 別に変わらないと思うけど……)

「い、いえ……あ、ありがとう、ございます」


 私は慌てて椅子に腰を下ろした。

 私が座るのを見届けてから、ジャスティンは反対側の椅子に腰を下ろす。


 ……何だか、恥を掻いた気分だ。

 そして座ってしばらくすると、給仕の人が紅茶を注いでくれた。


「それで……どれから食べるのが普通ですか?」

「基本的には下からかな?」(まあ、そこまで神経質になるほどのことでもないけどな。ここはカジュアルな場所だし)


 マナーには時と場がある。

 ちゃんと厳正に守らなければならない時もあれば、適当でいい時もあるだろう。

 今日、この場においては所詮、学生同士のお茶会であって、公的な場ではないので適当でも良いということなのだろう。

 ……けど、私にはそれを見抜くほどの見識眼はないので、取り敢えず基本を守ることにする。


 基本を崩すのは、基本をちゃんと覚えてからだ。


 取り敢えず、ジャスティンからの教えを守り、私はサンドウィッチから食べることにした。

 胡瓜のサンドウィッチを自分のお皿へと取り分けた。


 新鮮な胡瓜は高級品で、自前の温室を持っているような上流階級しか口にできない。

 だから“胡瓜だけ”のサンドウィッチを食べるのは初めてだ。


 ワクワクと同時に、「でも胡瓜だけじゃ、高いだけで美味しくはないんじゃないか?」と疑念を抱きながら私はサンドウィッチを口に運んだ。


「ん……」


 美味しい。

 具材は胡瓜だけなのに。

 とても薄いがふわふわとした食パンと、シャキっとした胡瓜の触感。

 ほんのりとした塩味と甘味のあるパンと、コクの強いバター、そしてビネガーに漬けられた胡瓜の爽やかな酸味。

 それが混然一体となる。


(やっぱり可愛いなぁ……)


 唯一、文句を付けるところがあるとしたら。

 人の顔を見ながらサンドウィッチを食う変態野郎だ。

 ……食べるとき、そんなに表情に出ているのだろうか?


 私はちょっと不快な気持ちでジャスティンを睨む。

 するとジャスティンは何を勘違いしたのか、変なことを言い始めた。


「欲しかったら、スタッフに言えばくれるぞ」(俺が食ってるのはやらんぞ)

「わ、分かってますよ」


 失礼な!


 しかしジャスティンが食べているローストビーフのサンドウィッチは確かに美味しそうだった。

 白いパンから僅かに覗く黒と赤のローストビーフ、緑色のレタスを見て、 私は思わず生唾を飲む。


 とはいえ、食べられるのはサンドウィッチだけではない。

 他にもスコーンやペイストリーがある。


 できればいろいろ食べたい。

 が、この後勉強をすることを考えるとあまりお腹を膨らませるのは良くない。

 それに夕食もあるし……控えめで行こう。


 そういうわけで私はジャスティンと談笑しながら、薄く広くという感じでいろんなものを口に運んだ。

 ジャスティンが朝食の場で言っていた通りだが、やはり朝食や夕食よりも種類も豊富で質も高い。


 どうやらこの学院の料理人はティータイムに一番力を入れているようだ。

 ……もっと最初から来ていれば良かったかな。


「そろそろ終わりにしましょうか。あまり食べ過ぎるのは良くないですし」

「……あまり?」(かなり飲み食いしてたような……)

「何ですか?」

「いや、何も……」(いや、でもオリヴィアにしては食べなかった方か……)


 私が睨むとジャスティンは露骨に目を逸らした。




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お手て繋いで、顔真っ赤になって、心臓ドキドキしちゃってるのに

恋してないって言い切るのってさぁ……アホなの?(正論)


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