25話「初めての買い物」

 メンズファッションフロアへとやって来た俺達は、とりあえず目的もなく見て回る事にした。


 何故ここへ来たかというと、服を欲しがる山田さんに触発されて、俺も自分でちゃんと服を買ってみようという気になったからだった。


 でもその初めてを、これから山田さんと一緒に済まそうというのはなんか間違えているような気もするけど、ここまで来ちゃったから以上もう仕方なかった。


「ねぇ太郎くん、あれは?」


 山田さんは、とある店の前に展示されたマネキンを指差して言った。


 それは、グレーのプリントTシャツにテーパードのかかったデニムパンツというシンプルなアメカジスタイルだったが、下手に気取ったファッションをするより、俺にはシンプルで丁度良いように感じた。


「うん、ちょっと見てみようかな」


 こうして、俺達はそのお店へと入る事にした。



 ◇



「いらっしゃいまえっ!?」


 俺達に挨拶をする男の店員さんは、隣に立つ山田さんを見てそれはもう分かりやすく驚いていた。


 なんだかこの感じ、ついさっきも見た気がする……。


 すぐに気を取り直した店員さんに、俺は目的は無いけれど服を買いに来た事を伝えると、店員さんは分かりましたと店内を案内してくれた。


 それから店員さんは、ウンチクも交えて色々と服の事を分かりやすく教えてくれた。

 それは以前行った美容室と同じで、見るからに陽キャでイケメンな店員さんだったが、俺みたいなのを相手でもちゃんと接客してくれてるのが嬉しかった。


 こうして、店員さんと山田さんの助言を貰いながら選んだ服を試着してみる事にした。


 試着と言っても、Tシャツの場合試着はNGなためサイズをしっかり確認をした上で先に購入し、それに合わせてマネキンが履いていたものと同じデニムパンツを試着してみた。


「ど、どうでしょう?」

「おぉ、バッチリですね! 身長高いしモデル体型だから、言うこと無しですね!」

「うん、似合ってるよ太郎くん!」


 店員さんと山田さんから素直に褒められた俺は、それが嬉しかったし自信にもなったため、デニムパンツも合わせて購入する事にした。


 こうして、俺は生まれて初めて自分の意思で服を買ってしまった。

 その達成感と山田さんに褒められた嬉しさから、俺の心はこの上ない満足感で埋め尽くされていた。


 こうして、俺は行動面でも生まれ変わる事が出来た。


「ありがとうございました! 綺麗な彼女さんとまた来て下さいね!」


 店を出るとき、店員さんは手を振りながらニカッと笑って、最後に思いっきし勘違いをして見送ってくれた。


 俺と山田さんはそんな店員さんに会釈を返しながら、店をあとにした。


「……私、太郎くんの彼女に見えたのかな」


 店を出て、山田さんはぽつりと呟いた。

 まぁ、男女で服を買いに来ていればそう考える方が普通だろう。

 けれど、それが自分と山田さんの事となると、理屈より気恥ずかしさが勝ってしまった。


「そ、そうみたいだね」

「……そっか」

「……うん」


 こうして俺達は、お互いに気恥ずかしさを感じながらも、ショッピングモールをあとにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る