第19話 落ちこぼれの狼

 やっぱり宝石組ジュエリークラスは強い、隙が全く見えない。

 自分の中でもわかる、今が今までで一番強い状態、なのにそれを軽々と上に行く目の前の人間は正しく化け物。

 でもどんどん丸薬の効果が慣れてきたからかな、意識はさっきよりはっきりしてる。


「確かに力も速さも黄金組ゴールドクラス並、だが君は戦士科では無い、魔導師科か支援科だろ? 理性が残っているのに戦い方が雑で獣そのものだ、まともな訓練をせずに本能だけで戦っている……それじゃ勝てない!」


 角で感じる風の些細な動き、次は下ろしている剣を振り上げる。刃を爪で止め――


「――うぐっ!」


 止めに行こうと近づいた間合いを利用して剣の柄を顔に叩き込まれた。


「臨機応変に動けないと、そして攻撃を食らったからって目を閉じたらダメだ」


 そう言われて急いで目を開けても、もう遅い。シェルドフさんが剣を持っていない左手で構えていると思ったら、全身に鋭い痛みが走る。風魔法の斬撃が身体中を削る。

 痛いけど獣化のおかげで痛みは鈍い。

 いつもの獣化なら簡単な治癒魔法は使えるけど今は魔穴が圧迫され過ぎて魔力が放出できない。


「魔法は使わないのか、なら僕の読み間違いかな……一角大狼ホーンウルフは魔法が得意な聖獣だと聞いていたんだが」


 私たちが魔法の得意な種族、そう言えば家族のみんなは本来の姿でも魔法をらくらく使っていた。でもそれらみんな素質があったから。私は人間の姿に近づかないと上手く扱えない。


「それに君は本当にホーンウルフなのかい? 文献ではその角は希望に導く光を放ち厄災を沈めたって書いていたが、君の角はまるで飾りだ」

「そんなのわかってる……私が落ちこぼれなことくらい」


 思い出したくないのに、あの時の記憶が頭から浮かび上がってくる。


 ――――――――10年前


「おばあちゃん、なんでおばあちゃんは人間の耳があるの?」

「おばあちゃんは人間だから、エリナやみんなと違って角もないし、体毛も薄いんだよ」

「エリナはおばあちゃんと違うの?」

「なんにも違わない、同じ生き物だよ……他の生き物を犠牲にして生きている、そこに人間も獣も、獣人も違いはないよ」

「でも私はおばあちゃんと一緒が良かった! 角伸びると痛いし、体はゴワゴワだし、可愛い服着たいよ」

「うふふ、エリナは女の子だからね、いつか人間と獣人が和解した時、自由に街へ出入り出来たらうんと可愛い服を着なさい」

「うん!」


 当時私は五歳、その時は獣人と人間が種族間の戦争を起こしてから10年が経った時だった。互いの遺恨は根強く、特に獣人側は多くの犠牲が出て、また生き残った獣人も奴隷として連れ去られたものもいた。家族を失った獣人は人間を襲い、襲われた人間は獣人を憎み……そうやって憎しみの連鎖は深い闇の中に沈み、先が見えなくなっている。


「エリナ! 狩りに行くぞ、早くしろよ!」

「え、うん! 今行く!」


 私たち家族は北の雪山に暮らしている。人間から距離を置き誰に知られていない秘境の地で。私は五人の兄弟がいて女の子は私だけ。みんな狩りが好きでお父さんみたいにゴワゴワした獣人になりたいって言ってる。


「よし、今日はあの鹿の群れを襲う、慎重に近づいて俺が先ず一体炎で攻撃したら逃げ散ったどれか一体を捕まえろ」

「うん」


 お父さんは魔法が得意だった。角もお父さんとお母さんとおじいちゃんは魔法を使うと光る。私たちは子供だからまだ光らないらしい。


 今日の狩りもお父さんが魔法で先に仕掛けたあと、残りは兄弟とお母さんで襲う。


「エリナ、伏せろ!」

「わかった!」


 一番上のお兄ちゃんのエイドルは魔法が得意だった。その日放った魔法は角が光っていた。


 その日を境にみんな徐々に角を光らせた。


 私だけは光らなかった。


「おばあちゃん、私は角と耳が生えただけの人間なんだよきっと」

「面白いこと言うね、角が光らなくて悔しいのかい?」

「そんなことないよ、どうせ光らないなら、角なんてない方が良かったなって」

「グルル……ガウ……」

「おじいちゃん……みんなが嫌いな訳じゃないよ」


 おじいちゃんは純血のホーンウルフ、もう殆ど動くことは無いくらいに弱っているけど、おばあちゃんが毎日傍にいる。お互い言葉が通じてないはずなのにずっと。


「エリナ、狩りに……はもういいや、エリナはばあちゃんと一緒に留守番頼むよ」

「うん」


 数年がたって、みんな立派なツノと体になった時には、私が狩りに行くことはなくなった。家でお留守番、そんなことを言いながら裏ではみんな私を落ちこぼれと言った。でもそれでも良かった。私は人間になりたかったから。獣人の落ちこぼれは人間に一番近い気がしたから。


その日はみんなが狩りに出かけた時のことだった。


「最近お肉食べてないでしょ?」

「え、た、食べてるよ」

「角が前よりみじかくなって、体毛も人間に近くなってる、体も小さくなってるわよ……人間になりたいのはわかるけど、あなたは獣人なのよ?」

「わかってるよ……でもこの方がおばあちゃんみたいになれるからいい」

「困った子ね、生き物は全て他の生き物を犠牲にしてるの、おばあちゃんもそうよ、あなたには辛い思いをして欲しくないのよ」

「私は獣人ってだけでもう充分辛いよ! 私も人間になりたかった! 角なんていらない! こんなのがあるから私は落ちこぼれだなんて言われるんだ! 人間じゃないから、狩りが出来ないとダメなんだ、私は獣人なんか嫌いだ!」

「エリナ!!」


 その時初めておばあちゃんが声を荒らげた。

 初めて見る怒った顔、初めて見た涙、滅多に動かないおじいちゃんが傍に近寄りおばあちゃんの涙を舐めとる。


「頭冷やしてくる……」


 私はその場にいるのが嫌になった。

 その日は珍しく吹雪が吹き荒れ、辺り一体が見えない程に真っ白だった。

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