第16話 水の

 大河ドラマに関連して、源平合戦から鎌倉時代初期の情報をまとめる仕事が始まった。いくら調べても調べ足りないくらいだが、とりあえず家の近所は切り上げて次に移る。舞台は黄瀬川きせがわ、源頼朝と義経兄弟が再開した地があるというあたりだ。


 せっかくだから我が家の日本史に詳しい人を外出させようと思い、二人で朝からウォーキングである。駿東郡清水町の柿田川公園の駐車場に愛車をとめ、柿田川公園から黄瀬川公園まで小一時間ほどのお散歩だ。


 源氏兄弟再会の地なるところを散策し、黄瀬川のほうへ向かって歩く。


 黄瀬川とは県東部最大の川である狩野川の支流で、富士山のほうから流れてくる。上流は滝の綺麗なところなのでいつか彼を連れていきたい。


 黄瀬川にかかる大きな橋を渡ろうとする。もう少し歩くと黄瀬川と狩野川の合流地点で、広い川岸に公園があるはずだった。そこで腰を落ち着けて柿田川公園の近くで買ったミスタードーナツのドーナツを食べる算段だ。


 橋の上で椿が立ち止まった。黄瀬川の水面に目を落としている。よく晴れた秋の日、黄瀬川の流れはゆったりしていて水面はかなり下のほうにあった。沼津の川は台風が来るとどこも例外なく大氾濫を起こすが、今年はもうその心配はないだろう。


「何か見える?」


 尋ねると、彼は川を見つめながら呟くように言った。


「朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木」

「……はい」

藤原定頼ふじわらのさだより

「誰?」

藤原公任ふじわらのきんとうの息子」

「……誰?」

「紫式部日記を勉強しなはい」

「いや、私は今吾妻鏡あづまかがみを……」

「小倉百人一首やぞ」


 これだから悠久の時に生きる平安京の人間は困る。


「僕昔定頼嫌いやったんやけど、最近になってこの人は自然の描写がうまいなぁと思うようになったわ。アホやと思うてたけど、良くも悪くも素直な人やったんやろうなあ」

「知り合いみたいに言うじゃん?」

「親戚やからな」

「何百年単位の話をしてんだ」


 椿が、ふふ、と笑う。


「僕は海が好きなんやけど、川もええね。京都は川が自慢やけど、静岡の川は雄大やね」

「京都の川に比べて荒々しい」

「勇壮やわ」



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