偽勇者アユムは田舎で普通に暮らしたい

「さぁさぁ、勇者アユム様。どんどんお食べください」


 オーガから村を救ったアユムは宴で持てなされていた。

 アユムを中心に料理と女たちが並び、舞や歌が披露されている。

 さすがに早めに誤解を解いておきたいので、目の前にいるエルフの村長に話しかけた。


「あの、俺は勇者とかいう立派なものじゃなくて……」

「ハハハ! ご謙遜を! 村長のワシを含めて、村の者全員が目撃しております。アユム様はまさしく勇者! 神の化身を操る歴代最強の勇者にございます!」


 偽勇者爆誕しちゃったなー……、とアユムは冷や汗をかいてしまう。

 もうどうやって否定しても無理なのだろう。

 ここはとりあえず七面天女の言うとおりに友好関係を築いた方が良さそうだ。


 しかし、オタク気質のアユムが人に囲まれた主役の状態でコミュニケーションを取れるはずもない。

 ガチガチに緊張しっぱなしで、どう話せば良いか迷ってしまう。


(話題……何か話題……。そうだ、まずは身近なところから話すといいと爺ちゃんが言っていた! 目の前の料理を褒めるとか――)


 そこで気が付いてしまった。

 目の前に肉料理がある。

 エルフなのに肉なのだ。

 面倒臭いオタクの部分が刺激されてしまう。


「あの、ユリーシアさん」

「勇者様、ユリーシアと呼び捨てでお願いします」

「あ、うん。ユリーシア。エルフって肉は食べないイメージなんだけど、ここでは食べるの?」


 それを聞いたユリーシアは、隣の女の子とイチャイチャしていた手をピタッと止めた。

 他のエルフも同じようなリアクションで停止している。

 何かまずいことを聞いてしまったようだ。


「勇者様……! それは肉ではございません!」

「えっ?」

「たまたま歩いて動く野菜がいたので料理してみたにすぎません……!」


 何か聞いたことある言い訳だ。

 たしか僧たちが酒のことを水と言い張って飲むみたいな昔話があった。

 そんな感じでエルフも肉を喰いたくなるのだろう。


 妙に納得しながらアユムは肉料理を食べた。

 塩コショウを振っただけのシンプルなステーキだが、噛み応えのある赤身の旨みがギュッと詰まっている気がする。


「うん、ワイルドで美味いな。これって何の肉……じゃなくて、野菜なんだ?」

「先ほど採れ立てのお野菜です、ええ、採れ立て新鮮」

「先ほど……?」


 エルフの村は襲われていて狩りどころではなかったはずだ。

 もしかして、アユムのために急いで鹿などを狩ってきてくれたのだろうか?

 肉を噛み締めながら感謝をする。


「ん?」


 アユムの視界の隅にチラッと入ってきたのは、人間とオークの死体だ。

 どこかへ運ばれていく。


(まさかな~……)


 確認するかのようにユリーシアに視線を送ると目を逸らされた。


「あの、ユリーシア?」

「……大丈夫です! 人間の冒険者は役立たずでしたが、遺体をなるべく完璧な形で戻さないと戦争になるので!」

「その言い方だとオークの肉かよぉー!?」


 さすがにモンスターとはいえ、人の形をしたオークを食べるのは無理である。

 オークステーキのおかわりは丁重にお断りした。

 それと人間の遺体に関してもアレな言い方なのは、やはりエルフとは別の種族なのだなと感じさせてくれる。

 怖い。


「お食事に満足して頂けたなら、次はそうですね……私は無理ですが、村の女の子と触れ合うのはどうでしょうか?」

「えっ!? 良いの!?」


 童貞はオークのことなど忘れて一瞬で食いついた。

 女の子と合法的に触れ合えるというのは初めての体験だからだ。

 もしかして、あんなことやこんなことを……と心臓のドキドキが止まらない。


 異世界体験一日にしてハーレムを誕生させてしまったのだ。

 近くに寄ってくるエルフの女性は誰もが美しい。

 緊張で理性が飛びそうだ。


「い、いや~、でも複数と付き合ったら責任を取ってみんなと結婚することに……。あ、エルフは一夫多妻とかなのかな、もしかして!」

「勇者様。結婚は無理です」

「え? あ、ああ……気が早かっ」

「村の女性は全員既婚者ですから」

「……全員?」

「全員」


 よく見るとエルフの女性たちは全員が木製の結婚指輪を付けている。

 ママ~と叫ぶ子どもたちもいた。

 勇者にNTRされそうになって血涙を流すイケメンエルフたちも木陰に見えた。


「あの、フリーな女の子は……?」

「エルフって長生きですから大抵は結婚しちゃってるんですよね~。あ、私はフリーなので良い女の子がいたら紹介してください」

「………………さて、余興はここまでにして、真面目な話をしようか」


 決して、NTR未遂で冷静になってしまったからなどではない。

 元々、エルフと友好関係を結ぶためにやってきたのだ。

 エルフの可愛い恋人ができるなどと期待をしていたはずはない。


 こんなに大勢に好かれたなんて初めての経験で舞い上がってしまった、とかではない。

 そうアユムは自分に言い聞かせた。


「メインヒロインどこ!?!?!?!?!?!?!」

「ゆ、勇者様、突然どうしたのですか……?」

「コホン、勇者式の勝利の雄叫びです。それで、俺はエルフと友好関係を結びたいと思っているんです。実は――」


 アユムは事情を包み隠さず話した。

 これは七面天女の入れ知恵である。


 アユムとしては異世界人だとか、赤龍のことまですべて話したら色々と問題になるのではないかと思った。

 しかし、七面天女は――


『オークに負けそうになる程度の脆弱な文明の集落なら問題はないでしょう。裏切って攻めてきても現状なら対応できますし、そもそも裏切ったらアユム艦長が制裁を加えるので手出しできないでしょう』


 と恐ろしいことを言っていた。

 エルフと人間でも種族差を感じたが、AIと人間でもかなりの差があるようだ。

 果たして人間のアユムは正気でいられるのだろうか。


「という状況だから、今後協力してもらえると助かる……」


 裏切った場合のことだけは隠しつつ話し、アユムは引きつった笑顔を見せていた。

 だが、エルフたちからすればそんなことは些事だったらしい。


「もちろん! 勇者様と神様のお手伝いができるなんて光栄です!」

「す、すげぇ! オレたちエルフは今、英雄譚に書かれるような歴史の転換期にいるぜ!?」

「勇者様バンザーイ!」


 エルフの村の者たちは快く協力してくれるようだ。

 男たちの妻をNTRなかったのも大きいかもしれない。

 フリーの純愛で〝僕が先に好きだっBSSたのに〟シチュだったら危なかった。

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