第32話
セルバンテスの挑発にスクナは激昂していた。
俺の方が強い、俺が押している。それなのにセルバンテスは余裕を見せて、かかって来いと言っている。俺を認めようとしない。
「ふざけるな! ふざけるなあッ!」
スクナはハリ・レイピアを構えたイッスンBCを突撃させた。狙いは中心部、コクピットだ。
「コクピットをぶち抜いてかき混ぜてやる。ハッチを開ける必要はねえ、どろどろのスープになって出てきやがれ!」
視界から色彩が失われ、灰色になった。歓声が遠ざかり何も聞こえなくなった。時間の流れがひどく遅くなった。誰も逆らえない、誰も抵抗できない、王の世界だ。
「ひれ伏せ、下郎!」
ロシナンテR47がランスを突き出す。笑ってしまうような無駄な抵抗だ。軽く避けてコクピットを抉ってやろう。
ランスの先端がイッスンBCの頭部に迫る。動きがスローすぎて簡単に避けられるはずだ。
避けられる。
避けられる。
避けられる。
避けられる。
……避けられなかった。
「何故だ……ッ!?」
先端がイッスンBCの顔面に突き刺さり、深々と入り込む。突撃の勢いのままに頭部は破壊され、イッスンBCはそのまま仰向けに倒れた。砂煙を巻き上げ、数メートル滑ってようやく止まった。
色彩が戻り、音が戻った。
メインカメラは破壊され、サブカメラに写るのは目映いライト。最初に聞こえた音は、決着を告げる太鼓サウンドであった。
電光掲示板に躍り狂う、イッポン、オミゴト、アンタガタイショウ、という
「嘘だ、信じられない……」
灰色の、無音の世界は誰も立ち入れない王の間ではなかったのか。最後の一撃、セルバンテスはそこに土足で踏み入って来た。許せない、許さない。
怒りを込めてなんとか身を起こそうとするもイッスンBCは反応せず、スクナ自身の体も動かなかった。
突如として胃と喉が痙攣し激しく嘔吐した。吐瀉物の中には大量の芋虫毛虫が
セルバンテスの顔をしていた、
マネージャーであるコヅチの顔をしていた、
首を吊った仲間の顔をしていた、
薬をくれたヤクザ、
もう何年も会っていない両親、
賄賂を要求してきた警察官、
よく行くスーパーの店員――……。
そのどれもがスクナを見て
(ひいいいいいッ!)
悲鳴をあげることすら出来ず、代わりに胃液ばかりが吐き出された。
恐怖に引き吊った顔のまま、スクナは意識を失った。
コクピットの中でセルバンテスは荒く息をついていた。全身汗まみれである。
最後の一撃、己の意思で超集中を発動することが出来た。条件が同じであればスクナに敗ける要素は何もない。
胸ポケットから
ロシナンテR47はランスを高く掲げ、左肩のスピーカーを通してセルバンテスが叫ぶ。
『私こそ真の勇者だ! つまらぬ小細工、薄汚い策略に敗けはしない!』
セルバンテスの宣言に会場は大盛り上がりであった。スクナが怪しげな薬を使っていることはもはや公然の秘密であった。その薬をヤクザギルドが広めようとしていることも知っている。セルバンテスのパフォーマンスはそうした組織に対しての宣戦布告に等しい行為であった。麻薬に頼って精神と肉体を強化することを、薄汚いと言い放ったのだ。
この街の住民に純粋な正義感があるはずはない。ただ騒ぐネタが出来たということでセルバンテスの宣言を歓迎した。
これから先、セルバンテスと彼の仲間たちは麻薬を取り扱う組織と対立することになるだろう。観客たちの眼は残酷な好奇心に満ちていた。飛び出したイカロスが何分で地面に叩き付けられるかを賭けるような、悪趣味な楽しみ方だ。
(理解されなくともよい。正義は我が胸の内にある)
誇らしさとわずかな寂しさを抱え、馬鹿騒ぎする会場から立ち去るセルバンテス。残された敗者はゴミのように片付けられ、何事もなかったかのように次の死合いが始まった。
貴賓室から闘技場を見下ろすふたつの影があった。
「おや、敗けてしまったようだ」
長身で固太りの男がのんびりと語った。それは楽しげであり、他人事のような口調であった。
闘技場を取り仕切るヤクザギルドのオヤブン、名をジンナイという。
「何を
治安維持局の高官、モーガン准将が不機嫌に叫んだ。
「いえいえ、台無しどころか大成功ですよ」
と、ジンナイが
「闘技場の最底辺で
「そうは言うがな……」
まだ納得は出来なかった。結果を残せたとは言え出来ればスッキリと勝って欲しかった。その後モルモットがどうなろうと知ったことではない。
ジンナイは諦めの悪いモーガンに苦笑しながら言った。
「次は三回戦あたりから被験体を探しましょう。被験体の性能によってどれだけの違いが出るかというデータも取れますし、そうこうしているうちに欲しがる者も増えてくるでしょう」
「……次のモルモットが決まったら連絡しろ」
大きく足音をたててモーガンは立ち去り、ジンナイはその背をつまらなさそうに見送った。
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