第6話

 敗けてしまったが、得る物の多い戦いであった。


 特に集中力が一気に高まったあの感覚を自在に使いこなせるようになれば私はどれだけ強くなれるだろうかと、コクピットの中で一人ほくそ笑むセルバンテスであった。


 いつまでも勝負の余韻に浸っているわけにもいかない。ハッチを開けて出ようとしたところで観客席から、


「馬鹿野郎、能無し! 腹を切れ!」


 と罵声が飛んで、それは次第に賛同者が増え大きくなっていった。


(素晴らしい戦いを見て、健闘を称えるということが出来んのかこいつらは……)


 この街の連中のガラの悪さには辟易していた。賭けをするなとは言わないが、それは自分の財布で、自己責任で行うべきだろう。外したからといって八つ当たりされても知ったことではない。


 無能だの馬鹿だの死ねだの玉無し野郎だのといった単語に混じり、腹を切れといった言葉が飛び交っているがこれはどういう意味なのだろうか。


 先日、ベルトラムが敗者はセップクだかハラキリをするのが作法だと言っていたような気がする。ここは改めてベルトラムに聞くしかあるまい。


 セップクについて『君に教えてもらうよ』という台詞を吐いたが、それは『敗けたお前が実践してみせろ』という意味であり、本当に教えを請うことになるとは思わなかった。


『ベルトラム、恥を重ねるようで心苦しいが教えて欲しい。セップクとは何だ、何をすればいいのだろうか?』


 通信を送ると、ベルトラムは快く応じてくれた。


『敗けた責任を取って勇気と名誉を示すために、自分の機体に武器を突き立ててコクピットハッチを横一文字に切り裂いてから外に出ることだ』


『うん……、うん……?』


 意味を理解するのに十数秒の時を要した。


 こいつは一体何を言っているのだろうか?


 対アサルト用の近接武器を生身の人間に向けて、間にあるコクピットハッチだけを器用に切り裂けというのか。しかも、自分で。操作をほんの少し間違えるだけで人の身には大きすぎる刃で真っ二つにされることになる。とてもまともな葬式は出せないだろう。


『私はかつがれている……、訳ではないよな?』


『残念ながら、本気だ』


『闘技場の関係者はどいつもこいつもイカれているのか? セップクとやらで証明できるのは勇気じゃなくて狂気だろう!?』


『戦争が終わった後でもアサルトを乗り回してサムライごっこに興じている奴らが正気の訳がない』


 つい先程までこの男と良き友、良き好敵手ライヴァルになれるかもしれないと思っていたが、考え直したほうが良さそうだ。


 さてどうしたものかと悩んでいると、ベルトラムが声を落として言った。


『こんな馬鹿げたこと、無理に付き合うこともないぞ』


『……何だって?』


『あんたは中央の人間だ。ここで何と言われようと、二度と闘技場に立てなくても、どうだっていいじゃないか。馬鹿な度胸試しは俺たちみたいな馬鹿にやらせておけばいい』


 ベルトラムは親切のつもりで言ったのだろうが、それが逆にセルバンテスの矜持、あるいは面倒臭い部分に触れてしまった。


『この私が、警備隊のエリートが! クズどもに陰口を叩かれながら尻尾を巻いて中央に逃げ帰れと言うのか!?』


『いや、そこまでは言ってないが……』


『黙らっしゃい! 貴様らに出来て私に出来ないことなど無い! セップクでも何でもやってやろうじゃあないか!』


『お、おう……。ならばせめて俺の脇差しを使ってくれ。ランスの先端でコクピットハッチをほじくるのはちょっと無理があるだろう』


『感謝する』


 メグロ030の腰から脇差しブレードが鞘ごと引き抜かれ、ロシナンテR47へと手渡された。その姿を見て会場の空気が一変した。中央のエリート野郎が本当にセップクをするのかよと、期待と好奇心に包まれた。


 ロシナンテR47は脇差しブレードを逆手に持った。先端でコクピットハッチをカリカリと引っ掻くが、軽く傷が付くだけで切り裂けそうにない。コクピット周辺が頑丈であることを呪う日が来ようとは夢にも思わなかった。


(もっと思い切って押し込まねばダメか……?)


 操縦桿をそっと倒すと今まで聞いたことのないような金属の裂ける音がして、単分子ブレードの先端が目の前に現れた。操縦桿をあと二、三センチも押していればセルバンテスの身体は今ごろ上下に分かれていたところだ。


「うわぁ!」


 思わず叫んでしまった。口から心臓が飛び出るのではないかと本気で心配してしまうほどだ。幸いにして、観客たちに叫び声は聞かれていない。ただ一人、回線を開きっぱなしにしていた不幸なパイロットが耳を押さえているだけである。


 小さな裂け目から流れ込む闘技場のライトと喧騒。隔てる壁はたった一枚。それがあまりにも遠い。


 もうコクピットハッチはまともに開かないだろう。泣き叫べば救助が来るか?


 冗談ではない。


 この街の連中にも、ベルトラムにも舐められる訳にはいない。特にベルトラムとは対等の立場で再戦し、打ち負かさなければ気が済まない。セルバンテスという男の存在意義に関わる話だ。


 恐怖で荒れた息を整え、もう一度操縦桿を握りしめた。慎重に、そして確実に操縦桿を横に倒すと、ギリギリと音を立てながらコクピットハッチが裂けていく。


 目の前数センチに高速回転するチェンソーがあり、それを自分でリモコン操作しているようなものだと言えば、彼の恐怖をご理解いただけるだろうか。


 ある所まで行くと、ふっと手応えが消えた。自ら挿していた脇差しブレードを引いて見るも無惨なコクピットハッチを蹴飛ばすと、あっさりと外れて落ちた。


 助かった。一時間かけてセットした髪が乱れ、汗で額に張り付いている。胸ポケットからくしを取り出し、軽く髪に通してからアサルトを降りる。今すぐ倒れて寝てしまいたいが、それは出来ない。彼を支えているのは意地と言うよりもただの強がりであった。


 そんなセルバンテスを迎えたのは、万雷の拍手であった。


「よくやった、見直したぞエリート野郎!」


「お見事! お見事です!」


「あんたサムライだよ!」


 結果を出したから認められた、それは確かなのだが、あまりにも手のひら返しが早すぎてセルバンテスは困惑していた。


 わけのわからぬままセルバンテスは固い笑顔を浮かべて手を振ると、闘技場は彼を祝福するさらなる熱気に包まれた。


「何だ、これ……?」


 そう呟くのが精一杯であった。

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