第40話 好きな花
リオンとケリードは店を出て緩やかな歩調で街並みを歩いていた。
本当はもっと話をしたかったのだが、ケリードは今夜予定があるのだという。
『寮まで送るよ』
歩きながら差しさわりのない会話ぐらいならできると思い、リオンはその申し出を断らず、西日を日傘で遮りながらケリードの隣を歩く。
歩いていると、町の掲示板が目に入る。
そこには若い金髪の女性が次々と襲われている事件について書かれており、注意喚起と情報提供を呼び掛ける旨が記されていた。
リオンは掲示板の前で立ち止まる。
「君のせいじゃないよ」
ケリードがリオンの隣で呟くように言う。
「私のせいよ。私を見つけようと、必死みたいね」
リオンは自嘲気味に言う。
この前の資料室でケリードに言われるまで気付かなかった。
いや、心の中ではもしかしたら、とは思っていたのかもしれない。
「赤のピエロは……私を探していたのね」
リオンの髪は銀色だが、元々は金色をしていた。
赤のピエロ達はそれに気付かず、昔のままのリオンを探し、似た容姿の女性を襲っている。
何の罪もない女性達に危害を加え、仕舞には命までも奪うなんて……!
リオンはやり場のない怒りを胸の内になんとか押しとどめる。
「ねぇ、あなた、私が望めば何でもするって言ったわよね?」
リオンの言葉にケリードは呆れた表情をする。
「そんな台詞を言った覚えはないけど、概ねそのつもりだよ」
リオンはくるりとスカートを揺らしてケリードに向き合う。
「あなたのこと信じてもいいかしら?」
リオンの言葉が意外だったのか、ケリード呆気に取られたようだった。
「もう、逃げたり、隠れたりしたくないの。これ以上、犠牲者を出さないためにも」
リオンのローズレッドの瞳がケリードを真っすぐに見つめ、捕らえる。
これ以上、犠牲者は増やさない。
何の罪のない女性達を傷付けたりしたくない。
こんな事件が起き続ければ、市民は不安と国に対して不信感を募らせ、治安は悪化して犯罪を増やすことになる。
多くの人達が傷付く。
犯罪が横行するような国には絶対にしたくない。
特に、この王都は父が守っていた大事な場所だ。
自分のせいで父が守ったものを壊すことは絶対にしたくない。
リオンの強い意志を感じ取ったケリードは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「来て」
そう言ったケリードはリオンの手を取り、歩き出す。
「ちょ、ちょっと! どこに行くの?」
質問の答えをまだもらっていない。
手を繋いだまま、人混みを少し歩き、ケリードが立ち止まったのは小さな花屋の前だった。
店先に色とりどりの花々が並び、視覚を楽しませてくれる。
「君、花は好き?」
ケリードはリオンに問う。
「えぇ。好き」
できれば、さっきの答えを先に聞かせてもらいたいが、リオンはとりあえず質問に答えた。
「何の花が好き?」
「向日葵」
続くケリードの問い掛けにリオンはすぐに答える。
長い間ずっとリオンを支えてくれた『J』がくれる手紙には花が添えられていた。
いつも一本だけ、必ずリボンをつけて手紙と一緒に届くのは決まって小さな向日葵だった。
まるで太陽のような小さな黄色の向日葵はいつもリオンの沈んだ心を上に向かって押し上げてくれる。
リオンの心は向日葵の花で守られた。
だから、何の花が好きかと聞かれれば即答できる。
「それは良かった」
ケリードはそう言い残して一人で店の中に入って行く。
どういう意味かしら?
リオンは意味が分からないまま店先の花を眺めようかと思い立った矢先、ケリードが店から出てきた。
あまりにもすぐ出てきたので何をしに行ったのか分からない。
ケリードはそのまま真っすぐにリオンに歩み寄り、ずいっと何かを差し出した。
「え…………」
リオンは目の前に差し出されたものを見て、声を失う。
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