第16話 ピエロの少年

 冷たい風切るようにリオンは動く。


 警棒を振れば接触した相手は意識を失い、屋根から地上に向かって真っ逆さまに転落する。


『浮遊!』


 オズマーの言現術により、ピエロ達は地面に衝突する寸前で落下を免れ、ゆっくりと地面に着地する。


 意識のない身体がどすっと重たい音を立てて着地するが、オズマーの言現術の精度は高く、怪我をさせることはないので心配ない。


 中央警吏もオズマーに倣って言現術でリオンのサポートをしてくれる。


 一方、リオンはこの言現術が非常に苦手だ。


 苦手というよりもほぼ使えないというのが正しい。


 試験の点数は過去最低だったと聞かせれた時は驚きを通り越して、『そうだろうな』という感想しかなかった。


 逆に、自分よりも低い点の者がいたとすればその方が驚く。


 しかしリオンは体現術は誰よりも優れている自信があるし、教官の厳しい教育と元上司の鬼のような扱きに堪え、経験と実績もある。


 私は自分の出来ることを武器に戦えばいい。


「うわぁぁ!」


 リオンが襲い掛かってくるピエロ達を蹴散らし、地上に突き落とし、オズマーと中央警吏によって回収するのが一連の流れだ。


「さて、ここが片付いたら向こうの応援に行かなきゃ」


 屋根の上には人影はなくなり、地上での回収作業も順調で安堵していた時だ。




「遅かったね、お巡りさん」


 リオンのすぐそばで声がした。


 振り向くと何か大きなものがリオンに向かって投げつけられた。


 咄嗟に避けるが、投げつけられたものが物ではなく、人だと分かり、リオンは咄嗟に足首を掴み、空中へ放り出されそうになるのを防いだ。


 物のように投げられた人は赤い仮面をつけているが意識はなく、顔が腫れ上がり、鼻から血を流していた。


 リオンは男を投げつけてきた人物を見据える。


「あれ……ごめんね、てっきり男だとばかり思って。投げちゃった」


 若い男の声だ。

 少年と言っていい。


 金色の仮面をつけた若い男が立っている。


 白い服が王宮警羅隊の制服に似ている気がした。


「男だろうが、女だろうが、人間は物じゃないんだけど」

「そうだね。でも、こいつらは悪い奴らだから。懲らしめないと」


 子供のような無邪気さで仮面の少年は言った。


「あんた達だってやってることは一緒でしょ」

「一緒にしないで欲しいな。僕達は一度も無関係な市民を襲ったこともないし、先に手を出したこともないよ」


 確かに、今のところ金のピエロ達に対しての人的被害は報告されていない。

 事実であれば銀のピエロとしてリオンが行っていることと変わりはない。


「他のピエロ達との抗争で物損被害が出てる」

「それは仕方ないよ。戦闘に多少の物損被害はつきものだから」


 言っていることはその通りだが、被害届がある以上、放置は出来ない。


 体裁的にも放置は出来ない。


「そもそも、無能な警吏に代わってこいつらの駆除をしてるんだ。これぐらい目を瞑って欲しいよ」


 その一言にリオンの眉が跳ねた。


「おっと!」


 瞬時に足を踏み出し、警棒を振るうが、仮面の少年はそれを交わした。


「あぁ、ごめんね。無能って言ったからお姉さん、怒っちゃった? でも実際無能だよね」


 大して悪びれもせずに言う少年にリオンは苛立ちを覚える。


「無能じゃない。人手が足りないだけよ」

「面白い言い訳だね。でも、その通りかも。お姉さんみたいな人を置いておかなきゃならない王宮警吏だ。確かに人手不足かもね」


 その一言でリオンはぶつっと何かが切れた。


 この嫌味っぽい言い方も、女であるリオンを侮辱するような言葉にも、怒りを覚える。


「こんな危ない仕事に就いてないで……うわっ!」


 ドカッと大きな音がして建物を揺らす。


 リオンが少年目掛けて振り下ろした警棒が少年の足元を直撃し、屋根に穴を空けた。


 ぼろっと屋根の一部が崩れ落ち、地上に埃と共に舞っていく。

 リオンの持っていた警棒はリオンの魔力を受け止めきれず、粉々に砕け散った。


「私が何で王宮警吏としてこの場にいるか、教えてあげるわ」


 何でこうも男は女を馬鹿にするのだろうか。


 見た目では身体的に劣って見えても、実際にリオンは他の隊員達に劣るとは思っていない。


 自分は充分、他のみんなと肩を並べて戦える。


 それでも、やはり男尊女卑の根強い縦社会はリオンに優しくない。

 実力があっても、それを認めない輩は思った以上に多かった。


 その度に、リオンは実力を見せつけて黙らせてきたのだ。


「……ちょっと怒らせ過ぎたかな?」


 頬を引き攣らせた少年は後退る。


「女を馬鹿にする発言も腹立たしいことこの上ないな。あとその喋り方」


「え? 喋り方?」


「私の嫌いな眼鏡男に似てる。いちいち嫌味っぽくて耳障りだわ」


 思い出すのはケリードだ。


 あの男の喋り方を真似てるのだろうかと思うほど嫌味の匙加減まで似ている気がして不愉快極まりない。


「それ、僕は関係ないよね?」


 巻き込み事故だよ、と少年は言った。


「言ったでしょ。耳障りなの」


「滅茶苦茶じゃない?」


 自分でも滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるが、彼が喋れば喋るほとケリードを思い出して苛立ってしまう自分がいる。


 リオンは少年に向かって飛び掛かり脚を振り上げた。


 蹴りを正面から受け止めた少年は勢いで吹き飛ばないように踏ん張って衝撃に耐えていた。


「よく耐えたわね」


 リオンの体現術で強化された身体から繰り出す足蹴りは重い。


「くっ……」


 少年は奥歯を噛み締めて小さく声を漏らし、蹴りを受け止めた両腕をだらりと垂らした。


 リオンはそれを見逃さずに、少年に向かって足を踏み出して、少年に掴みかかろうと腕を伸ばした。


 ヒュッと風を切る音を耳が拾った。

 すぐそばに急に現れた気配にリオンは動きを鈍らせる。


 何?


 そう思った瞬間、リオンと少年の間に何かが振り下ろされた。

 それが人の脚だと理解したのは少年と距離を取った後だった。


 長い脚がリオンと少年の間を裂くように割り込み、リオンを遠ざけた。


「……誰?」


 そこにいたのは金色の仮面をつけた長身の男だ。


 月明りに照らされて輝く髪は金色で夜風に揺れていた。

 顔は見えないが長身で長い手足、しっかりとした骨格を見れば少年ではなく青年と言っていいだろう。


 無駄に姿勢が良く、王宮警吏に似た制服が様になっている。


「ごめんね、ジョーカー」


 リオンは少年の言葉に目を丸くする。


 この男が金のピエロ達のリーダーであるジョーカーか。


 警吏を前にしても怯む気配はなく、堂々と様子と移動速度、先ほどの一撃を見れば相当な強者だと思われる。


「知らなかった。金のピエロ達って仲間想いなのね」


 仲間が危なくなり助けに入ったというところだろうか。

 他の集団は平気で仲間を売るので、仲間を庇う目の前のピエロの行動が意外だった。


 ジョーカーは少年に視線を向けると少年はリオンに背を向ける。


「またね、お姉さん」


 去り際にそう言い残して少年は痛めた腕を庇いながら闇に紛れて姿を消した。


「ちょっと!」


 追い掛けようとするリオンの前にジョーカーが立ち塞がる。


 通す気はないようだ。


「あんたのせいで逃がしたんだから、あんたが代わりに捕まりなさい」



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