第14話 意味深な発言


「おはよう、リオン」


 明るい声で声を掛けてきたのはオズマーである。


「おはよう」


 挨拶を交わして二人は王宮内にある警吏務所を目指す。

 もう少しで第二部隊との勤務交代の時間だ。

 業務を引き継いで交代するため、少し余裕を持って出勤する。


「二人共、お疲れ」


 階段を上がっていると、踊り場に差し掛かった所で階段の上からアルフレッドの声が降ってくる。

 見上げればそこには書類の束を手にしたアルフレッドとケリードが立っていた。

 向かうのは同じく警吏務所だ。


「おう、お疲れ様」

「お疲れ様」


 オズマーに続いてリオンも挨拶を返す。


 リオンは昨晩、執拗にケリードに追い回されたため、顔を見るのが億劫である。


 しかも、捕縛対象を強請って逃亡させようとする違反行為もあった。


 警吏が捕縛対象をただ見逃すだけならまだしも、相手と通じようとするなんて論外だ。


 ケリードに対する不信感を顔に出さないようにリオンはケリードを視界に入れないよう努め、視線を足元に向ける。


 すると、階段の上からバタバタと足音を立てて人が降りてくる。


「あぁ、お疲れ様です! すみませんっ、急ぐんで!」


 口調からもかなり急いでいることが分かる。


 一体、誰が、何をそんなに急いでいるのだろうか?


 疑問に思ってリオンが視線を上げた瞬間だった。

 どんっとリオンの左肩に男性の身体がぶつかった。


「きゃっ」

「あぁ! すまん!」


 かなり勢いよく肩と肩が衝突し、リオンの身体が大きく傾く。


 しかも今日に限って左半身に力が入らない。

 踏ん張りの効かない足は階段を踏み外し、右手で側にある手摺に捕まろうとするが、掴み損ねてしまう。


「リオン!」


 オズマーがリオンに向かって叫ぶ。


 マズイ!


 身体を打ち付けて無様な姿を晒すことを覚悟した。


 しかし、身体は浮遊感を持ったまま、床に落ちる気配はない。


 気付くとリオンの腹部に背後から腕が回されていて、身体を支えてくれていた。


 背中に慣れない男性の体温を感じてリオンは身体を強張らせる。

 身体を支え、リオンを助けてくれた人物はゆっくり、リオンを階段の踊り場に降ろす。


「リオン、大丈夫か⁉」

「怪我はないか?」


 オズマーとアルフレッドがリオンの正面に回り込み、顔を除く。


 それを見てリオンは目を丸くする。


 てっきり、自分を助けてくれたのはオズマーだとばかり思っていたからだ。


 リオンのすぐ背後にいる人物の気配は離れていない。


 まさか……。


 恐る恐る振り返ると、そこには予想した通りの人物の顔がある。


「朝だからって寝ぼけてるの? しっかりしてくれる?」


 迷惑そうな顔をして案の定、ケリードはリオンに嫌味を飛ばす。


「……おかげで目が覚めたわ。どうもありがとう」


 そう言ってリオンはスッとケリードの腕からすり抜けて、離れた。


「それにしても、今の奴なんなんだよ」


 不満そうに言うのはアルフレッドだ。


 相当急いでいたのか、ぶつかってきた人物はリオンには目もくれず走り去ってしまった。


「怪我はないか?」

「大丈夫、ありがとう。それよりも、集合時間も迫ってるから、移動しよう」


 リオンの言葉にオズマーが腕時計を確認して頷く。


 階段を上り終えたところでケリードと視線がぶつかる。


「随分と調子が悪そうだね」

「別に。悪くないけど」


 リオンはなるべく平生を装って答える。


「そうかな? 君の左腕、随分と調子悪そうに見えるけど」


 その言葉にリオンはどきりと心臓が跳ねる。


「あぁ、腕だけじゃなかったね。左足……いや、左半身が重たそうだ」


 ケリードの言う通り、昨晩の波動銃の後遺症で左半身が酷く怠く、力が入らず、時折、痺れるのだ。


「別に普通よ」


 動揺を悟られないようにリオンは言う。


 指摘されたくないところを突かれ、リオンの心臓の脈拍が早くなる。

 大きく跳ねる心臓の鼓動が耳に響いて落ち着かない。


 早く、この男から離れたい。


 しかし不自然な行動は出来なかった。

 ケリードと並び、リオンは前を歩くアルフレッドとオズマーについていく。


 楽しそうに会話をするアルフレッドとオズマーにはケリードとリオンの会話は聞こえないようだ。


 できれば私も、向こうに混ざりたい。


 この男との会話は気が滅入る。


「そんな状態で出て来たって足引っ張るだけなんだから。治るまで大人しくしてればいいのに」

「だから、何ともないって言ってるじゃない」


 リオンはムッとする。


 この男はいつもリオンに対してだけ嫌味っぽい。


 他の人であれば無視できることも、ケリードが相手だとどうも反発してしまう。

 この男が突っかかってくると、噛み付かずにいられない。


 すると不意に、ケリードに腕を掴まれ、リオンは肩を揺らした。


 突然のことで声も上がらず、反射的に身を固くする。


 掴まれた場所が痺れ、リオンは苦悶の表情を浮かべた。


「ほら、やっぱり。平気じゃないじゃない」


 耳元で囁き、ケリードは薄く笑う。


 その声が妙に艶っぽく、リオンの耳朶に触れる。

 恋人に囁くような甘い声音が脳芯に響くようでリオンには毒だと感じる。


 これ以上、近寄らないで。 


 腕を振り解きたいのにリオンは腕に力が入らない。


「離して」


 リオンはケリードを睨みつける。


 するとケリードはふんっと鼻を鳴らしてリオンを見下ろした。


「強情なのもほどほどにしなよ」


 ケリードはリオンから手を離し、何事もなかったかのように歩き出す。


 何なの、この眼鏡男。


 リオンは腕の震えと心を落ち着かせるように擦り、大きく深呼吸をする。


『治るまで大人しくしておけばいいのに』


 ケリードの一言が何だか引っかかる。


 治るまで? 


 まるでリオンに何があったのか知っているような口振りだ。


 そもそもなんで左側だけ不調だって気付いたの?


 オズマーとアルフレッドには気付かれなかった。

 ケリードは人よりも鋭い観察眼があるように思えるが、こんな僅かな時間に他人の不調を見抜けるものなのだろうか。


 そう思うと、全てを見透かすようなケリードの美しいアイスブルーの瞳がとても怖くなる。


 大丈夫、落ち着いて。

 何もないわ。


 仮に、リオンの正体がバレていれば宮中は大騒ぎになっている。



「おーい、リオン」


 オズマーが振り返り、リオンを呼ぶ。


 傍にはケリードが口元に弧を描いて揶揄うような視線をリオンに向けていた。


「今行く」


 ケリードの視線は無視して、リオンはみんなの後を追った。

 

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