第3話 リオンとピエロ


「二人とも、報告は速やかにって言ったよね?」


 オズマーと共に本部に戻ったリオンは早々に小言を喰らうことになった。

 リオンは悟られないように小さく溜息をつく。


 目の前の青年の存在が原因だ。


 傍から見れば爽やかな笑顔に見えなくもないが、正面から見ると目は全く笑っていないことがよく分かる。


「いやぁー、すまん、すまん」


 すっかり緊張感をなくしたオズマーは赤茶色の髪を掻きながら言う。

 人懐っこい雰囲気のオズマー・テルードはリオンの士官学校時代からの友人で同期だ。


「で、隣の君は反省の色はなし?」


 素直に謝るオズマーに小さく溜息をついた長身で眼鏡をかけた青年はリオンに視線を移した。


「聞いてるの、リオン・シフォンバーク?」


 反応の薄いリオンに苛立ったのか、不機嫌な態度を隠しもせずに、ケリード・ウォーマンが言う。


「聞こえてるけど。暴れる男を抑制するのに少し時間を要しただけ。忘れてたわけじゃない」


 リオンが答えるとケリードは意地悪そうな表情を作る。


「へぇー、逃走するのに散々魔力を使ってガス欠状態の男一人抑制するのに手間取ったんだ?」


 ケリードの挑発的と取れる嫌味にリオンは顔を引き攣らせる。


「私達は双眼鏡のあなたと違って地上を走り回ってるからね。状況によっては手間取ることもあるわ」


 ケリードは司令部にて建物の屋上から無線で指令を出す係だった。

 その役割を馬鹿にする気はないが、言われっぱなしも癪だ。


 手間取ったことを認めつつも、嫌味を返すことをリオンは忘れない。


 リオンの言葉にケリードは分かりやすく顔を引き攣らせる。


 二人の視線の先から散る火花がオズマーにははっきりと見えていた。


「あぁ、また始まった」


 オズマーだけでなく、他の王宮警吏達もやれやれと呆れた表情を見せる。


 あぁ、もう。本当に疲れた。

 いや、今この瞬間、この男を前に疲れたのだ。



 魔力という概念がそんざいする国、リカルド。


 リオン・シフォンバークはこの国で最も手厚く強固な警護を要する王宮直属の警吏だ。


 王宮警羅隊第三部隊に所属している。オズマーも同じ部隊だ。


 そして目の前にいる長身の眼鏡をかけた青年は同じく王宮警羅隊第一部隊所属のケリード・ホースマンだ。


 少しクセのあるダークブラウンの髪に端正な顔立ち、黒縁眼鏡は知性的でレンズ越しのアイスブルーの瞳は吸い込まれそうな美しさを放っている。長身で長い手足、バランスの取れた体躯に白い制服はとても様になっていて、初めて見た時はリオンも思わず見惚れてしまうほど素敵な人だと思った。


 まるで物語に登場する王子様のようだと思ったのだ。


 麗しい容姿と物腰の柔らかさ、上層部からも評価の高い実力を兼ね備えた彼は女性警吏や王宮職員からは羨望の的で、付いたあだ名はまさかの『王子』。


「あと君、足癖悪すぎ。育ちが悪そうに見えるよ」


 口を開かなければの話だが。


 リオンに対しては辛辣な物言いでいつも突っかかって来る。


 この男のどこが王子なのか。

 エセ王子の間違いでは?


 足癖、とはつま先で仮面を蹴り飛ばしたことを言ってるのだろう。


「私の足癖が悪くたって貴方に迷惑かけてないでしょ」


 余計なお世話だ。


「そこの仲良し二人組、そろそろ良いかな?」


 ゴホンとわざとらしい咳払いの音に振り向くとリオンとケリード以外は王宮警吏も中央警吏も既に総指揮官の前に整列済みだったことに気付く。


 リオンとケリードはしれっと自分達の整列位置へ移動した。


 この町、王都アルバートでは貴族や商家、などを仮面の集団が襲う事件が多発している。


 メンバーは鼻から上の目元を覆うタイプの仮面を身に着けており、この集団をピエロと呼んでいる。


 国に反発する反政府勢力とのことだがその実態はまだ掴めておらず、謎に包まれている。


 ピエロ達は主に富裕層の邸を襲い、金品の強奪や家人への暴行など繰り返し、死人も出ている。

 最近では金髪の少女や女性達が標的になり誘拐や強姦事件も起こり、女であるリオンにとっては他人事ではなく身を引き千切られるような思いだ。


 王宮警羅隊は中央警羅隊と協力してピエロ達の清掃に当たっているがピエロという集団は一つではないことが判明している。


 いくつもの集団と派閥のようなものがあり、手当り次第に悪さをする集団もあれば悪名高い貴族や商家しか襲わないピエロ達もいる。そしてそのピエロ達の間で縄張り争いも起こっているのだ。


 今回は手当り次第犯罪を起こす比較的若い集団だ。逃走経路やメンバーとの連携が取れていない所を考えると発足したのはつい最近だろう。


 そしてこの集団も頼まれた、誘われたと金髪の女性を誘拐し、暴行事件を起こしたのだ。


「また外れだったな」


 オズマーが息をつき、リオンに言う。


「外れって事はないでしょ。邪魔な虫が一つ消えたんだから」


 そう言ったのはケリードだった。


「そうね……今までで一番低俗な連中だったし、むしろ良かったわ」


 あの連中が犯した罪は主に強姦や強姦未遂だ。か弱い女性を狙った集団犯行には虫唾が走る。


「だけど潰した後から後から湧いて出てくるのも困る」


 リオン達の目的はピエロの一掃だ。だがその為にはもっと大きなピエロの集団を潰し、反政府を牽制しなければならない。大きな組織が潰れれば自ずと他の組織の動きは鈍くなるし、叩きやすくなる。


「時間がないのに……」


 リオンは独り言のように呟いた。


 世間を震撼させた放火殺人事件から十三年、時効成立まであと二年を切った。

 警吏となり、この地へ戻って来るまでに十三年もかかってしまった。


 これがリオンに与えられた最後のチャンスだ。


 超難関の王宮警羅隊の試験を潜り抜け、王宮入りを果たしたのは天命ではないかと思う。


 この機会を逃す訳にはいかない。

 世間が忘れても私は忘れていない。


 脳裏に焼き付いた火の海、血を流し倒れた両親と多くの使用人、ピエロの仮面をつけた男、思い出すだけで身体が怒りで震え出す。


 何より恐ろしいのは両親達を惨殺したピエロの仮面をつけた男の服装がリオンの父親が着ていた制服と全く同じ物だったという事実だ。


 きっと父とピエロは顔見知りだったのだ。だから父は油断したのだ。

 リオンとシオンを助けに来た王宮警吏もまた同じ制服に身を包んでいた。


 そしてリオンは確信した。父は仲間に殺されたのだと。





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