異世界転移しています! 〜ここは「暗殺者の結婚」の世界です〜

砂漠の使徒

第一話 邂逅

「ここはどこ?」


 森の中。

 知らないところ。

 でも、暖かい感じがする。


「ねぇ、ここでなにをしてるの?」


 しばらく歩いていると、後ろから声をかけられた。

 その人は短髪で、くせ毛。

 そして、馬に乗っている。

 微笑んでいて、悪い人ではなさそう。


「私……」


 どうしてここにいるんだっけ?

 思い出せない。


「迷子?」


 迷子……なのかな。

 わからない。


「乗ってみる?」


 女の人は、困っている私を抱き上げて乗せてくれた。


「わー!」


 いつもと違う景色。

 うんと高くて、楽しい。


「行くところがないんなら、ついてくる?」


「……はい」


――――――――――――――――――――


 私はお城に連れてこられた。

 この人って、お姫様なの?

 そして、いっぱいある部屋の一つに入る。


「本当に記憶がないの?」


「……はい」


 あの森に来る前。

 どうして森に来たのか。

 なんにも覚えてない。

 そればかりか、自分の名前以外の全ての記憶がない。


「名前は覚えてるんだよな?」


 男の人が、尋ねる。


「はい」


「もう一度、言ってみて?」


「シャロールです」


「……シャロールか」

「一応、調べてみる」


 なにを調べるんだろ。


「他に覚えてることは?」


「……」


 他に……。


「無理に思い出さなくてもいいのよ」


「うん、サザの言うとおりだ」


 二人は私に気を遣ってくれている。


「しばらくはここにいてもいいしな」


 ここ……お城に?


「シャロールと遊べるの!?」


 男の子は、顔を輝かせている。


「あんまりはしゃがないの、リヒト」

「シャロールもきっと疲れてるんだから」


「はーい……」


――――――――――――――――――――


「シャロールのこの耳、本物ー?」


「そうだよ」


 他の人とはちがうけど。

 たぶん本物。


「触っていい?」


「うん」


 彼が恐る恐る私の耳をなでる。


「ふふっ」


 くすぐったい。

 そして、なんだろう。

 懐かしい感覚。


「ねぇ、剣の音が聞こえる?」


「うん」


「シャロールも聞こえるんだ」

「耳がいいね」


「こんなだから……?」


 もふもふで、猫……だっけ?

 そんな耳。


「退屈だし、見に行かない?」


――――――――――――――――――――


 そこでは、みんな剣を振っていた。

 強そうな男の人だけじゃなくて、女の人もいる。

 みんな、真剣に練習をしている。


「甘い!」


 さっきの……ユタカ……さん?

 その人の声が、響いた。


「もっと腰を落として!」


 すごく真剣な声。


 キィィン!


 そのとき、鋭い剣を弾く音が聞こえた。


「危ない!」


 声の方を見ると、こっちに剣が飛んできていた。


「あ……」


 避けようと思ったけど、もう間に合わない。

 私は怖くて、目をつぶった。


 ガッ!


「あれ?」


 目を開けると、剣を持ったユタカさんが立っていた。

 地面にさっきの剣が落ちている。


「大丈夫か、シャロール?」


 ユタカさんは、優しい顔で私を見つめる。

 守ってくれたんだ。


「佐藤みたい……」


 自然と私の口からそんな言葉が漏れた。


「佐藤?」

「誰なんだ?」


 佐藤は……。


「痛い!」


 頭痛がした。

 なにかを思い出そうしたから?


「リヒト、シャロールを寝室に連れていってやれ」


「うん」


――――――――――――――――――――


「改めて訊くが……」


 夕食の時間。

 みんな揃って、食べる。

 すごく和やかだ。


「シャロールは、両親のことを覚えているか?」


「いいえ」


 いるとは思うけど、覚えてない。


「兄弟は?」


「わかりません」


「それじゃあ……出身地は?」


「……」


 出身地……。

 私、どこで生まれたんだろ。


「無理に思い出さなくてもいいのよ」

「いつか思い出す日が来るわ」

「それまで待ちましょう」


 サザさんは、気遣ってくれた。

 でも、思い出せる……かな。

 なんにもわからない。

 私は、なんのために。


「うぅぅ……」


 自分について考えていると、涙が出てきた。

 こんな、記憶をなくした私に生きる意味があるのかな。


「な、泣かないでシャロール」

「私達がついてるから」


「そうだよ!」


「これから、少しずつ思い出していけばいいさ」


「うん……」


 みんな優しくて、とっても優しい。


「そういえば、一つ気になることが」


「なにかあったの、ユタカ?」


「今日、剣の練習を見に来たシャロールが怪我をしそうになってな」


「え……!」


「お父さんが、シャロールを守ったんだ!」


「よかったわ……」


「そのとき、シャロールが『佐藤みたい』って言ったんだが……」


 あ……。


「佐藤って誰かしら?」


 みんなが私の方を見る。


「……佐藤は」


 少しだけ記憶が蘇った。


「とっても優しくて、私をいつも守ってくれて、側にいてくれる人……?」


 そんな気がする。

 わからないけど、なぜか確信が持てる。


「なるほど……」


「お兄さんなのかしら」


「彼についても、調べておくよ」


――――――――――――――――――――


「佐藤……」


 夜、夢を見る。

 目の前には、人影。

 ぼんやりとしてるけど、佐藤な気がする。

 私が自分の名前以外で覚えている、唯一の記憶。


「私、どうしたらいいの?」


 彼なら、答えを知ってるかも。


「安心しろ、シャロール」

「僕は、いつだって君を見守っているよ」


 なんだか死んでるみたいな言い方。


「もう会えないの?」


「そんなことないさ」

「近いうちに、会いに行くよ」


 会いに行く?

 佐藤が、来てくれるの?


「私、どうしたらいいの?」


「君はなにもしなくていい」

「その世界を楽しみながら、待っていてくれ」


「うん……」


 彼の言葉は、不安でいっぱいの私の心を安らげてくれる。


「愛してるよ、シャロール」


「愛して……る?」


 その瞬間、佐藤は消えてしまった。

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