顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。

おひるね

第1話 元ガキ大将は、ちょっぴり捻くれた高校生になりました


 今日は高校の入学式──。

 新しい仲間との出会いに、心を踊らせ家を出たのは一時間前。


 そんな胸高らかな気持ちは、校長先生のありがた〜いお話が終わる頃には活動限界エンプティに達していた。


 えっと、あの、もう帰っていいっスか?


 現代を生きる人間とはCMひとつにイラっとし、広告カットなるものにお金払う生き物だ。


 『◯百円払えば広告なしで楽しめるよ!』

 そんなビジネスが大成功を果たす現代において、校長先生のありがた〜い話をカットするサブスク定額料金はいくらなのか? 右から左に流れていく雑音を前に、俺の頭の中はこんなことを考えていた。


 しかし入学式とは魔物の巣窟。

 校長先生のありがた〜い話だけでは終わってくれない。


 来賓と呼ばれるお偉いゲストの方々が「おめでとう」とお祝いコメントを寄こしてくれたり、生徒会長が「いらっしゃい」と出迎えてくれたり。


 そのどれも似たり寄ったりな言葉の羅列。

 礼節を重んじる、堅苦しさ満点の形式美に囚われたプリズン。


 人間を見て一票を投じられるならまだしも、これっきりの関係。

 そこにはきっと愛なんてない。一晩限りの割り切った関係。否、冷え切った関係。

 知ったところできっともう、二度と会うことはないのだから。


 とはいえ全国各地古今東西で行われている催し。

 首を横に振って退席しようものなら、問題児として職員会議に掛けられる。


 ここで試されるのは忍耐力。

 大人になるってそういうことなの。と、どこかの誰かが言っていた。


 ならば、良い子に相槌を打ってふむふむするのが礼儀。作法。


 まさしく今、俺がしているように。


 ──ふむふむ。うん。うん。


 心温まる深い話デスネー、的な雰囲気を醸し出して頷いてみせる。


 ……やれやれ。

 良い子ちゃんを演じるってのもラクじゃないぜ。フッ。


 とはいえ、良い子ちゃんを演じることが何よりも一番楽チンなのを俺は知っている。


 感情を殺して、自分を無くせば平穏な日々を送れるってものだ。


 世の中ってのは、そういう風にできている。


 ──悲しいけど、これが現実。


 一歩前に出ない勇気。大人になるって、そういうこと。


 だから俺は頷く。

 お行儀よく、真面目に──。


 さんっ、はい!


 ──ふむふむ。いい話デスネー(棒)



 そんな、とっても良い子ちゃんを演じるのが俺、冬雪ふゆき翔太しょうたって人間だ。




 ☆ ☆ ☆


 俺の中学三年間は机だけが友達だった。

 ぼさぼさの髪に、お洒落からは程遠い見るだけに特化した厚めの眼鏡。


 地味偽装をしているだとか陰キャの皮を被っているだとか、そんなファンタジーな要素は一切ない。


 単なる陰キャ。中学時代のあだ名は『ガリ勉メガネ君』──。


 そんな俺だけど、小学生の頃は『ガキ大将』をやっていた。

 先生にしょっちゅう怒られる問題児でありながらも、クラスメイトたちからはファミリーのボスのように慕われていた。


 でも、そんな楽しい日々は長くは続かず──。


 親の離婚。再婚。引越。転校。


 環境が変われば、ガキ大将と慕ってくれるファミリーは居なくなった。

 それなのに俺は、元ガキ大将として新天地で抗ってしまった。そこから先は酷いものだった……。


 とはいえ、親の離婚の際に一度目の転校。

 そして再婚すると二度目の転校。


 一度目の失敗を教訓とし、二度目は失敗しなかった。机を唯一の友達とし、立派な陰キャに成りすました。


 既にガキ大将でもなんでもないくせに、成りすましているフリをして、自分を誤魔化したんだ。


 そこから先はあっという間だった──。


 元々俺はガキ大将の器じゃなかった。環境がただ、そうさせただけに過ぎない。


 それでも光を失わずに、ガリ勉メガネ君として勉強を頑張ってこれたのは、ガキ大将時代に再会を誓った戦友が居たからだ。


 あいつの前でだけは、情けない姿は見せられない。

 その気持ちだけが、今の俺を形成させている。



 ──こんな言葉がある。


 小学生のうちは駆けっこの速い奴が偉くて、

 中学生になると喧嘩の強い奴が偉い。


 そして高校生はお洒落で顔立ちの良い奴が幅を利かせ、乙女の純情を股間で弄ぶと聞く。


 そこから先は頭が良くて世渡りの上手い奴が美味しい蜜を吸うらしい。悪賢い奴だと尚良いとか。正直者が馬鹿を見ると言われているからな。


 つまり、とりあえず勉強をしておけばいいって話だ。

 そして大人になったらワイルドにちょいワル風を吹かせれば、かつてガキ大将だった男として、恥ずかしくない大人になれる。


 だから俺は、こうして県内で有数の進学校に入学した。


 まっ、補欠合格なんだけど。


 中学時代、ガリ勉の二つ名を欲しいままにしてきた俺も、ここでは劣等生であり、落ちこぼれ筆頭。


 入学できたからと言って気は抜けない。

 夢は大きく、テストで平均点以上を取ること。


 だからテストで平均点が取れるようになったら、お洒落なメガネでも買って美容院でサッパリ髪の毛を切ってもらってさ。会いに行こうと思っているんだ。


 かつての戦友。常夏とこなつ花火はなびに──。


 あいつはとんでもないおバカだからな。俺がエリート高校に通ってるって知ったらきっと驚くだろうな。


 あと、少し。もう少し。


 やっと、ここまで来たんだ──。


 


 ☆ ☆ ☆


 「続きまして、新入生より代表して挨拶を行います──」


 っと、クソみたいに退屈な時間もようやく終わりか。

 お祝いコメントを寄こしてくれた人たちに、返信コメントをするターンに突入したってわけだな。


 つまりこれが、挨拶のラストを飾るってことだ。


 まっ、入試の成績が一番だった奴の顔くらいは拝んでおいても損はないな。

 特進クラスのエリート様ともなれば、廊下ですれ違うこともほとんどなさそうだし。


 つまりこいつとも関わり合いをもつことはないんだよなあ。

 まじで入学式の挨拶ってもんはどうなってんだよ。一般の生徒とは関係ない人らが挨拶しまくりだろうが! 付き合わされるこっちの身にもなれってんだバカ野郎が!


 いったいいくつの公式と英単語を覚えられる時間だと思ってやがる!

 俺は早く、平均点を取って常夏に会いに行きたいってのによ!


 ほら、とっとと挨拶しやがれってんだ。入試成績TOPのスーパーエリート君よ!


 

 「常夏 花火。壇上へ!」


  ──ドクンッ。



 …………え?


 背筋が一瞬にして、凍った──。

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