キスをするのに我慢は必要ですか?④

 陽が沈みかけた頃、ロンマロリー邸に辿り着いた。前庭を通り抜けて玄関前で向き合うと、キースは「そういや」と何かを思い出したようだった。


「マーヴィンが用があるから集まってほしいって言ってたな」

「えっ、そういうことは早く言いなさいよ!」

「明日で良いて言ってし大丈夫でしょ。お前、なんか用あんの?」

「ないけど……」


 アリシアとの勉強会をちらり脳裏に思い浮かべたミシェルは、少し言葉を濁したが「明日ね、分かった」と頷いた。それをキースはどう思ったのか──


「まーた、厄介ごとかもな。行くのやめとく?」

「行くわよ。でも、どうしてそう思うの?」

「お前とマーヴィンが持ってくる案件は、大概そうなんだよ」


 苦笑いを見せると、ミシェルの頭を撫でまわした。そして、ちょっと不満そうに膨れた柔らかな頬を指でつつく。


「ウサギやめて、リスになっとく?」

「もう! 小動物扱いしないでよ!」


 ぱっと顔を赤らめたミシェルはそっぽを向くと唇を小さく尖らせた。そんなすね顔も可愛いなと思いながら、キースは彼女の頭をぽふぽふと叩いて「悪かったって」と軽く笑い飛ばした。

 まだ不機嫌そうな顔で振り返るミシェルの腰に手を回し引き寄せる。

 小さな体がすっぽりと腕の中に納まった。


 本当に小さくて、力加減を間違えたら抱き潰してしまいそうだ。それでいて小動物よりも抱き心地も良いのだから困ったものだ。

 そんなことを考えながらキースが見つめていると、青い瞳が照れ臭そうに逸らされた。


「明日、迎えに来るな」

「うん」

「お前さ、寝相悪いんだから、腹出して寝るなよ」

「そんなことしないもん!」


 噛みつく勢いでキースを見上げたミシェルは、予想に反して優しく見つめてくる瞳に胸を高鳴らせた。


「ちゃんと窓閉めて寝るんだよ」

「……うん」

「じゃないと、夜這いに行っちゃうからね」


 冗談とも本気とも取れる物言いに、どう返したらいいのか分からずにミシェルが黙り込むと、キースは彼女の額に唇を寄せた。

 触れるだけの口付けは優しくて、すぐに離れていった。


 お互いに離れがたく思って見つめていると、ミシェルは小さく唇を尖らせる。


「違うと思うの」

「うん?」

「キスする場所」


 上目遣いで見つめる愛らしさに、一瞬、言葉を詰まらせたキースは赤く染まった空を見上げた。当然、彼女が求めているものは分かっている。だが、そこを越えると歯止めが効きそうにないという思いもあり──


「そうかな?」

「そうよ。ほっぺも額も嫌いじゃないけど……」


 曖昧に誤魔化したと言うのに、ちょっとの期待の眼差しを向けられたら、どうして我慢など出来ようか。

 無駄な葛藤の中、キースはミシェルの唇に視線を移す。


「……あんまり煽ると、我慢出来なくなっちゃうよ?」

「我慢しなきゃダメなの?」


 果たしてこの少女は我慢の意味をと捉えたのだろうか。

 ミシェルに覆いかぶさるようにして、心の中で「耐えろ、俺」と何度も唱えたキースは、その柔らかい唇に優しく口付けた。

 触れるだけで離れるのはお互いに名残惜しく思い、どちらともなく唇を寄せ合う。


 遠くで物がひっくり返る派手な音を聞いたミシェルは、ふわりと香る煙草の匂いと熱い吐息に目を閉じ、キースの胸にそっと手を添えた。



 ──── 初恋編 END ────


 続編、準備中です。

 それに先駆け、閑話の公開を予定しています。

 しばらくお待ちください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る