第11話 小鬼の諸行無常たるやいなや

 ウララちゃんに乗り異空間を駆け抜けます。青く深い夜の壁を要したトンネルの先。差し込む光が眩い。薄く辛うじて見開くと、大きく広がる草原。真っ赤に燃えた太陽が草の絨毯に没するところでした。眼下に見ゆる牧草地は橙一色に染め上げられて風に弄ばれていました。そして、そこに佇む少女。涙を流したのも遂の事も懐かしくすら感じる友の顔。


「ようこそ、アブミ。そして……よろしく」


 見知らぬ地に見知った親友レモンの顔。もう会えないとさえ思っていた彼女の快活な笑顔をしげしげと見つめました。(良かった。生きていた。本当に良かった)またしても、私は頬を濡らし涙を落とすのでした。


           ○


「おぃ、乙女だ!皆よろこべ、乙女だぞ。キヤトの民に乙女が来おったぞ!」


 燥ぐ青年。バシリと親友レモンが張り手を浴びせます。


「痛いではないかモンリク」

「落ち着いて下さい殿」

「しかしだな、コンギラト以外の乙女だぞ。皆よろこべ。キヤトの民に乙女が来おったぞ!」


 燥ぐ青年にバシリと女性が張り手を浴びせました。


「痛いではないか、ボルテよ」

「落ち着いて。テムジン」

「しかしだな……」続け様、バシリバシリと痛烈な音が木霊する。


「よろしく、アブミちゃん。私はボルテ。貴女の事はモンリクやチャラカから色々と聞いてるわ」

「よ、よろしくお願いします」


 美しい女性でした。歳は私より少し上くらいか、二十歳前後でしょうか。大人っぽく、それでも控えめな笑顔は可憐でいて、美しいと可愛いが共存するような人でした。


「ボルテ様、チャラカが苦戦しております」

「モンリク、誠ですか?……テンジン」

「相わかった。皆のもの続けーー!」

「殿ーーまだ、支度がぁーー」


 テムジンと呼ばれる青年は駆け、やがて異空間の彼方へと消え去りました。周りの兵達は「如何しましょ、如何しましょ」と右往左往。私も見習って「如何しましょ、如何しましょ」と右往左往。その時、パチリとボルテの手を打ち音が鳴り響き「解散!」と一言、兵はみるみるはけてゆく。「とりあえず、お家に帰ろう」と親友。「うん」と私は答えました。


          ○


「マジックサークルバリアシールド」


「ハ?なんて」と私は声を漏らしてしまう。似たような意味の羅列である。私の怪訝な顔を気にする事なく我が主君テムジンは再び叫んだ。


「マジックサークル、バリアシールドガードナー」


 私には呪文の違いが分からなかった。わかりたくも無かった。無駄に執筆主が文字数を稼ごうとしているのかとさえ思った。しかし、私の訝しげな態度とは逆に、テムジンの右手が神々しく光輝き、水滴の如き浮遊する金色の空間を生み出した。その輝く滴ごと引き馬のカレンに擦り付けるように撫でると、更に金色の空間は広く伸び、芦毛のカレンの周りを覆った。


 光輝くカレンは馬人となりて影へと対峙する。可憐な黒髪の馬人である。唯一解せないの服を着ていた事である。愛くるしい笑顔を振り撒き、飛び掛かる影をグーパンチ。更にもう一体の影を踏み付ける。すると、影達は金色に吸い込まれるようにして消え去った。追記する、もし貴方が女性の読者であるのなら分かって頂きたい。私は解せないと言った。あれはカレンの裸が見たかった訳では無い「あら、そんな服があるならウララにも着せてやりたいわ」と馬思いの私は思ったのだ。決して破廉恥とは無縁である。


「テムジン様、お下がりくださいませ」


 チャカラ父の注意を知ってか知らずか我が主君は栗毛の馬スズカに乗って闊歩する。隣には金色の空間を身につける馬人カレンが歩く。


「チャカラよ。ウララが戻ったかと思えば見知らぬ乙女が乗っていた」

「は!連絡が遅れて、すいません」

「あれは誰だ!可愛いな。はしゃいだぞ。はしゃぎ過ぎてモンリクにたれた。それでもはしゃいでボルテにまで打たれたぞ」

「はぁ、奥方様にまで……それは気の毒に」

「まぁ良い。此れもまた至極おっぱいの極みである」


 そこに一矢、弓矢が走る。寸前、テムジンが刀を抜き矢を薙ぎ払う。


「よくも影を、そしてよくも私を無視してくれたな。我が名を知り恐れ慄くが良い。我が名は……」

「私は知っている!」「何!」

私はココで前に出た。脅威は粗方片付いた。主役として躍り出るにはココしかない。


 読者御一等にはまだ明かしていなかったが、私は異世界では情報屋を担っている。いわば、情報屋とは現世における探偵であり、シャーロックである。


「真実はジッチャンの名にかけてププッと解決。貴様の正体は尾裂狐だな」

「違うよ……」

「あれれーオカチイよー」


 人は皆、時に弘法大師であり、河童であり、猿である。流され落ちるが世の常ならん。私はとりあえず、ゆっくりと引っ込む事にした。


「私の名は……」

「もういい。名など知りたくもない!行け、カレン」


 テムジンの声。カレンは馬に成りて疾駆する。飛び交うように放たれる矢をひらりひらり舞うように交わし、馬人に成りて足蹴りをかます。まさに蝶のように舞いタイのキックボクサーのように刺した。


「我はホラズ……痛い、蹴らないで。ジャラー、痛ッ、ディー……お尻、おしりはヤメテーーーッ!」


 カレンの「えぃ」と言う声と共に脅威は消え去った。ホラズジャラーディー。ふざけた名前なのかディーの名を継ぐものなのか。そんな事は正直言って、もうどうでも良かった。穴があったら入りたかった。


「チャカラよ。お主はカレンと共に異次元を駆け草原に戻るがよい」「ハッ!」と平伏すチャカラ父とテムジンの間に馬人カレンが立つ。

「嫌ですよ。帰りはカレンに乗ってくれるって約束じゃないですか」

「あら、残念ね。主人あるじは私を、スズカを御所望よ」


 スズカもまた馬人と成りて栗毛色した長い髪をふさふさとさせた。「私が主人を」と互いに一歩も譲らず、二人の馬人乙女の胸の双丘が我が主君テムジンの両腕を擦り擦りとなんと馬やらしい光景でけしからん。だが、私はこんな事で発情などしない。読者御一等には二人は騸馬であるとだけ告げておく、赤っ恥を掻きたく無ければググル事をお薦めする。


          ○


「ルナよ、おぉルナよ」とおいおいと泣き、チャカラ父は倒れた馬に駆け寄る。主君も駆け寄る。私の乗る馬が「ヒヒン」と鳴いたので、私達は少し距離を取った。


「チャカラよ。男は草原に死に、牡馬は故郷を離れて死ぬ。シンボルもまた良馬であった」


「ダイルさん、僕が死んでますよ」馬人に成りてルナが話しかける。「じゃあ、お前は誰だ」と私が問うと「あぁ、なるほど」と皆が勘違いしている事に気づいたようだ。この場は穏便に済まそう。横たわる馬が何処ぞの馬かは存じ得ないがルナ役を演じて頂こう。わざわざ父上に恥を晒させる事もない。


「セイクリッドソウルレクイエム」


 テムジンが叫ぶ。ホント、文字数を稼ぎたがる主君だ。「はっ?なんて」と私が問う。

「シンボルの魂を天に送った」

「有り難き幸せ。これでルナも」


 そう言ってチャカラ父がテムジンに一礼。横たわる馬額の矢を抜くと馬は元気に走り去る。テムジンはチッと舌打ちを一つ「秘孔を突く眠矢か。敵方も器用な事をする」


「僕は神だ。神が死ぬ事はなぁーーッい!」


 躍り出たルナに木枯らしが吹く。関東平野の乾いた空っ風である。何もなかったかのように「では、私は先に行く。オッパイ」と主君は芦毛カレンに乗って異空間を駆けて行く。「すいません、すいません」とチャカラ父は何度も頭を下げながら異次元を駆けた。現世における素晴らしき父親というものは、子の為、家族の為に頭を下げられるかどうか……だそうだ。私は素晴らしき父の背中を遠くから遠くから眺めて駆けた。


           ○


「殿、戻られましたか」

「うむ、万事解決した」

「殿が留守なのが外部に漏れたようで……敵兵が攻めて来ております。殿が麾下を置いて行かれたのが助かりました。耐え忍んでおります」

「うむ。ボルチュ、オッパイであった。で、戦況は」


 我が珍友ボルチュは持ち前の小鬼のような、いや寧ろゴブリン以上と言っても過言ではない厳つい表情で語ってくれた事がある。「我が主君の最大の汚点はおっぱい癖の酷さにあり」と。

 亡き主君の父イェスゲイが死ぬ寸前、妻ホエルンに抱きしめられ「おっぱい」と言った。転移もまだ発展途上。皆はいずれこの草原全土を統べると噂された偉大な方から零れ落ちた言葉を遮二無二と調べた。しかし、有力な情報は未だ出ず「おっぱい」と言う言葉が一人歩きを始めていた。調べるに主君が使う「おっぱい」とは、時に「ドンマイ」と等しく、時に「グッバイ」と同じ。そして、「大義」と全く掴み所がなく、多種多様に使い分ける主君の言動に困惑は広がるばかりである。殿の無用なオッパイの口癖を略して「おっぱい癖」と呼んでいる。


 私はつくづく思う。栗毛乙女が近くに居なくてよかったと……


           ○


「ゴブリンの第一陣を蹴散らしましたが依然として数が多く、前線は敵第二陣と数刻で交戦する模様です」

「うむ、で敵兵はメルキトか」

「オーガを見た者もいるとのことで、おそらくメルキトに間違いないかと」


 私は戦そっちのけ、鵜の目鷹の目で栗毛乙女を探した。横を見ると、もうこんな所までゴブリンが――と思うほど、小鬼に似た形相をした珍友がいる。紛らわしい!この似非ゴブリンこそ我が珍友である。親友ほど親しく無いけど、それなりには親しいので珍友である。


「ダイル、どうした?」

「ボルチュよ。我が愛馬ウララは何処ぞ?」

「モンリク亭に行ったぞい、でもゴブリンが……」

「ゴブリンがいるのだな」


 コクリと頷くゴブリンのような珍友。「あい分かった」と私。


「今、軍が動く。ダイル、待たれよ」

「小鬼処理班なんか待ってられっかよ!」


 爽やかな笑顔を一つ、私はルナに乗り疾駆する。草原一速いと称されるキヤトの騎馬軍団とはいえ纏まるには時間がかかる。止める親友。止めるチャラカ父を薙ぎ払い。一刻も早く、時が惜しい。私は時限爆弾の配置された時計仕掛けの天空ビルディングに閉じ込められたフィアンセを助けに行く心持ちだ。危険顧みずや、コレぞまさしくの好機再び。ここで私が活躍すれば栗毛乙女も「まぁなんと、凛々しいお方……あの殿方とだったら……」チュッチュムラムラは目の前。俄然、萌え上がる我が闘志。まさに栗毛乙女に萌え萌えである。

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