第3話 走馬灯御都合主義

 転生は至って平々凡々であった。流川というちょっとかっこいい名前以外、そこらに転がる路傍の石ころの如くありきたりな家に産まれた。次男である。バスケは不得手である。そして、ここはしみったれた政治家が創る現世である。


 六つ離れた長兄と二つ下の妹。うっすらと残る前世の記憶から懐かしさを感じたが忘れるほどの時をたらふく過ごした。今は年にして十五と、前世の分を合わせるならば実年齢は三十オーバーと体臭の匂い薄毛の心配と体の衰えをついぞ考え始める年月である。

 現世名は大輔とそんなに悪くなく与一の名は早々に捨てた。今時与一などは流行らんだろう。どうせ歴代の名にするなら信長くらいつけなければ世の荒波に呑みに飲み込まれてしまう。しかし、大輔も早々に捨てる事になったので読者御一等には頭の片隅に止める程で問題ない。黒板に赤のチョークで書かれるほどの重要さもなければ、ましてテストに出る事もないので安心して頂きたい。先んじて述べればダイルという名前を頂戴する事となる。「君の名は?」と問われれば「ダイル」と答える運びに時は進むであろう。


 さて、一般庶民の家庭にもそれなりに紆余曲折はあった。これまでの話を書す。とはいえ読者御一統は「やれ転生しろ」「異世界を出せ」と逸る剝き出しの本能を弱き執筆者に投げかけることだろう。私はそんな脅しには屈しないと言いたいところではあるが執筆者が落ち込んで私主体の話が滞ってしまっては元も子もないので走馬灯的なご都合主義を大いに活用して簡潔に済まそうと思う。

 イジケ虫と罵ることなかれ、人間はしばしば他人の欠点をほじくることで自分を際立たせようと考える。だが私はあえて一匹狼になる事を辞さない思いで自らの欠点をさらけ出しているのだ。私という人間はトルストイと等しく聡明で善良でイケメンなのだ。そして私はトルストイがイケメンかは知らない。ただし、あんまり一人ぽっちの人間は病気になるものだね。執筆主が床に臥せたあかつきには「いいね」を付けなかった読者御一統に医療費を突き付けてもいいのではないかと私は思う。


          ○


 走馬灯御都合主義により私の生い立ちから中学生活へと一気に話は進む。冬の肌寒さが残る三月九日、その日は二つ下の妹、彩芽の小学卒業の日であった。卒なく式が終わり帰路に着く父母と、妹。


「ゲッ、ダイにい


 私は中学からの帰宅途中であった。ばったり妹達と鉢合わせる事となる。来月から私と同じ中学に通う事となる妹も、まだまだ子供である。兄と会えた喜びを隠しきれていない様子。そんな時、私は「素直になれよ」と優しく諭す事にしている。「黙れ蛆虫野郎」と口汚く罵る妹。これもまた愛情の裏返しである事を私は重々承知している。


 私達の帰りを待ちわびたかのように長兄が玄関から出てきた。そして、いつの間に上がり込んでいたのか黒スーツの男もドアから顔を出す頭を下げる。男はバタリと戸を閉めると、差し押さえの赤い紙をドアに貼り付け「ご愁傷様」と告げて帰っていった。


          ○


 父は動じず聡明であった。「うん、流川家解散」と一言だけ告げて去っていった。妹は「クソオヤジ」と罵声を上げたが私と長兄は声すらも出なかった。私達兄弟は父を慕っていた所もあるのだ。

 私はこの世で生き抜く術を全て父に教わったと言っても過言ではない。兄と私は早朝から父と共に長蛇の列にならび騒音の鳴り止まない店内で目押しを教わった。兄は確率論を教わっていたと語る。さらに成長した私達は馬の良し悪しを学んだ。一般的教養が低下する中、特殊的技能が育っていった。一時は馬で大金を稼ぎ家を建て、今は馬で大金が流れ家は差し押さえられた。私達兄弟もまた「バカオヤジ」と叫んだ。


          ○


 その後、母は「私が何とかします」と言って家を飛び出し、兄はハンバーガーショップのバイトで生活を繋ぎつつ大学に通った。妹は長兄の六畳一間の借家に住う事で落ち着いた。私は持ち前の正義感が働き己の力だけで生き抜く決意をした。決して妹の目が怖いとか、兄に桃色書物を献上することを拒んだ訳では無い事は言うに硬き、読者御一等にはお解りのことと思う。私は自由を選んだのだ。


          ○


 ここまで聞いて一般市民は「大変ですね」と口を揃えて言う事だろう。しかし、ギャンブルで道を踏み外す然り、ホームレス然り見渡せば空に煌めく星々のように雑多コロコロ転がっている。阿保と星々は表裏一体、輝いているか否かの違いくらいである。屈強な魂を持つ私にとっては平凡に猫パンチを加えたくらいの波乱であり万丈である。心配する事なかれ。でも、どうしても心配だと仰るならば女子おなごを一人二人ばかり見繕って頂ければ事足りる。その時はこっそりとお願いしたい。


 家なき子ではあったが中学生活は驚くことなかれ、順風満帆であった。華は無かった。私の住まう中央多目的公園は兄の借家よりも広く快適な暮らしであり、雨風凌げる滑り台があり水道トイレ完備、電灯下剥き出しの電源プラグからはエネルギー使いたい放題、時には桃色書物が投下され夜な夜な読み耽っていた。

 初めの数ヶ月こそ橋の下に住まう橋下はしもとさんにホームレスの極意を教えられたが、一年程が過ぎ中学を卒業する手前まで生き延びた。

 その間に同年の同居人が増えた。同居人の名はジャムカという。偽名で間違いなかろう。それでも心の広い私はトイレの一角を貸し与えた。


 そして、中学三年の秋の事である。親友ジャムカは「家に帰る」といって馬に乗り去って行った。「家があったのかよ」「馬で帰るのかよ」どちらの突っ込みが正しかったのか未だ悩ましく思う珍事であった。これ以後、私の屈強な魂をもってでも、秋空の下陰りゆく夕日を眺めていると寂しさが湧き上がってくるのを時より感じた。何故私はこんな生活をしているのか、何故母の仕送りは羊肉とチーズなのか、父は今どの馬に注ぎ込んでいるのか。中学生の私には知る由もなかった。


          ○


 初冬に入り私は冬将軍の洗礼を浴びていた。寒さと寂しさに打ち震わせているところにモンリクという男がやってきた。私を養子として引き取りたいという。私はダウンパーカーとホッカイロ、桃色馬人絵巻に誘われ、モンリクの用意した馬に乗り風を切り青く深い夜を疾駆した。

 二時間程駆け異空間のような風景を回遊する。夜闇が明けるように先方から光がパッと華やいだ。眼前に広がる。そこには広大な草原があった。


          ○


 異世界の民となった私は、呪術師にダイルという新しい名を貰い、テムジンと呼ばれる主君の元で様々な事を教わった。特に念入りに教え込まれたのは弓矢と馬である。私の前世の記憶と現世の教えが生きた。ここにきてようやく読者の待ち望んだファンタジー世界の幕開けとなる訳だが、私は今、異世界に憤りを感じ現世戻りを敢行している。分かりやすく言えば家出、である。盗んだ牝馬で走り出す行先も分からぬままといった具合に異空間を回遊した。

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