第6話


「なあ紺野涼真。確かお前の家と鶫さんの家は真逆の方向だったよな?」


「そうだけど、それがどうかしましたか?」


 なんで知っているのかは置いといて、それは隠すことも無いしな。どうせすぐ分かるし。


「じゃあ何で今日は朝一緒に登校してきたんだ?」


 ああ、そういうことか。


「別に待ち合わせをしていただけだが」


「じゃあこの写真は何だ?」


 後ろに控えていた、眼鏡をかけていかにも参謀の形を取っている荻原君がスマホを現在尋問をしている圧力担当の杉野に渡す。


 そこに映っていたのは俺と、一緒に登校している鶫の写真だった。


「どうして鶫だけ見切れているんだ?」


 写真を見せられたのはいいものの、何故か鶫の顔が意図的に切れている。


「そりゃあ盗撮はいけねえからな」


「じゃあ俺も撮るなよ」


 俺はばっちりと映っていた。


「お前に肖像権はねえ」


 なんて暴論だ。


「そんなことより、だ。これは今日撮ったものなんだが、おかしいところがねえか?」


「別に、住宅街の写真じゃないか。何の犯罪性も無いように見えるが」


「これはな、お前が住んでいる方面とは真逆の方向にある住宅街のはずなんだ」


「は、はい」


 これはまずい。


「100歩譲ってお前が鶫さんの駅まで迎えに行く。これは良しとしよう。電車に乗るうえでは若干問題ではあるかもしれねえが、ここで問題は発生しない。出来た彼氏だなで終わる」


「俺は出来た彼氏だからな」


「うるせえ。だがな、この写真が撮られたということは、少なくともお前は鶫さんの家に行ったということになる」


「そうなるのか」


 完全にバレてやがる。


「これだとただのきもい彼氏だ。流石に反対側に住んでいる人間がお相手の家まで迎えに来て学校に行くなんてありえない。これならいずれ愛想をつかされるだろうなって思う」


 確かに分かる。俺も瀬名の彼氏が遠くから一緒に学校に行くために迎えに来たとなればやめとけって言う。


「いやあ傷つくなあ。そんな人だと思っているなんて」


「そこで、もう一つの証言がある。昨日、お前は鶫さんの家の方向に向かったな?」


「ここで湧き上がる一つの答えがある。紺野涼真。お前、鶫さんの家に泊まっただろ?」


「エ、ソンナコトナイデスヨ」


「これは黒だな。やれ」


「そんなの嫌だ!」


 俺は全速力で教室から抜け出そうとしたが、あっさりと捕まってしまった。


「くそっ!何をする?」


「あれは何をやっているのかな?」


「流石の私にもよく分からないなあ。嫉妬の対象になっていることだけは理解できるんだけど」


 俺は両足を掴まれ、片手を伸ばせばギリギリ地面に手が届く高さで宙につられていた。


 しかもそれを鶫に見られてしまっている。なんて情けない。


 頭に血が上って少ししんどくなってきたタイミングで、チャイムが鳴ったのでどうにか解放された。


「お疲れさん」


「翔、見ていたなら助けてくれ」


「嫌だよ。面倒くさい。それに見ててすごく面白かったし」


「後で殺す」


「ひゃー怖い怖い」


 殺しはしなくても、後で何かしてやろうと強く決心した。


 授業は何の問題も無く進んだ。別に死んだけど死んだわけじゃないしな。


 強いて言うなら少し集中して授業に取り組めたかもしれない。


 人は危機を乗り越えて強くなると言うしな。乗り越えてはいないけどどうにかなったので強くなったのだと信じよう。


 しかし、問題は体育だった。他の授業では直接手を下すことは不可能だったが、体育に関しては違う。生徒と生徒のぶつかり合いが合法的に許されているスポーツなのだ。


「ちょ、お前ら、バスケなんだからボール持っている人に接触してくんなよ」


 俺はバスケでの接触はファールだと全力で主張するが、一切構わず積極的な接触を狙ってくる。


「それはちゃんとバスケを競技としてやってる場合の話だなあ。素人にとってはそんなのあんまり関係ないんだよ!」


 開き直ってやがる。


 俺は目の前に近づいている危機を避けるために他の人にパスを回すものの、何故かすぐに俺の方にパスが返ってくる。


 どう見ても俺が狙われているんだから他で何とかしろよ。


 端から見たら俺が一生懸命に頑張っているように見えるからか、誰も止めるものはいない。


 結局、俺はただひたすらに痛い目を見て終わった。


「だから涼真くんは傷だらけなのね」


 俺の傷を心配そうな顔で見ながら鶫は言った。


「そ、そうなるな」


「嘘だよ、鶫ちゃん。これはバスケ終了後に自分で地面に置いたボールに足を引っかけてこけたせいだから。決して皆は悪くない」


「おい、言うなアホ!」


「彼女を騙して心配してもらって嬉しいのか?彼氏君は」


「くっ」


 そんな会話をしていると、ピロリンとスマホの通知が鳴った。


「ちょっと待ってくれ」


 スマホを開くと、通知の正体は鶫のメッセージだった。


『大丈夫?つらいなら私が治すけど』


 そんなメッセージと共に刃物のスタンプが添えられていた。


 怪我が痛いからって一回死んで蘇生することで無かったことにするってなんだよ。


 何なら殺されるときにえげつない痛みを伴うんですが。


 しかし、鶫を見ると純粋無垢な表情だった。本心から出た言葉らしい。


「うん、大丈夫だから」


「あちゃー。どうやったらこうなるんだい」


 そこに委員長がやってきた。


「実は、涼真がな」


「良いから。なんでも無いよ」


 俺は全力でこいつの口を塞いだ。


「何かあったのか分かんないけど、ばんそうこう持ってるから貼ってあげるね」


「ありがとう」


 委員長はポケットからばんそうこうを取り出し、俺の傷口に貼ってくれた。


「にしても高校生にもなってバスケットボールを踏んで転ぶだなんてねえ」


「お前も知ってるのかよ!」


 俺は思わず叫んだ。



 そして放課後、俺は鶫と一緒に帰る。今日は流石に鶫の家に泊まるなんてことは無く、駅でお別れのコースだ。


 その帰り道、


「俺って結構怪我していたはずだよな?」


「そうだね」


「の割にはもう傷跡は残ってないよね」


 体育は4限で、放課後、帰る時間は16時。4時間と結構時間は空いてはいるけれど、傷が無かったことになるには短すぎる。


 ばんそうこうは少し張ってあったが、一部は傷が多く、普通にはみ出ていた。


「治ったんじゃない?」


「こんな短期間で?」


「そんなものだと思うけど。私だったら一瞬だし」


「死者蘇生を一緒にしない」


「あはは、冗談だよ」


「もしかして知ってるのか?」


「それ、委員長のお陰だよ?」


「どういうことだ?」


「聞いたことないかな、この話。『委員長と親密な関係になった者は、運動神経が抜群に良くなる』」


「聞いたことねえな。確かに委員長と特に仲の良い人は大体運動が出来るけど、そういう人たちと仲が良いだけじゃないか?」


 何か共通点があると人は仲良くなりやすいしな。それにクラスの中心になるような人はなんだかんだ運動が出来る人の比率が高い。


 陽キャは大体小学生から継続的に陽キャだ。となるとモテることに定評のある足の速い人、つまり運動が出来る人が割合的に多くなる。


「割と運動神経が悪かった人も良くなっていたし、そういうわけじゃあないよ。じゃあ問題。筋肉ってどうやって強くなるでしょう」


「筋トレをして、適切な栄養を取ることか?」


「あってるけど足りない。筋トレってどういうもの?」


「筋肉を傷つけて、より強い筋肉に作り替えるための手段かな?」


「ぴんぽーん。正解」


「結局本題の説明になっていない気がするけど。それがどうかしたの?」


「結構ヒント出した気がするんだけど。まあ普通の思考じゃ分かるわけないよね」


「皆の委員長こと日野翼は、治癒能力を持っているんだよ」


 俺がいつも見ていた世界はただの一部分でしかなかったらしい。


「そんな馬鹿な」


「馬鹿じゃなくてマジだよ」


「この世界ってファンタジーの世界だったんだな」


「かもね」


 アニメとかで見ていた世界に行ってみたいなって思っていたけど既にその世界にいたらしい。


「ということはもしかしてケモミミ娘とか、河童とかツチノコとか探せば見つかるのか?」


「それは知らない。いないんじゃない?」


「じゃあ、他に不思議な能力を持った人はいるの?」


「うーん……知らないなあ。私達以外見たことない」


「まあそりゃあそうだよね」


こんな不思議な能力を表に出すと色々面倒だからな。

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