第4話 俺は主人公なんだ、誰が何と言おうと主人公なんだ

 アーサーは馬鹿みたいに強かった。いや、強いとか、そう言った次元じゃない気がした。


 木の剣は、まるで鞭のように姿が変わっていた。ブレブレで原型などを見ることは出来なかった。2年間、俺が必死こいて頑張ってきた努力は全く、このアーサーと言う少女には通用しなかった。


 剣ははじかれ、ブーメランのように宙を舞う。



 え? なんなん? こいつ……。滅茶苦茶強いんだが……。馬鹿なん? 馬鹿なのか? 馬鹿強い。凄いムカつく。何がムカつくって、こいつ一度も俺の体に剣を当てないのだ。


 剣をはじいて、早く拾ったら? みたいな顔するし。気付くと周りの受験生も俺の無様な姿を見て笑っていた。そんな風に見られたら悲しいよ!!


 でもな!!! 



――


 だから、諦めない。絶対、覚醒とか、なんやかんやあって、俺が勝つ。


 

 あ、また、剣がはじかれた



「……どうして、そんなに不細工なの?」

「……どういう意味だ」

「そのまんまだけど……?」


首をかしげて、可愛い子アピールをしながらとんでもないことを言ってくるバカ。


……こいつ。マジでぶっ飛ばす。俺にも主人公としてのプライドってもんがある。


「まぁ、いい。まだ、続けるぞ」

「うん」



強いのはコイツだ。だが、なんだかんだで俺が勝つ。



「……もう、終わりにしよう……だって、見てられないから、フェイの事」




こいつ、ドンだけ俺の事煽るんだ? アーサーとか言う大層な名前だけどさ。うわぁ、こいつ美人の癖に嫌味とか言って視聴者からヘイトを買うクソキャラだったのか。何かビジュアルが良いだけ、残念。


でも、強さは相当だ。うーん、だとすると、こいつは俺の生涯の敵みたいな感じか?


性格の悪いライバルキャラってよくいるしな……。あぁ、そんな感じだろう。最初は主人公を見下しているが、徐々に主人公の強さを肌で感じて、改心するみたいな。


だったら、納得だ。



「もう、終わり……」




終わり終わり、五月蠅いな。終わりかどうかは俺が決めることなんだよ! 俺は突進した! そして、もう一度、剣を振り上げた。


完全に舐めプのコイツは、もう剣を構えるのではなく、ただ、持っているだけになっている。


舐めプしているこいつの首に剣を当てて、後悔させてやるぜ。


 そう思って剣を振る。すると、彼女は驚いたような表情で俺の剣を先ほど以上の速さで剣を振るい、はじいた。物凄く速い一撃。俺でなくても見逃していた。


 え? こいつ、マジでやばい……目の前の一撃に思わず目を疑う。俺とあいつ、両方の剣が壊れていた。


 え、えぇ……ちょっと、オーバーキルすぎん? これ、返さないといけないんじゃないの? 人から借りたのを壊すって……まぁ、ファンタジーの演出としては良い感じだし、カッコいいし……いつか、俺もやろう!!



 そう思っていると



「はい。そこまで……受験は終了。全員合格だから、木剣返したら帰っていいよ。その後の連絡は梟が行くから」



何てことだ……。一度も良いところを見せることが出来なかった……。クソ……。


周りの奴らも俺の事を笑って居る。だが、これは最初は落ちこぼれだが、後から英雄になると言う奴だ。あるあるだからな、今回は引いて、トレーニングを積んでやる!!


そう思っていると、アーサーが近寄ってきた。


「ありがとう……勉強になった」

「……次は倒す」



 勉強ッてなんやねん。やっぱり性格悪いライバルキャラか。


 捨て台詞を吐いて、その場を俺は後にした。くそ、覚えていろよ。アーサー。この屈辱はいずれはらすぞ。


性格の悪いライバルキャラが強いのは最初だけだからな!!



あ、木剣の事はどうしよう。



◆◆



 アーサーと言う少女にとって、それは驚きであった。高尚な魂を持つフェイならば、その剣の実力も相当の物であると考えていたからだ。一度、突進して剣をはじいてそこからは首を傾げることが止まらなかった。


 フェイの剣術はお世辞にも優れているとはいえず、一体どこの流派なのか、我流なのか分からないが、それはまさしくアーサーにとって期待外れ、と言う評価をするしかなかった。


(全然、強くない……剣術もハチャメチャ……。あれだけの優れた精神力と洞察力を持っていると言うのにどうしてなんだろう?)



(体に当てるのは可愛そうだから、剣をはじくだけにしよう)



(うーん、本当に変な剣筋……誰でもある程度の剣の教えを請えばそれなりになるのに……)



 疑問は重なり、アーサーは正直に聞いてみることにした。


(えっと、どうして、そんなに剣筋がオカシイって、聞けばいいのかな? あー、えっと、うーんと……端的に還元すると)


(どうして、そんなに素晴らしい精神力を持っているのに剣筋が不細工なのか、ワタシは彼に問いたいから……つまり……)



頭の中で的確に質問しようと彼女は頭を回す。長すぎるとウザイと言われてしまうので最適な分量で聞けるように言葉を紡いだ。


「――どうして、そんなに不細工なの?」


残念な事に彼女にはコミュ力がない。いくら頑張っても、妙な言い回しをしてしまう。それがアーサーと言う少女である。案の定、フェイも怪訝な顔になる。


「……どういう意味だ?」

「そのまんまだけど……?」

「……まぁ、いい。まだ、続けるぞ」

「うん」



(教えてくれなかった……でも、そんなにまだ親しくないから仕方ない)




 その後もアーサーは彼の剣をはじき続けた。強くない、自身の格下。だが……それでも喰い下がってきた。



(諦めない……)



 アーサーもどこかで彼が手を緩めると思っていた。だが、そんなことはなく、寧ろ剣の覇気が増しているかとすら感じるほどだ。これほどのアンバランスの剣士は彼女にとって初めてであった。



 彼は直ぐに剣を取る。はじかれても、はじかれても、その度に。剣を取る。その度に、彼が、フェイと言う少年が強くなっていく気がした。


 それに眼を見張る。逸らすことは出来ない。逸らしたら自分アーサーは負ける。そんな気がしたからだ。



「クスクス」

「なにあれ」

「弱いな……星元アートすら使えないのか?」



 星元、言い変えれば魔力のようなもの。超常的な現象、魔術を引き起こすために必要な概念であり、それは誰にでも宿っている。


 だが、アーサーにとって、眼の前の闘争からすればどうでも良い事であった。



(もっと大事な、根源的な力……)



 誰かに笑われても、それを気にすることなくがむしゃらに喰らい付く、真の戦士の力と姿を見た気がしたからだ。


 だが、


(……なんで笑う? おもしろくない……)


 真の英雄の器フェイは気にしなくても、偽の英雄の器アーサーは周りの声が気になって仕方ない。自分が魅せられた大切な姿。


 それを笑われて、彼女は憤りを強く感じざるを得ない。彼女にとって、それは英雄の姿、そのものであった。何度も何度も、立ち上がり、向かい続ける。


 英雄譚の欠片一ページをまるで読んでいるような。


 ――現実は非情である。この世界は残酷である。


 彼女はそれは知っている。何処まで行っても強さが全て。精神の強さ、それも大事だ。だが、単純な力、暴力、悪逆非道な研究、逢魔生体アビス、大罪人。それに善人が喰いものにされる。醜い、醜い世界。


 力が全て。力があれば何をしてもいい。全ては力できまる。


そんな残酷な真実自分綺麗な理想フェイに打ち破って欲しかった。


 

 でも、そんなことはあり得なかった。正直者が、善人が、一生懸命な青年フェイが報われる。そんな世界ではない。理想フェイ現実理想を笑う残酷を目の前で見せつけられている。


 彼女は理想ともいえる美しい在り方を否定されたくなかった。自分にとって、大切であり理想の姿に見えた。



「……もう、終わりにしよう……だって、(ワタシにとって素晴らしいあなたの姿が周りに穢されるのは)見てられないから、フェイの事」



 彼女は、腕の力を緩める。そして、右の菫色の眼に星元アートを込めた。菫色の眼が怪しく光る。それは


 魔眼とは、特殊な能力を宿した眼である。これは先天的な才能によってのみ、開眼することができる。


 彼女が持つのは支配の魔眼。星元アートを消費することで、眼を合わせた相手を操ることが出来る。理想フェイ現実アーサーの眼があった。星元すら使えなかったフェイに勝ち目はない。


 これで、ゲームセット。



(残念……こんな形で終わるのは……



 理想は潰えた。



そう、見えた……彼女は完全に集中力を無くし、戦闘モードを解除。完全に気を緩める……


寸前……



ゾクりと、彼女の全身の全細胞が大音量で警報を鳴らす。


――死、死死死死死死死死死死死死死死


完全に臨戦態勢スイッチを切りかけていた。だからこそ、眼を疑い、驚きを隠せない。眼の前に、未だに剣を持ち、今まさに、斬りかかる寸前の理想フェイが居たからだ。



(――どうしてッ!?)



支配の魔眼。これは目を合わせた相手を強制的に操作することができる。簡単に言うのであればの一種である。


一見すれば、かなり強力であり出した瞬間に勝つロイヤルストレートフラッシュのようなもの。


だが、完璧なものなどなく。どんなものにも弱点とリスク、対応が存在する。



一つ、同じく魔眼持ち。眼には眼を。そんな言葉があるように、魔眼には魔眼で対応が出来る。だが、これは魔眼同士の相性もある。


二つ、相手が何らかの耐性を持っていた場合。魔眼で操られ続け、耐性が出来てしまう、元から特殊な耐性を持っていた、対魔眼の特殊な道具を持っていたなどが場合などがこれは該当する。


三つ、眼を合わせない。眼が合わなければ問題は無い。


そして、四つ、



魔眼とは暗示だ。アーサーの魔眼も最高クラスの魔眼である。そこから付与される暗示は通常の騎士であればひとたまりもなく地に落ちるだろう。



だが、フェイと言う少年は。彼が生まれてから、二年。毎日、自分は主人公であると自分に言い聞かせてきた。


スレ民の暴走を知らない彼は人気投票1位になってしまった自分フェイを主人公だと完全に思い込み、神にたぶらかされ、その思い込みは留まることを知らず、二年。


その自己暗示は最高クラスの魔眼すらもはねのける暗示と昇華していた。皮肉な事に、剣術と魔術の腕は全くと言っていい程に成長はしていない。


それは彼を危惧した、マリアが剣術の指南書や魔術の書物を隠したことに影響をしている。


だが、そんなことは些細な問題だ。今、まさに、フェイの剣はアーサーの首を捕えようとしていたからだ。ここまで接近して、完全な不意打ち。


もう、才能、剣術、技能。そう言ったものが問題になる距離ではない。フェイと言う異常者はアーサーを捕える……はずだった。


だが、皮肉にもアーサーも異常者であった。空気が割けるほどの極限の速さ、魔術による自己強化と木剣の強化、己の筋肉をフルに使った。文字通りの本気。


緊急脱出のように大急ぎで作り上げられた、一撃。それは眼の前のフェイの剣死神の鎌を砕き、生命を確保するための本能によって為された行為。


それによって、フェイの剣は……宙を舞った。



互いに木剣の形が失われた。フェイの剣はアーサーの剣の一撃によって砕け散り、アーサーの剣も無理な強化によって砕け散った。



(……あり得ない。ワタシが……



眼の前で起こった奇跡。彼女はそれに放心状態であった。明らかに自分の方が強者。だったのに、引き出された。


自分で引き出したわけではない。眼の前の騎士によって、無理やりにそれを引きだされた。前者と後者では明らかに成しえた事柄に差がある。


後者、それをフェイは成し遂げた、格上相手に。



(すごい、すごいすごいすごいすごいすごい!!! 何がどうなったのか、全く分からないけど!!)



感動に近い感情の嵐。アーサーの心は浮き足立っていた。理想が現実に勝った。いや、喰い下がった、引き分け。とも評価できるが、彼女にとって今はそれどころは無い。



(びっくり! こんな事ッて! あるんだ! 力は肉体や魔術だけに表されるものではない!! 精神力……私も鍛えないと……師匠になってくれないかな……?)



嬉しそうに心を弾ませるアーサー。だが、眼の前の少年は悔しそうに拳を握っていた。


(……あれほどの結果を見せたのに……一体、どこまで貴方は底が見えないの……?)


取りあえず、自身の理想の体現。そして、自身の新たなる課題が見つかった事に対して彼女はお礼を言うことにした。


「ありがとう……勉強になった」

「……次は倒す」


ただ、それだけ言って、フェイは去った。その後ろ姿をアーサーは眼で見えなくなるまで追い続ける。


(次は倒す……また会おうってことだよね?)


(またね……フェイ)



心の中で彼女は再び再会を誓った。


(あ、剣どうしよう)


壊した木剣をどうしようかと今更になって彼女は我に返る。


(フェイと一緒に謝れば……あ、フェイもう帰った……むぅ、私に押し付けて)


少し、膨れ顔。一緒に謝ってくれれば何の問題もないと言うのに。そして、彼女がどうしようかと考えていると


「あの」

「ん……?」



誰かが彼女に話しかける。アーサーが目を向けると自身と同じ金髪、そして碧眼。顔立ちが整っている少年であった。


「えっと……」

「あ、僕はトゥルー。えっと、君に聞きたいことがあって」

「そう……なに?」

「あいつ、さっきまで君が組んでたフェイって言う名前なんだけど」

「うん、知ってる」

「いきなりだが、アイツとは関わらない方が良い……」

「……」



いきなりそれを言われた。自身の理想を否定された気分になって、気持ちが悪くなる。


「アイツはヤバい。何かは分からないが、アイツはヤバいんだ」

「……そう」


(あなたの方がヤバい気がする……けど)



トゥルーは善行の少年だ。円卓英雄記の主人公でもあって、彼の行為には悪意がない。ただ単に、自身が体験した異様な何か、その危険を知らせたかっただけであった。


先程のやり取りを見て、彼女が僅かながら彼と関わりを持ったことを危惧した。ただ、それだけなのだ。



だが、トゥルーと言う少年に刻まれた恐怖がやり方を誤らせる。いきなりそんな事言ってしまえば、どう考えても事態は良くならない。



「と、とにかくアイツは、化け物だ。倫理と言う一線を軽々超えてしまうほどに」

「そう……」



(確かに、あの精神は異様だけど。畏怖すると言う感覚ではない気がする。この人、眼が節穴なのかな……)



「ん……分かった。覚えておく……覚えておくだけかもだけど」

「そ、そうか」

「ワタシも一つ聞いて良い?」

「なんだい?」

「あの人、フェイは何処の流派?」

「……アイツは独学だ。誰も教える人が居ないんだ。孤児院でも浮いてて、いや、不気味がられてると言うか……」

「……そ。もういい。ありがと」



(そっか、それであれほど。剣術が不細工になって……孤児院でも浮いて……それでも自身を高めていたから、妙な剣のスタイルに……)



(納得した。あれほどの精神力。だからと言って全部が上手く行くわけじゃない。日々積み重ねて、回り道をしているのか……)



(そして、ワタシと同じ……一人。同じ孤児院の子にここまで言われてしまうなんて)




(フェイ……また会えたら、友達に……)



彼女は思いを馳せた。トゥルーは心配そうに彼女を見て、そんな彼女達を受験監督の騎士であるマルマルは眼を細めて眺めていた。





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