最下位の最上者

@takenaka-m

第1話 

文武両道。

語源を辿れば意味は変わってくるが、概ね、勉学とスポーツの両面で秀でていることをさす。

しかし、ここでの文武は少し異なっている。


外は雪が積もっているのに、辺り一面暑い。

緊張した面持ちの人間が、一堂に集まっているためだ。

緊張が熱を放出するのかは自身でも曖昧で、単に複数の人間が密集しているからだけなのかもしれない。

温度に干渉することなく、周りの生徒は参考書や教科書を熟読している。

「次のグループの10人、入ってください」

丁度前の列の生徒が立ち上がった。

10人が立つだけで、暖気の流れが体を抜けていく。早く外に出たい。

俺は最後のグループ中の一人。一グループ5分程度で終わるため、もう少しの辛抱だ。

待つことへの苛立ちを可視化するように窓から伺える積雪は高さを増していく。

「次のグループの10人、入ってください」

程なくして起伏のない呼び声が掛かった。

呼ばれた教室には巻藁が並べられており、刀が渡される。

「では、横に並んだ8つの的を向かって右から切ってください」

用意された刀は日本刀。片手で持つにはずっしり重い。横の生徒は両手で持っているのにも関わらず、手が覚束ない様子だ。

鞘から刀を抜く。

呼吸を整える。

大きく刀を持ち上げ、力強く藁に向かって下ろした。

その瞬間、隣で高い金属音が響く。

その音に気を取られることもなく、刀は途中で威力を弱めず、8本並べられた藁は斜めに崩れ落ちる。

難しくはない。こんなもの誰でも斬り通すことが出来る。

だが、全て斬ることができたのは俺だけであった。

途中で刀が藁にハマって抜けなくなってしまう者、刀が曲がってしまっている者もいる。

力が足りない、技量不足、あらゆる理由は考えられる。

「終了。では、次は学力テストです。午後1時から始まるので用意してください」

とにかく暑い。外に出たかった。

今日は裏葉高校の入試試験である。朝8時から実技試験が始まり、只管自分の順番になるまで待ち続ける。

最初になるほど緊張感に閉塞され、最後になれば待ち時間で集中力は途切れる。

個人によってどちらが向いているかは別れるが、少なくとも俺は前者だ。

この程度の試験で緊張を携えることもない。

筆記試験もすぐ始まり、移動する時間もないので、ここで弁当を食べるわけだ。

他の生徒同士の喧騒や弁当の匂いが充満し、食べる気分にはならない。

しかし、腹は減る。いながらにして腰も痛く、そして暑いせいでかなり気が立っていることは変わらない。

パンを持ってきたので、今ここで食べなくても痛むことはないだろう。

「それでは、学力試験を始めます。受験番号の教室にそれぞれ入室してください」

俺の番号は6組の教室の一番左。窓側ではあるが、ストーブが横で熱風を排出していた。

1時になるまで、沈黙が続く。

テストどころではない。窓一枚隔てた先には寒風が吹いているのに、服の中で汗が流れて気持ちが悪い。

「それでは始め。時間は240分です」

5教科を休憩なしで行うため、外にも出られない。

耐え切れずに挙手をし、温度を下げてもらったが集中できるほどの快適さではなかった。

どうにか席の移動でもと懇願したが、拒否された。

少し融通性を持つことは出来ないのだろうか。

こう文句を言っている間にも時間は過ぎていく。鉛筆の音に急かされたわけではないが、やっと周りより遅れて問題冊子を開いた。

思ったよりも全く簡単だ。どの教科を捻った応用問題を出題してきているが、悩むほどでもない。

残り60分を残して解き終わる。

意外にも集中していれば暑さは気になることは無かった。しかし、途切れた瞬間、脱力した途端に熱気が襲う。

着ていたブレザーを脱ぎ、ネクタイを緩める。上履きも脱いで、椅子の上で胡座をかく。

試験最中にあるまじき行為であることは了承しているし、近くに立つ教師に睨まれるが、それどころではなかった。

「そこまで。終了。後ろから回収してきてください。用意ができた者から帰宅してください」

やっと終わった。およそ9時間の拘束。

誰よりも早く教室から退出し体を冷却させる。

前を歩く生徒はマフラーを巻き、コートを着込んでいるのに体を丸めているほど寒々とした光景は伝わってくるのだが、俺はカタルシスを感じてしまう程だった。

そしてあとは合格発表を待つだけだ。

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