第2話 カマかけたら不思議な刻印が出た

「ふーん」

 

 まあ、そうだろうな。悪魔が正直に地獄から来ましたなんて言う訳がない。この判断が付かない命題に答えを与える命題がある。

 

「お嬢さん、十字架を持っているかな?」

 

「うん」

 

 おずおずとおもむろに十字架を差し出してくる。何だかやけに厳つい十字架だな。文字が刻まれてあるが、読めない。形状から察するにヘブライ文字と辛うじて判断出来る。ヘブライ語は御使いの言語として知られるが、同時に悪魔の公用語でもある。

 

「不思議な字だね。何て読むの?」

 

「コッヤ」

 

「どう言う意味なのかな?」

 

「神の力」

 

 それだけでは何とも判断し難い答えだった。

 

「お嬢さん、とても失礼なのは重々承知なんだけど、十字架にキスは出来るかな?」

 

「ぁぅぅ……」

 

 困った様な声音になった幼女。これは当たりかも知れない。基本、悪魔はキリストの十字架を怖がる。


 悪魔が十字架に接吻すると唇が焼けると言われる位で、十字架は悪魔にとって恐怖の象徴なのだ。

 

「これは……」

 

「うん?」

 

「これはファルマコがキスしなきゃ駄目なの」

 

「えっ」

 

 ファルマコとは僕の名前だ。しかし、何故僕が十字架にキスしなきゃならんのか?    

 

 そんな急展開にも関わらず、幼女はジーっとこちらを見詰める。

 

 何か変な展開だな。

 

 何だか自分の信仰が試されている気がして嫌な感じだ。かと言って、無下に断るのは憚れた。

 

「どうしてもキスしなきゃ、駄目?」

 

 そう訊ねると幼女はこくんと頷く。毒を食らわば皿まで、とはよく言うが、あんまりやる気もないのも問題かも知れない。生来の自分とはそういう人間なのだから。

 

 五分経過。幼女は一向に待つだけだった。先程とは立場が逆転していた。


 こうなれば自棄でもキスするしかない。幼女が掲げた十字架に接吻すると十字架が輝き始めた。

 

 同時に右手の甲が異常なまで熱くなった。

 

「くっ! な、何だ? これ」

 

 しゅうしゅうと熱気を挙げて右手に刻印が刻まれ始まる。菱形を四つ組み合わせて十字架を作った様な刻印だ。


 エチピオア正教会の十字架に似た刻印は美しい蒼の紋様を煌めかせながら僕の右手に収まった。

 

「けーやく、かんりょー」

 

「契約完了だって?」

 

「願ったよね? 神様に助けて欲しいって。だからウリエルが来たの?」

 

「ウリエル? あの四大天使の御一人であるウリエルのこと?」

 

「うん」

 

 幼女がそう言うが全く説得力がない。そもそも、四大天使ウリエルは力を司る天使の筈。男らしい天使を想像しそうなものだが、目の前にいるのは日本語を喋る東欧系の美少女だ、精確には幼女だが。

 

「くしゅん!」

 

「うん?」

 

 何だ? くしゅん、て? もしかして。

 

「風邪引いたみたい」

 

 ジーザス、マジで。御使いってそもそも強い筈じゃなかったか? 降臨してすぐ風邪引くとかどんだけ身体弱いんだ? いや、まあ幼女だからそれが普通なのか? 


 でも、そもそも年齢を考えたら、いやその先は言うまい。


 唐突にウリエルがあることを要求し出した。

 

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