第21話 アンニュイ、のち、ショートカット

不安げな顔の自分が映っている。

ケープを身にまとい、椅子に座っている姿と辛気臭い顔はどうにもアンマッチだ。


「大丈夫です! バッチリ決めた髪型にしますので!」


私の表情を読み取った理容師が明るく言った。


それが原因ではないのだが、どうやら変に気を遣わしてしまったらしい。

申し訳なく思いつつ、私は「よろしくお願いいたします」と短く返した。



鋏を入れられていく。

髪がするすると床へ落ちていき、瞬く間に手ごろな長さへとなっていた。


長い髪を切るのは時間がかかるし手間なのではないかと委縮していたのだが、彼女曰く、「一から髪型の土台を作れるので楽しいんですよ~」とのことらしい。

客相手だからそういってくれたのかもしれないが、ここは彼女の言葉に甘えることにした。


「でも、よかったんですか? せっかく綺麗に伸ばされてたのに。10年でしたっけ?」

「はい。……でも良いんです。イメージチェンジしてみたかったので」

「確かに髪が長い時って、短い髪型に憧れますよね~!」


ケープに溜まっていた髪の毛が、重さに耐えきれず床へと散っていく。


その様子を横目で見やる。


髪と一緒に全て落ちて行ってくれたら苦労しないのに。


そんなことを思いながら、辛気臭い顔へ視線を戻した。





例えば、おろしたての服を着ていくとき。

例えば、入社当日。

緊張からか期待からか、そわそわしてしてなんだか落ち着かない。


髪を切った後も同じ気持ちになるらしい。

ただ少し違うのが前向きな理由ではないところだろうか。


いつもなら着ないような少し色の派手な服に袖を通して、メイクもチークを心持ち強めに入れて。

髪の毛にアイロンを通して、バームで形を整える。

靴も持っている中で一番ヒールの高いものを靴棚の奥から引っ張りだして履いた。


こんな悪あがきが通用しないことは分かっているけれど、”しない”という選択肢はどこにもなかった。





フロアに入ってからというもの、視線の集まり方が尋常でない。


「えっ!? 都さん!?」

と誰かの声が聞こえることも一度や二度ではない。


確かに自分でも見慣れないなとは思っていたけれど、そんなに違和感あるだろうか。


先ほど佐藤さんとすれ違ったときが一番酷かった。

すれ違って3秒ぐらいは私だと気づいてもらえなかったのだ。


挨拶した時の声でやっと私だと分かったようで、「おはっ!? おは? おはようございます?」という不思議な挨拶を返された。


その後佐藤さんは私を三度見……いや、五度見ぐらいはしていた。

ちょっとバグった機械みたいで面白かったが。



水島さんに至っては、「あらぁ~、失恋でもしちゃったのぉ!?」と言ってくる始末。

悪気がないことは知っているが、如何せんデリカシーが皆無である。


一応違うとは伝えたが彼女のことだ、絶対に失恋したと決めつけているので瞬く間に噂が広まりそうだ。



色んな人に声をかけられるも話すこともそんなにないので、曖昧に愛想笑いをしてやり過ごした。


朝一は人が寄ってきていたが、昼前になると休憩を取る兼ね合いもあってか人が来なくなった。



朝から無駄に体力を使い疲れてしまった。

はあ、と小さくため息をつくと、隣から「先輩」と声をかけられた。


「お昼行きましょうよぉ」


夢子はすでにコートを着て準備万端のようだ。


「すみません、すぐ用意します」


やりかけの資料を保存してパソコンを閉じた。





「先輩、バッサリ切りましたよねぇ」


エレベーターから降りた瞬間に夢子がそういってきた。


「そうなんですよ。ずっと伸ばしてたんですけれどね……25センチも切ってたみたいです」


改まって聞かれると、自信がなくなってくる。

やっぱり似合わないだろうか。


変ですかね、と聞こうとした瞬間だった。


「似合ってますよ」


私の目をまっすぐ見て、夢子はそう答えた。


今朝からいろんな人から冷やかし半分、お世辞半分ぐらいの「似合ってる」をもらったけれど、不思議と彼女からの言葉が一番うれしい。


「ありがとうございます」


感情を包み隠さず直球で言うところが夢子の良いところだが、面と向かって言われるのは少し気恥ずかしい。


「先輩、顔が小さいからベリーショートも似合いますよねぇ」


どうやら私が照れていることが分かったようで、夢子は私を手放しに褒めちぎった。

表情は変わっていないはずなのにどうしてわかったのだろうか。


「ありがとうございます……夢子さんも顔小さいですし、きっと似合いますよ」


やられっぱなしなのも少し悔しいので、私もそうほめてみる。

世辞ではない、本心からの感想だ。


まさか反撃が来ると思っていなかったらしい、夢子は驚いた顔になり、顔を背けた。


「まぁー? 私はどんな髪型でも似合うんでぇ」


耳が赤いのはきっと気のせいではないだろうが……指摘するのも野暮かもしれない。


私はそのことには触れず、定食屋へ進んでいく彼女の後を追った。





「ちょっと、何油売ってるんですか! 業務中ですよ!」


午前中のプレゼンがうまくいかなかったらしく、佐藤さんは昼休憩後も虫の居所が悪い。


「やあねぇ、同じ業界の会社の記事読んで何がわるいのかしら~」

「そうよねぇ! 社会人として同業他社の情報を仕入れるのは当然よねぇ!」


佐藤さんなどこの2人の敵ではないらしい。

巧妙な言い訳をつかれて佐藤さんはそれ以上何も言えなくなってしまった。


変に吠えたから周りからの視線が集まっていることに今しがた気が付いたようで、佐藤さんは小さくなりながら自席へと戻っていった。


「にしても、大きな会社よねぇ。九条グループ」

「この系列会社の社長、九条グループ社長の息子らしいわよぉ!」

「イケメンねぇ」

「ルックスも完璧でお金も持ってるなんて! こういう人と結婚出来たら人生バラ色でしょうねぇ~!」

「水島さん、旦那さんいるじゃない」

「あんなの道端に生えてるタンポポみたいなモンよぉ~!」


彼女たちはB4判の雑誌を開けっ広げながら話しているので中身がよく見える。


『若手社長の今後の展望!』なる見出しをつけられて、一面で大きく取り上げられている。


彼女たちが褒めちぎっている彼のルックスの横には紹介文なのだろう、『九条グループの御曹司、九条実』という太文字と彼の華々しい経歴が羅列されていた。


『待って、いのり! 話がっ!』


あの時の彼の表情は雑誌の中の彼と違ってずいぶん余裕のない顔をしていた。


「先輩? どうしたんですかぁ?」


ぼんやりしていたからか、夢子か不思議そうに私の顔を覗き込んできた。


「いえ。なんでもないです」


”なんでもない”顔ではなかったのだろう、夢子は何かを言おうと口を開いた。

……その瞬間にフロアのドアが元気よく開いた。


「お疲れ様です! 久慈、外回りから戻りました!」


どうやら客先に朝一で直行していた久慈くんが戻ってきたようだ。

ドアの付近でこちらを見やると、元から大きい目を倍ぐらいに見開いてずんずん近寄ってきた。


「いのりさん、髪切られたんですね! ロングも素敵でしたけど、ショートも素敵です!」

「あ、ありがとうございます」

「美人はどんな髪型でも似合うってホントだったんだなぁ~!」


勢いが凄すぎて若干ひいてしまった。


久慈くんが大袈裟にほめてくれる最中、夢子は何か思案しているようにじっと私を見ていた。


私は今、そんなに暗い顔をしているのか。


これ以上彼女に余計な心配をかけるわけにもいかない。

私は無意識のうちに下がっていた広角を思いっきり上げた。

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