第17話 昼食時の幕間
久慈くんの爆弾発言から早2週間。
普段通りに始業しようと準備する私に水島さんと今野さんが寄ってきた。水島さんがニコニコしながら私に声をかける。
「おはよ~都さん!」
「おはようございます」
「ねぇねぇ、例の彼とは、どうなったの~?」
「例の彼、とは?」
「とぼけなくってもいいじゃない~。久慈君よ、久慈君!」
「あぁ。久慈くんですか」
彼が私に対してぐいぐい話に来ていた時、この2人が妙に楽しそうにしていたことを思い出す。
彼女たちは噂話や恋バナに敏感で、話題が転がり込んでくるとこうやって茶々を入れてくる。
「運命って言ってたけど、都さん的にはどうなの~?」
「どう、といわれましても……」
「もしかして、年下はタイプじゃなかったり?」
今度は今野さんが詮索してきた。
私が返事もする間もなく、水島さんが「わかるわぁ!」と相槌を打つ。
「確かに、都さんは年下っていうよりも、年上とか、同い年とか、落ち着いた印象の人が似合いそうよねぇ~!!」
そして水島さんが勝手に私のタイプを捏造してきたが年上好きというのはあくまでも彼女の妄想だ。好きなタイプ、というものは正直考えたことがない。
どう返答していいものか。
首をひねっているところで、彼女たちの後方から視線を感じた。
視線の主は夢子と久慈くんで、前者は私のタイプを勝手に妄想していた水島さんにガンを飛ばしている。後者はというと、困った顔で私の顔を凝視していた。
「私、タイプとかはそんなに……」
視界の情報量がオーバーしそうなので、そう水島さんたちに返事をする。
彼女たちも私の反応がぎこちないのが気になったらしい。
周りをきょろきょろ見渡したところで、こちらを見ている2人に気づいたようだ。
「あんまり話ばっかりしてると怒られちゃうわねぇ!」
「そうねぇ~。戻りましょうかねぇ~」
こそこそと話していることにバツの悪さを覚えたのか、はたまた夢子が睨んでいたからか。
水島さんと今野さんは蜘蛛の子を散らすように自席へと戻っていった。
◇
久慈くんは仕事が早い。
物覚えがいいのだろう、「教えたことは必ず覚えているんですよねぇ」と夢子が忌々しそうに言っていたのを思い出した。
しかも一から十まで教える必要がなく、ひとつ教えるだけでその先も先回りして対応できるうえ応用も効く。成宮さんの抜けた穴を埋めるには十分な逸材ということだ。
配属初日のインパクトが強すぎて変な人扱いされがちだが仕事に関しては真っ当なので、すでにまわりから信頼を置かれているようだった。
しかも彼は意外にも理工学部の卒業らしく、PC関連にめっぽう強い。
今までアナログでやっていたことも「これならロジック組んですぐですよ!」と自動化してくれるのだ。おかげでチームの生産性はうなぎのぼり、飛ぶ鳥を落とす勢いである。
夢子はというと、彼の仕事ぶりは素直に評価する一方で警戒を一向に解こうとはしなかった。
というのも一目ぼれといったのはお世辞でもなんでもなかったらしく、私に毎日猛アタックしてくるので夢子はそこが面白くないらしい。
今日も「おはようございます! いのりさん!」とあいさつをして近づいてこようとした久慈くんの進路妨害をしていた。
加えて変わったことといえば、久慈くんも一緒に昼休憩に行くようになったことだろうか。
初日から『ぜひご一緒したいです!』と頼み込まれて、いつもの定食屋に一緒に行くようになった。
夢子は彼が同行しようとするたび毎度諦めさせようと画策するのだが、久慈くんとの相性が悪いらしく、いつも
「いのりさん、お昼行きましょう!」
ひと段落ついたところで今日も久慈くんから声がかかる。「そうですね」と返事をしようとしたところで夢子が彼と私の間に入った。
「お断りしまぁ〜す」
2週間も同じような問答をしているのに夢子は毎度、久慈くんに突っかかっている。
どうしても勝てるまで勝負したいのかもしれない。
「俺、柏木さんに聞いてないんですけど」
「かつらぎ! わざと間違えてますよねぇ?」
「あっ、すみません。どうしても音が似てて間違っちゃうんですよね。あ、俺も名前で呼べば良いんですかね、『夢子さん』って!」
「はぁ???」
「それなら間違えないですし! いのりさんとお揃いですし!」
「絶対後半が言いたかっただけですよねぇ??」
「そんなことないですって! ほらほら、早く行かないとお昼終わっちゃいますよ!」
そう言うと久慈くんは私の背中を両手で押し、ドアのほうに向かう。
今日もうまく丸め込まれてるなぁ、と横目で夢子を見ると子供のように頬を膨らませていた。
「ちょっと!!」
勝手に話を切られた夢子は怒り浸透のようで、手早く支度を済ませると私たちの後ろを追いかけてきた。
◇
「いのりさん! お誕生日いつですか?」
「11月25日ですけど」
「11月25日、りょーかいです!」
「急にどうしたんですか?」
「実は~、相性占いやってみようと思って!」
「へえ。相性占い」
久慈くんは占いが好きなようだ。
初めて会った日もテレビの占いを見ていたし、根っからのロマンチストなのだろう。
「……ふんふん。俺、10月30日生まれなんですけど、いのりさんとの相性バッチリみたいです! うれしいな」
えへへ、と彼は照れ笑いした。笑った顔がどことなく大型犬の顔に似ている。
「へぇー。星占いだとぉ、相性そうでもないみたいですよぉ~」
つまらなさそうに話を聞いていた夢子が割り込んできた。
半笑いしながら久慈くんに星占いのサイトのページを見せている。
「えぇ! そうなんですか?」
「はい。残念でしたねぇ~。そ・の・か・わ・り!いのり先輩と私は相性バッチリらしいんで! 安心してくださいねぇ」
今回は夢子のほうが一枚上手だったみたいだ。
いつもしてやられているからか、ここぞとばかりにやり返している。久慈くんの悔しそうな顔を見て、夢子はニコニコしていた。
「そういえばなんですけど、なんで夢子さんって俺に突っかかってくるんですか?」
「えー? そうですかぁ? 突っかかってるつもりないんですけどぉ~」
その弁明はさすがに無理があるだろう。
久慈くんも納得がいかないようで首をかしげている。
「だって、俺がいのりさんを好きでも夢子さんには何ら問題なくないですか?」
「……は? 問題大有りですけど?」
「え? ……あ、もしかして、いのりさんのこと好き、とかですか?」
彼の発した『好き』のニュアンスが夢子にはわかったのだろう、彼女の顔がどんどん物騒になっていく。
「は? なんですかぁ? 急に。好きですよぉ? なんか文句でもあるんですかぁ?」
そしてこの喧嘩腰である。空気がどんどん重たくなっていく。
どうしたものかわからず、二人の顔を交互に盗み見ていると久慈くんが破顔した。
「いや、文句なんてあるわけないじゃないですか! ずっと夢子さんが突っかかってくる理由が分からなくて……俺、知らぬ間に粗相をしたのかと思ってたんですけど……」
「はぁ……?」
「でも理由が分かったのですっきりしました! よかったです!」
この回答は夢子にとっても想定外だったのか、珍しく口をぽかんと開けている。
「えっ、えぇ? いうことそれだけですかぁ……?」
「え? ……あっ!」
ごほん、とわざとらしく咳払いをして、久慈くんは真面目な顔になった。
「夢子さんには絶対に負けませんから!」
そしてぺかーっと効果音が付きそうなぐらい笑顔になった。
その言葉に夢子はハッと現実に戻ったといわんばかりに眉を吊り上がらせた。
「はあー? 私があなたに負けるはずないじゃないですかぁー!」
いつもの調子に戻った夢子だが、どこか安堵しているように見える。
彼女が悩みに悩んだ結果、私に気持ちを打ち明けてくれたことを思うと、久慈くんの裏表のないあの言葉に彼女は少し、救われたのかもしれない。
……二人が私のことを好きだと言ってくれるのに、それに答えることが許されない私はいったいどうすればいいのか。
花火大会の時に夢子が伝えてくれた言葉の返事もできぬまま、今ここにいるのもどうなのだろうか。
二人のほほえましいやり取りは、どこか現実味がなく、スクリーンの中の映像のようだった。
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