第30話 人を呪わば穴二つ

 エレオノーラの発言にダメージを受けている者は他にもいる。


 シモンだ。


「初めから認められていなかった……!? 父上と義母上は私の気持ちを尊重して認めてくれたのではなかったのか!?」


 シモンの疑問には国王陛下が答えた。


「お前の気持ちを尊重して認めた? 馬鹿なことを言うな。お前が私達に事前に何の報告もなく勝手に公衆の面前でマリアン嬢を新たな婚約者に指名してしまったから、軽々しく撤回出来なかっただけだ。それからマリアン嬢について調査させてみたら、全く王太子妃として相応しくない相手だということがわかった。相応しくない相手を”真実の愛”とかいう理屈で選ぶなんてお前の人を見る目のなさに失望した。マリアン嬢との結婚を私が認めたことこそお前を王太子として見限っているとお前は気づかなければならなかった」


「シモン義兄上、ありがとうございます。これからは僕が王太子として励みますので、義兄上は安心して王太子の地位を下りて下さい」



 シモンが王太子ではなくなる。


 このことに内心一番喜んでいたのはイヴァンだ。


 シモンの実の母親は既にこの世にいない。


 なのに未だに王太子の座にいることが気に入らなかったのだ。


 シモンのスペアとして一生日陰者で終わるかと思いきやここに来て望外の機会がやって来たのである。


 しかも自ら策略を巡らせてシモンを王太子の座から引きずり落とす手間も不要で、シモンが勝手に愚かなことをして自滅してくれた。



 しかし、今の王家を取り巻く状況を見れば、王太子になれることを素直に喜んで良い状況ではない。


 貴族達は王家に不審な目を向けているのだ。


 信用が低い状態で新たに王太子としてやっていくなんてまるで沈みゆく泥船に喜んで乗るようなものである。



「そんな馬鹿な……。ではマリアンが好きなようにドレスを注文出来なかったのもそういうことなのか……」


「そうだ。近々王太子妃の地位を剥奪する予定の者に散財させる訳にはいかなかったからな。せめて王太子妃として何か仕事に取り組んでいたら考えてやらんこともなかったが、ぐうたら生活しているだけの者にそんな考慮はしない」


「え!? 王太子妃としての仕事なんてあったの!?」


 マリアンの疑問には王妃が答えた。


「勿論、あるに決まっているわ。もしかして自分が好きなようにぐうたら生活してシモンに愛されるのが王太子妃としての仕事だと思ったの? そんなものは王太子妃ではなく愛妾よ。こちらが王太子妃としての仕事があると言わなければ気づきもしないなんて」


 王妃は呆れたように説明する。


 マリアンはようやく自分が好きなようにドレスが買えない理由がわかったが、理解しても時すでに遅しだ。



「それに私達がお前を見限った理由はそれだけではない。何故、死刑という重い刑を私達に何の相談もなく決定し、処刑執行したのか。確かに私達はその当時、外国にいて留守だった。だが大方お前はマリアン嬢を傷つけられたことへの怒りに我を忘れ、迅速にエレオノーラ嬢に罰を与えたかっただけのように見える。何故、私達が帰るまで待てなかったのか。疑問点が何も残らないように調査をしっかり行った上で処断したのならまだしも、事件の調書を見るに疑問点があるにも関わらずそれを曖昧にした状態で、エレオノーラ嬢が認めたからこれで打ち切り、で締めくくり、処刑している。死刑にするならそれだけの責任が伴う。後から冤罪だったと言っても失われた命は帰ってこない。今回はエレオノーラ嬢は生きていたからよかったようなものの、冤罪で処刑なんて王太子としてあるまじき行為だ」


 国王の言葉にぐうの音も出ないシモンは項垂れている。




「親子の会話はもうそろそろいいかしら? 私は陛下が仰ったことに疑問を感じましたわ。それをあなたが仰いますのね、国王陛下」


「何だと?」


「陛下だってかつて私とお母様と婚約していたのに、ご自身の気持ちを優先して、私のお母様に婚約破棄を突き付けて前王妃殿下のイレーヌ様と結ばれた。イレーヌ様もお母様に比べると後ろ盾に難があることを分かっていながら」


「私はイレーヌを王族の相手として相応しいと心からそう思って妻に迎えたのだ。私の父上だって仕方ないなと言いながら認めて下さった」


「それは前国王陛下はそう言わざるを得ないでしょうね。だって国王陛下はたった一人の直系の息子。代々直系で受け継いできた王家を自分の代で傍系の方に継がせたらご先祖様に申し訳ないですもの。本来廃嫡になるようなことでも一人息子ならば仕方ないと見逃される」


「私は王族だ。だから何をやっても許されるのだ」


「その我が儘の為に私達親子は踏みつけにされたのですわね。自分の幸せは追求しておきながらその一方で平気で他人を踏みつけにする。陛下もシモン王太子殿下も似た者親子ですわ。陛下の方は私のお母様に婚約破棄を突き付けておきながら、お母様の娘の私を後ろ盾の弱いシモン王太子殿下に据える。お母様への仕打ちを忘れ、権力的な都合が良い時は利用するなんて。そのシモン王太子殿下は、私が国王陛下の結婚の後始末として婚約者に選ばれたことを知りもしないで、マリアンと恋人になり、私を蔑ろにする。そして真実を見抜けず私を冤罪で処刑し、空いた婚約者の席にマリアンを座らせる。途中経過は違うけれど、婚約者がいながら恋人を作り、最終的にはその恋人と結婚したことには変わらないわ。似た者親子と言えば、マリアンもそうですわね。欲しいものは他人から奪うという思考と行動がお義母様と同じ」


 エレオノーラは手に持っていた扇子をパチンと閉じて続ける。


「ここから遠い東の国の諺にこんな言葉がありますの。人を呪わば穴二つ。他人に悪い行いをすれば必ず自分に返ってくるという意味ですわ。さぁ、今度はあなた達の番ですわ」


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