第14話 公爵家を襲った悲劇

 シモンとエレオノーラとの婚約話が決まったのとほぼ同時期に、ルズベリー帝国でのクーデターは終息し、もう帝国内は安全だと言える状態にまでなったので、ジョシアの帰国話が持ち上がる。


 サミュエルはエレオノールに伝える前に先にジョシアと二人だけで話すことにした。



「ジョシア。リチャードからそろそろ帝国に帰ってこないか?という手紙が届いている。もしまだここにいたいなら彼には私から説明するが……」


 サミュエルがジョシアに問いかける。


 ジョシアとエレオノーラの仲の良い様子を知っているので、帰国したくないなら、本人の意思を尊重した上で、リチャードに許可をもらえば、無理矢理帰国させる必要はないと考えていた。


「もうクーデターは終わったんだ……。でも、僕、エレオノールと離れたくない。帝国に帰ったらもう会えないんでしょう?」


「そうだな。私も個人的にあまり休暇が取れないから、頻繁にエレオノールを連れて帝国へ遊びに行くなんてことは出来ない。だからほぼ会えなくなるな」


「じゃあ僕はここにいる。父上には僕からも手紙を書く」


「わかった。じゃあその手紙も私が送る手紙と同封しよう」


「それと、ジョシアに聞きたいことがあるのだが……」


「改まって何の話?」


「エレオノールを君の花嫁さんに……と考えているのだがどう思う?」


「それはエレオノールを僕の花嫁さんに出来るなら嬉しいよ? でもエレオノールってこの国の王太子殿下と婚約したんじゃなかった?」


「わかった。今の時点ではそれだけ聞けたら十分だ。王太子殿下との婚約は私が何とか破談にするから心配しなくてもいい。じゃあエレオノールには、ジョシアは帝国に戻らず、引き続きここで暮らすことを言いに行こう」


「はい!」


 サミュエルはこの会話に基づいてリチャードに手紙を送った。


 リチャードは引き続きジョシアのブロワ公爵邸での滞在を許可し、ジョシアとエレオノーラの婚約の件も了承した。



 エレオノーラはジョシアがそろそろ帝国に帰るかもしれないということで、気分が沈んでいたが、帰らずにそのまま滞在するということを聞いて喜んだ。


「これからも滞在されるのですね! 私、嬉しいですわ!」


「そんなに喜んでくれるなら、ここにいることにして良かったよ」




 シモンと婚約したことでエレオノーラは次期王太子妃として教育を受けることになった。


 ほぼ毎日王城に通って学ぶ為、ブロワ公爵邸にいる時間はどうしても短くなる。


 エレオノーラはジョシアと思うように遊べなくなってしまって悲しんでいたが、将来の為の勉強と受け入れた。



 でも、何をシモンとやってもエレオノーラはついついこれがジョシアとだったらな……と思ってしまう。


 勉強面はそう思うことはいくらか少ないが、市井の暮らしを学ぶ為に城下町にお忍びで行ったり、孤児院に行って孤児たちと遊ぶ時なんかはそう思うことが多い。


 そう思っても口にはしないあたり、エレオノーラはまだ少女であっても立派な貴族の令嬢だった。

 


 一方、エレオノーラが王城で教育を受けている間、ジョシアはジョシアで公爵邸で学んでいた。


 帝国内が落ち着いた為、ルズベリー帝国からジョシアの為に家庭教師が派遣され、彼らにマナーや教養、ダンスを習っていた。


 ルズベリー帝国とオルレーヌ王国ではマナーや身につけるべき教養も違う上、お互いの立場を考えるとやむを得ない措置だ。



 こうして四六時中一緒にいた子供時代から、お互い少しずつ大人になる為の準備期間に入った。


 この時期は、大きな波乱もなかったが、今にして思うと嵐の前の静けさだったのだとわかる。




 そして、最悪の事件が何の前触れもなくブロワ公爵家に襲い掛かった。


 クリスティーンの毒殺事件だ。



 その事件が起きたのはその日の午後のことだった。


 公爵邸にメイドが一人入り込み、毒入りの紅茶を淹れてクリスティーンがその紅茶を飲み、亡くなった。



 エレオノーラとサミュエルは王宮にいた為、屋敷の使用人から王宮にすぐに連絡が入り、連絡を受けた王宮の伝達係がエレオノーラとサミュエルに伝え、二人は急いで帰宅したが、既にクリスティーンは息を引き取っていた。


 使用人により公爵家お抱えの医者であるクレマンが呼ばれていたが、毒が即効性で呼ばれた時にはもう亡くなっていた。



 サミュエルは遺体を抱きしめ静かに涙を流す。


「クリスティーン、何故こんなことに……」



「お母様……」


 エレオノーラも涙を流す。


 まだ14歳の少女に訪れた母親との永遠の別れは早過ぎた。


 ジョシアはエレオノーラを抱きしめて彼女を慰めていた。



 クリスティーンの死をきっかけに二人の関係は形を変えることになるが、まだそのことに二人は気づいていなかった。

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