第2話 婚約者との溝

 シモンとエレオノールの婚約はシモンの地位を盤石にする為に結ばれたものだった。



 シモンの実の母であるイレーヌ・カスタはカスタ伯爵家出身で、王族では大変珍しい恋愛結婚で国王陛下と結ばれた経緯がある。


 当時国王には幼少期に決められた婚約者がいたが、婚約を解消し、イレーヌを妃として迎え入れた。


 対外的には穏便に婚約解消されたと発表されているが、実際のところはそうではなく、学園の卒業パーティーで一方的に婚約破棄をしたが、緘口令が敷かれ、当時の目撃者は口を閉ざしている。



 国王は愛で結婚相手を決めたが、その伯爵家は歴史だけは古いものの大した権力も財力も持ち合わせてはいなかった。


 結婚後三年が経ち、ようやくシモンが生まれるが、その後子供が授からないまま三年が経った時点で王子が一人では心許なく思った大臣達によって側妃カルメン・フュネスが国王に宛がわれ、翌年王子イヴァンが生まれる。


 伯爵家出身の正妃に対し、側妃は権力も財力も兼ね備えている武の名門侯爵家出身だ。


 おまけにカルメンの兄である現当主ジャックは騎士団長の座についている。



 イレーヌは愛によって結ばれたはずなのに夫を側妃と共有することになり、大層嘆き悲しんだ。


 せめて次代の王には側妃の子ではなく、自分と夫の愛の証であるシモンを選んで欲しいと嘆願し、国王はそれを叶えた。



 ただし、シモンは正妃腹の子とは言え、イヴァンに比べると後ろ盾が弱い。


 そこでエレオノールとの婚約だ。


 エレオノールの父サミュエルはブロワ公爵であると同時に宰相も務めている。


 ブロワ公爵家の娘エレオノールはちょうど年頃がシモンに合う上、武のフュネス家に対し文のブロワ家と政略的な均衡も取れる。


 エレオノールを妻に迎えることでシモンの立場は盤石になる。


 ちょうど二人の婚約が決まった頃、イレーヌは病死する。


 その時二人は10歳だった。


 イレーヌの死後、カルメンは側妃から正妃へと繰り上がった。




 そのような経緯で婚約は結ばれたが、肝心のシモンとエレオノールの距離は縮まらなかった。


 所詮大人の都合で選ばれた婚約者。


 それ以上でもそれ以下でもない。



 シモンの方は最初は歩み寄ろうとした。


 エレオノールの見た目は眩い太陽の光を集めたかの如く輝く豪奢な金髪に、ガーネットのような赤い瞳をした美少女だ。


 シモンとエレオノールは一緒に城下町をお忍びで散策して民の生活を確認したり、一緒に机を並べて選りすぐりの講師達による教養やマナーのレッスンを受けたり、孤児院で奉仕活動をしたりした。



 しかし彼女はシモンの劣等感を刺激する存在だった。


 最初は差なんてなかったはずだった。


 でも気づいた時にはエレオノールは何をやっても完璧で、褒められるのはいつもエレオノールだけという状態になっていた。


 どの人もこぞって「エレオノール様はあんなにお出来になられるのですから、シモン王太子殿下ももっと頑張って頂かないと」というような言葉ばかり投げかけてくる。


 彼女と比較されるのがすっかり嫌になったシモンはエレオノールから次第に距離を置くようになった。


 婚約者として最低限の義務を果たすだけ。


 エレオノールの誕生日の贈り物もシモンが自ら選んだものを贈っていたのは婚約者になって最初の二年だけで、後はシモンの侍従任せ。


 贈り物と同封する誕生日を祝う言葉を記したカードすらも侍従任せだった。



 距離を置こうとしたシモンとは反対にエレオノールは一定の距離を保とうとしていた。


 エレオノールも何故シモンが自分と距離を置こうとしたのか察しており、無理に一緒に行動するのは避けていたが、定期的に手紙を書いてシモンに送っていた。


 その手紙はエレオノールのありふれた日常と顔を合わせることがほぼなくなったシモンを気遣う言葉が書かれていた。


 手紙が届いてもシモンが返事を書くことは一度としてなかった。



 そんな状態のままシモンとエレオノールは15歳になり、貴族の子女が通う名門サンブルヌ学園に入学する。


 そこでシモンは運命の出会いを果たす。

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