女性には優しく、男性には冷たく

milly@酒

第1話

 「ちょっと待てよ」


 20代前半くらいの男性が、同じくらいの歳の橋本結月はしもとゆずきの腕を掴む。結月は冷たい目で男を見る。

 ここは街の真ん中。ホテルから出てきたばかりの二人。


 「あなたの事はセフレとしか思えないのよ。割り勘にしたでしょう。それ以上はないわ」


 結月は無表情で淡々と話す。


 「俺は彼氏彼女の仲になりたいんだけれども...」


 「他を当たって」


 結月は再び歩き始める。


 異性に対しては愛欲を求めており、同性に対しては心の繋がりを求める結月。

 それは昔も今も変わらない。


 結月は自宅に着くとシャワーを浴び、着替えて家を出た。

 向かった先は病院だった。

 大病院だ。一回の受付で面会に必要な手続きを済ませ、エレベーターで四回へ行く。

 そして、ナースステーション前を通り足早に病室へ入る。病室は個室だった。名札には、小林凛こばやしりんと書かれてあった。

 

 「入ってもいい?」


 「どうぞ」


 結月がドアを開けると、凛が体を起こした。


 「結月先輩!」


 結月は部屋に入ってベッドの近くに行くなり、凛を抱きしめた。


 結月は微笑んで凛の髪を撫でる。


 「今日も陽子線治療を受けて、抗がん剤の点滴をしました」

 

 まだ凛は20代前半なのに、痛々しい言葉に結月は眉をひそめる。


 「最近、味がわからないんですよね。」


 凛は口腔舌がんで、ステージ4 だった。先進医療を受けることにした。保険適用の治療だと舌や顎を切除しなければならず、その治療方法は凛にはあまりにも過酷過ぎるため、本人は拒否した。

 今までかけていた医療保険の中に先進医療の特約が付いていたため、それを利用する形になった。


 陽子線治療は舌に当て続けると十日目くらいから味覚が無くなってくると、医師から説明があった。


 「プリン買ってきたけれども、食べるの厳しい?」

 

 「ありがとうございます。まだお腹いっぱいなので、冷蔵庫にしまっておきますね」


 三時で満腹は考えにくいだろうから、食べられないんだろうな...、と結月は思った。


 ベッドに戻った凛は、ベッドテーブルに置かれていた結月の手に触れた。結月は、触れてきた凛の手を握り返した。結月はそれ以上の事はしなかった。それ以上の事をするならば、退院してからだと思っていた。


 凛は本当は病室でも触れ合いたいと思っていた。


 二人の想いはすれ違っていた。


 結月は我慢しなければならないという思いが爆発しないように、男性にひたすら愛欲を求めた。なるべく、後腐れない男性を探した。それ以上を求める人とは別れた。男性に心の繋がりは求めていなかった。

 

 

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