第27話 めでたしめでたし……

「浦島様、あーん」

「あ、あーん」


 今、乙姫さんと訪れたのは駅前のカフェ。


 そこで彼女は俺の向かい、ではなく隣に座りべたべたと。


 その光景に他の客も目を奪われている。


「どうしたのですか須田様?お味が気に入りませんか?」

「い、いや、ちょっとはずかしいというか」

「お恥ずかしい?なにか見られてまずいことでも……もしやこの店に須田様をかどわかす人物が?」

「いないいない!いないって!はは、おいしいなあ、あはは」


 ダメだ。どうやったら嫌われるのかがわからない。


 俺はナチュラルボーン嫌われ者だから、意図して相手に嫌われようなんて考えたこともない。


 ありのまま、自然のまま、素直な心で接した結果嫌われる。

 ……言っててきついな、これ。


 でも、だからこそそんな俺にメロメロな彼女に対し、何をしたらいいかさっぱりだ。


「須田様、もしよろしければですが、このあと竜宮城へ一緒にいきませんか?」

「竜宮城?それって、海の底にある神殿のこと?」

「ああ、それは実家の話です。今私はそこのアパートに一人暮らししております」

「というと?」

「ご一緒に、夢の世界へと……いかがです?」

「……」


 女子が家においでといってくれて。

 美女がおうちに招いてくれて。

 

 断る俺なんて須田ではない。

 もちろん、こんな喫茶店でイチャイチャしていても埒があかないから、仕方なく彼女の家に行こうと考えてるだけで、決してそこでワンチャンあるかなーとか期待はしてない。


 多分求められるに違いないけど、嫌われることが俺の仕事だから、やっぱりそこで何か間違いなんて起こしはしない。


 それに、いくら乙女が美人だからといっても、こいつはヤンデレだし、しかもこうなってるのはサキュバスの影響で本心ではないから、だから俺はなーんも、一切夢をみたりしない。


「よし、行こう」


 というわけで、早速竜宮城という名の、彼女の住むアパートに向かった。



「須田様、少し狭いお部屋ですがくつろいでください」

「う、うん……ああ、女子の香りがする……」


 彼女のアパートは四階建ての小さなところ。

 その二階にある彼女の部屋に招かれると、そこだけお花畑が咲き乱れてるのかと思うほどに素敵な香りが漂ってくる。


 ほええ……


「須田様、私は準備を済ませてきますので部屋で待ってていただけますか?」

「う、うん」


 俺は言われるがまま彼女の部屋に。


 そこは案外質素なもの。

 本棚と、ベッドとテレビくらいしかなく、俺はそこで正座して待つことに。


 ううむ、女子の部屋に来たのは生まれて初めてだ。

 今まで散々女子が俺の部屋に寝泊まりした(言い方に語弊があるが)けど、こうして部屋にくるというのはいささか緊張する。


 シャワーの音が聞こえる。

 いや、待て待て。俺は嫌われるためにここにいるんだぞ?

 このまま流されて彼女と一線を越えてしまったのではなんの解決にも……


 ならないのか?


 よく考えたらさ、俺は美人な彼女ができて、乙姫さんにも彼氏ができて、別にサキュバスの誘惑とか関係なしにお互いハッピーなんじゃないか?


 まあ、ヤンデレといっても俺が彼女を愛したら済む話だ。

 俺は愛でるぞ。美人なら、愛でて愛でて大切に扱うぞ。


 そうなるとだ、このまま彼女とドッキングしても何ら問題はない。

 よしよし、そうと決まれば方向転換だ。


 カモン乙姫!俺は君を受け入れる!


 意味不明な覚悟が決まったところでシャワーの音が止まった。

 そして部屋のドアがガチャッと、開く。


「乙姫、俺は君を受け入れることにしたよ、さあ、俺の胸に飛び込んでおいで!」

「ええ、それでは須田様。私と同じ時を歩んでくださいますのね」

「おおう、任せなさい……あ、あれ、なんか体が、だるい」

「あら、もう少し辛抱してくださらないと。大丈夫です、薬はありますので」

「え、くす、り……?」

「精力剤ですわ。今、須田様のお身体は急速に老化しています。でも、私と一戦交えるくらいの体力はあるでしょう。さあ、飛び込んできて」

「ろ、老化……じゃと?」


 なんか口調まで爺さんみたいになってきた。

 手を見るとなんかしわくちゃで、もさもさと髭が生えてくる。


 こ、これって……


「た、たまてばこ?」

「よく知ってますわね。そうです、竜宮城とこの世界では、時間の進みが異なります。あの玉手箱には浦島様の時間を封じておりましたのに、彼がそれを開けたせいでおじいさんになってしまったということ。この部屋では外の数百倍の速度で時間が経っておりますので、須田様はこのままだとすぐに老衰してしまいます」

「は、はわわ」

「でも大丈夫。私の中で須田様は、私の初めての殿方として永遠に、記憶の中で生き続けられますの」

「ふが、ふがががが(それ、死んでるよ!)」

「死にませぬ。私の中であなたは永遠なのですから」

「ふ、ふががー!(い、いやだー!)」


 まさかの結末だった。

 浦島様と間違われ、浦島様のふりをしようとした罰なのか。

 俺は今、老衰という本来であれば人間にとって一番自然な形での死を、一番不自然な形で迎えようとしている。


 でも、もう体に力が入らない。

 ああ、童貞のままおじいちゃんになって孤独死とか。

 こんなことならサキュバスに抱いてほしかった……


「待ちなさい、竜宮ばばあ」

「ふが?」

「ちっ、狐か」


 もはやお約束。

 狐がやってきた。


 しかし今回は一人ではない。

 なんとつららと、カミラまで一緒だ。


「ふががが!」

「何この老害。ほっといても死ぬからまあいいわ。死ね」

「ふがー!」

「あなたはそこで見てなさい。さっさとしないと私たちまで老けるわよ」

「邪魔する気?私は、この人に初めてを捧げるのよ」

「邪魔なんてしないわ。でも、こんなじじいになったやつの萎れたナニのどこがいいのかしらって話。あなたのその体質を改善する方法があるっていったら、どうする?」

「そ、そんな方法が?いえ、ないわそんなもの」

「あるのよ。私ってほら、宇宙一可愛いで有名な九尾の狐でしょ?だから、なんだって叶えてあげられるの」


 宇宙一可愛いかどうかも知らないし、それと願いをかなえることがどうリンクするのかも知らないけど、とりあえず俺はボケ始めた頭で必死に戦況を見つめていた。


 すると。


「はい尻尾。ふーりふり」

「ふ、ふざけてんの?」

「いいえ大真面目よ。ほら、老害がただのゴミに戻っていくわ」

「え?」


 俺は、みるみるうちに若返っていく。

 そしてさっきまでの独特の香りが、部屋から消えていくのがわかった。


「こ、これは……」

「時間の流れを正常に戻してあげたのよ。巻き戻したりはできないけど、それくらいなら余裕よ」

「よ、妖狐様……」


 妖狐が乙姫を制圧した。


 そしてなぜかその後ろで雪女と吸血鬼が「すき焼き、すき焼き♪」とはしゃいでいる。


 いや、お前ら何もしてないだろ!


「さて、とりあえずこのゴミは回収するわ。ほら、行くわよゴミ」

「ゴミゴミ言わないで……」


 というわけで竜宮城という名の、マンションの一室を去る。


 道中で俺は、助かったと胸をなでおろしながらもあることに気づく。


「ていうかサキュバスの誘惑はもう大丈夫なのか?」

「そんなのとっくに解けてるわよ。あなたが最初に嫌われた時点でね」

「え?じゃあさっきのって一体?」

「あの乙姫とやら、それでも貴方の事が本気でよかったみたいね。嫌いだけど憎めない。そんなところかしら」

「なん、だと?」


 あいつが俺に見せてきていた好意の数々は、サキュバスの力ではなく本音だったと?

 だったら。え、ワンチャンあったってこと!?


「さあ行くわよゴミ」

「離せ!俺は竜宮城に戻る、戻るんだ!」

「聞き分けが悪いと燃やして灰にしてから海にまくわよ」

「それでも竜宮城に行く、行くんだ離せ―!」


 こうして俺は、竜宮城から現世に戻り、更に玉手箱というプレゼントを受け取ることもなければ童貞を喪失することもなく、平穏な日々に、強制的に連れ戻されたとさ。


 めでたしめでたし……


 いやめでたくねえよ!

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