第17話 地下倉庫


 殺害予告。


ゾクリと寒気が背中を走り、思わず呼吸が止まる。心臓の鼓動が緊張で大きくなっていくのが分かる。

 どこか不審だなぁと目を凝らしてみた暗闇に、本当に殺人鬼がいて、ナイフを構えてじっとこちらを伺っていたようなものだ。冗談じゃない。


「……け、警察」

「警察は動いてるが民間には伏せてある。当然だが他言無用だ。当家の人間にもな。必要ある相手には俺から話す。正城の口からは一切漏らすな」


 幹也さんは淡々と言い放った。僕の動揺をものともしない態度だ。


「どんな予告なんですか?対象は?」

「被害の対象は市内の人間全てに可能性がある。だが犯行の動機は恐らくこの家に関わっている。予告の内容と手口に関しては、悪いが捜査機密のため伏せる。

 それと門限を出しといてなんだが、月曜から梢と正城は車で登下校だ。休日も部活動を除いて外出不可。事情が事情だ。文句は無いな?」

「……いや、送迎はありがたいですけど」


 辛辣な気持ちを隠せない。危険に対してあまりにも情報が足りていない。第一、会社への怨恨で市民にまで危害が及そうな状況を周囲に知らせず、自分の家の子供は安全に送り迎えしますなんてあまりにも無責任だ。


「市内の人間すべてに可能性があるなら、誰だって自分と大切な人の身を守りたいし、そうさせるべきだと思います」


 僕は幹也さんと目を合わせて言った。子供は関係ない、黙れとあしらわれて終わりかもしれない。でも自分が間違っていない自信はあった。


 静まり返った部屋で、幹也さんは少し俯いてしばし思案した後、やっと口を開いた。


「お前のいう通りだよ正城。俺たちにはその責任がある。中学生が首を突っ込む話じゃないが…代表が高く買うわけだ」


 代表というのは曽祖母のことだ。幹也さんにとっては直系の肉親だが、気安く呼びはしない。


「手口に関してはやはり話せないが、犯行予告……これから起きる事態について、お前には話しておく。これは代表の承認を得ている。

 そして、聞いたからには相応の責任が伴う。いいか?」


 代表からの承認。つまり事前に「中学生が首を突っ込むべきではない」ところまで僕に話すことが打ち合わせ済ということだ。最初の高圧的な態度はわざとで、僕が黙って従っていたら、なかったことになったんだろう。

 曾祖母が僕を買っているというのは、黙らない度胸なのだろうか?何が信用されているのかまったく分からないが、怖じ気づいてやっぱり聞かない、などという選択肢をとるつもりはない。


「わかりました」


 僕は緊張を和らげるために一度大きく深呼吸してから、幹也さんの問いに頷いた。


「無関係な一般市民に危害が及ぶのは、最悪の事態を回避できなかった場合だ。

 この街の治水機能を狙ったテロが起こる可能性が高い。八淵が水害の多い土地だってのは知ってるな?」

「はい」


 八淵は山々に囲まれた小さな平地だ。山で降った雨が一気に下流に流れてくるため、急激な河川の増水と氾濫に長年悩まされてきた。古くは江戸時代から現代に至るまで、荒れる水を治めるために様々な技術が投入されてきた。都築の家もここで産業を興すために様々な面で関わっているはずだ。


「最近の気候変動でただでさえギリギリなんだ。どれかの機能がやられて、溢れでもした時の経済損失は計り知れない。

 人命に関しても…ただ、避難指示が間に合わないということはないだろう。決壊の前兆はあるからな」

「警報がなってからで間に合いますか?」

「ならしてから間に合わせるしかないのさ。これはテロだろうが純粋な自然現象だろうが同じだ」


 たしかに、散々大雨警報を出しても避難が遅れる話は後をたたない。人は自分だけは大丈夫と思うものだし、それがいつどこで起きるか不明のテロなんてなおさらだ。


「大雨が降って事が起きる前に市民に知らせても、不安を煽るだけ、ということですね」

「よく分かってるな。ついでに株価もエグいことになる」


 幹也さんは笑いながら言った。エグいという表現の軽さと実際の笑い事じゃなさの落差が少し面白い。

 場の緊張がようやく解けてきた気がする。


「オレが会長に任されたのは、手口と犯人の特定につながる情報をこの資料倉庫から見つけ出すことだ。この資料室に一族と無関係の警察は入れられない。とはいえ、ここに手がかりがあるのは確かだ」


 書庫を見回す。狭い感覚で複数並んだ本棚には、資料のファイルや本が隙間なく並んでいる。見える範囲から想定すると部屋は教室ほどの大きさだ。暗がりで見えない所にもあるとしたら、かなりの量だ。


「僕も資料を読むのを手伝うんですか?」

「いいや。基本的に俺の指示で本棚から取ったり戻したり整理するだけでいい。ここには二人しか入れないから、それだけでかなり助かる。それから学校で不穏な話題があったら教えてくれ。噂話が集まりやすい環境だからな」


「力仕事か…頑張ります」

「無理強いはしないが」


 自分なんかに協力できることがあるなら、むしろ嬉しいくらいだ。


「いえ、手伝わせてください。早く犯人を捕まえたい」

「そうか。ありがとうな、正城」


 ぽん、と肩に手が置かれる。そうだ、この人は元々、気安く僕をこづいたりからかったりする気がいい男なのだ。

 グループの後継者として育てられた彼でも、こんな大事件に関わるなんて緊張しているに違いない。独りにさせないというだけでも、僕が協力する意味があるはずだ。



「今日はもう部屋に戻っていい。明日は適当な時間に来てくれ」

「わかりました」


 地下室に幹也さんを残して、僕は離れにある自分の部屋に帰った。どっと疲れたのでそのままベッドに倒れ込む。

 あまりにも突然に日常がひっくり返ったようで、精神が不安で眠れない……ということもなく、一日先輩と歩き回った肉体的疲労のおかげで、僕の意識は眠りに吸い込まれていったのだった。




 

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