第32話 不法侵入者……?

 久しぶりに見た光に、目が焼けるようだった。


 ……ここは、外か? 出口……。無事に迷宮から脱出できたようだが、入口と出口が一致している保証はない。ロボットの操縦者がいる国へ脱出したと見るべきだろう。


 ――つまり、敵国に侵入してしまったことになる。


 迷宮ほど、とは言えないが、それでもそれなりに危険地帯であることに変わりない。


 肩に担がれている状況から抜け出そうとしてみるが、全身が痙攣しており、思ったように動かない。感電しているのか……。


 幸い、身動きが取れないだけで、すぐに命に関わる状態ではないようだ。自覚症状がないヤバさが体にあれば、俺には分からないことだが……。



『グリットさんにくっついていたナビぐるみはどこですか?』


『ん? さあな。途中ではぐれたんじゃねえのか?

 ドラゴンに襲われたのかもな……それか、オレらと距離を取りたかったのか、だ』


『…………私たちの国へ入ることを、嫌って……?』


『落ち込むなよ隊長。別に、アンタの部屋には入りたくない、なんて嫌悪感が理由じゃねえだろう。単純に、敵国に情報を与えたくないってところだろうな。

 ナビぐるみなんてポピュラーなアイテムに、暴かれてまずい秘密もないだろうが……それとも仕込みがあったりしてな』


 交わされる二人の言葉を聞きながら、俺の意識は沈んだり上がったり……、限界が近いのか。


『グリットさん、安心してください。今から病院へ――』


『敵国かどうかは知らねえが、他国の人間を一般の病院に運ぶのはまずくねえか?

 かと言って、許可もなく医務室に運んで治療するのは問題になりそうだしよ……』


『身元の分からない人間を懐に入れるべきではない、と?』


『まあ、そうだな』


『なら、そういう判断も含め、博士に見せましょう――文句ありますか?』


『アンタがそう言う時は、有無も言わせねえって意味だろ――従うぜ、隊長』




 目を開けると、見えたのは白い天井だった。


 ――病室、に似ているが、しかし懐かしさを感じる部屋だな……。


 研究室。迷宮にいた時間はそう長いわけではないのだが、うんと長く過ごしていた気がする……、それほど濃い体験をしたってことだ。


 懐かしいと感じたが、遠い昔の記憶ではない。


 つい数日前にも、似た雰囲気の部屋に訪れたはずだ……。


 そう、ここは、――。


 しかし、あいつにしては、綺麗に整頓している。


 汚れを気にするくせに、雑に物を置く癖があるが……よくまとまっている。


 まるで、几帳面な性格をしているヤツの部屋に見えるんだが……――違和感がある。


 ステラの部屋の雰囲気であり、そっくりではなく、それそのものであるという直感が働き――やはりここは間違いなくステラの部屋であると確信がある。


 だが……、同じ絵でも、まるで入れられている額縁が違うような――。


 前提が違うのか?


 なにが……。



「ん、起きたのね」


 声がした方を振り返れば――、


「ステラ……? いや、……


 面影こそあるが、別人だ。


 特徴的な丸いメガネは、俺が知るステラと同じであるものの、瞳が見えないサングラスだし、そもそも目の前にいる女性は、かなり年上である……。


 ――正直に言ってしまえば、老人ババアだ。腰が曲がった、介護が必要な年寄りではないが、しかしこれを若い女性と呼ぶには抵抗があるな……ステラの関係者か?


 彼女は怪童ではないので、両親は健在のはず……、

 彼女の家族関係を知っているわけじゃないので、完全に思い込みで言っているだけだが。


「もしかして、ステラのばあちゃ、」


「年上の女性に向かって『お前』呼ばわりとは、どういう教育を受けてきたのかしら」


「痛ぇ!?」


 手に持っていた分厚いファイルで頭をはたかれる。反射的に声を出してしまったが、そこまで痛くはない……が、痛くないから良いってわけでもないだろう。


「おいっ、なにしやがんだッ!」


「教育に決まっているでしょう?」


 言って、白衣を纏う女性がベッドの横の椅子に腰かけた。

 ……見れば見るほどステラだ。

 たぶん、遠目に見たらステラと勘違いする自信がある……。


 本物の、と言っていいのか? 今はそうしておこう――、ナビぐるみを操作している俺がよく知るステラは、目の前の女性のことをどう感じているのか――。


 聞こうと思えば……そう言えばナビぐるみが近くにいない……、どこかに隠れているのか、と思ったが、そもそも俺が連れてこられたこの国に入っていない可能性がある。


 他国に情報を渡すべきではないと、迷宮の出口の手前で別行動をしたのかもしれない……、ということは、本物のステラは今は迷宮の中か……?


 まあ、ナビぐるみであれば、たとえ怪物に食われても本体に影響はないので問題はないのだが……、しかし安くはない機体だ、できれば持ち帰りたかった……。


 他国の手に渡って分解され、情報を抜かれるよりはマシか。特別な技術が盛り込まれているわけではない、とは言え、中身のパーツ一つから、別の機械の部品として代用されたら……。


 完成しないはずのものが完成してしまう可能性もある――もしもそれが兵器であれば、それで戦争が始まる可能性だってゼロじゃない。


 バタフライ・エフェクトだ。


 些細な出来事が、後々に大きな事件を巻き起こす……――秘宝で戦況がひっくり返り、国同士のパワーバランスが変わる世界である……。

 それは技術により兵器を生み出し、それを支えるパーツ一つでさえ、同じことだ。


 ネジ、一本。


 足りない欠片が、他国の機械に混ざっていることもあるのだから。


「調子はどう? 体は起こせる? ……人を『お前』だとか『ばあちゃん』だとか『ババア』だとか言えるなら元気よね……、はい、服を脱いでくれる? 怪我を見るから。

 電撃を受けたみたいだし、ちょっと調べるわね」


「……ババアは言ってないんだが……」


「でも思ったでしょう?

 いいわよ、別に。年齢的にはババアと言われておかしくない年齢だしね」


「…………」


 いくつなんだ? と聞いてはいけないことくらい、俺でも分かった。


「答えるわけないでしょう」

「……聞いてねえのに」

「私の言葉にその返答は、もう白状しているものよね」


 じゃあ前だけ開けて、と言われ――気づけば俺の服はユニフォームから患者服に変わっていた。ユニフォームもぼろぼろだったし、安静に寝かせるなら、あの服は体に負担がある。

 脱がせるのは当たり前か。


 ユニフォーム一着からでも得られる情報はゼロではない……、俺はみすみす、他国へ情報を流してしまったことになるのだが……、これは亡命と捉えられないよな?


 歓迎してくれている客ではないが、かと言って敵国の人間の扱い方ではない。


 俺を殺すことはいつでもできた……だけどしなかったのは……?


「……問題はなさそうね」


 聴診器を胸、背中に当て、確認していく。


 冷たい手が肌に触れ、びくっと体が跳ねたが、彼女はその反応をいじったりすることもなく……。一通りの診察を終えて、俺をベッドに寝かせた。


 強い力でもないのに、軽く指で突かれただけで全身の力が抜けたみたいだ……。


「問題はないけど、疲労は蓄積しているわ……。怪童でもなく兵士でもないただの一般人が、よくもまあ迷宮から脱出できたものね――。

 しかも厄介なギミックと怪物に襲われたそうだけど……全部、あの子から聞いているわ……」


「あの子……?」

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