第24話 博士と先生 その2

「姉がいなくなったと知って、あの子は荒れたでしょう?」

「はい……次は自分もいくと……リッカを探しにいくと言っています――」


「許可を出したの?」

「…………ええ、まあ。――もちろん、私たちが守りますよ!」


「ふうん、押し切られたのね」

「う、」


 隊長として甘いわね、と言われた気がした……事実、そういう意味だろう。


 隊長なら邪魔な人材は出発前に切り捨てるべきだ。

 連れていって失い、落ち込むなら尚更。


 だけど、リッカを連れ戻しにいきたい気持ちが分かる分、甘くなれなかった――突き離せなかったのだ。


 目の前で迷宮に奪われた分、彼女の方が今すぐにでもリッカを助けに迷宮へいきたかったのだから。


 怪我がなければそのまま向かっていたはずだ――ろくな準備もしないまま、死ににいくような装備で。勢いと覚悟だけで突破できる迷宮ではないと知りながらも――。


「ちょうど良かったじゃない。今回の探索で得たアイデアが実現すれば、サタヒコも連れていける……、遠隔操作だから連れていくわけじゃないんだけど――同じことでしょう?」


「あ……」


 遠隔操作のロボット……、つまり、サタヒコが危険な迷宮内部にいく必要はないということだ。この国でロボを操作し、姉であるリッカを探すことができる――。


 弟を死なせてしまうという失敗は、起こらない――。


「博士っ!!」


「はいはい、できるだけ早く実現させてみせるから……だから彼の説得はお願いするわね」


 今すぐにでも飛び出してしまいそうなサタヒコの足止め……、それが何日、持つかは分からないが、完成までは、なんとしてでも止めなければならない……。


 たとえ、手足を縛って、監禁してでも。


 あの獰猛なじゃじゃ馬を、どうにかして抑えつけなければ。




 隊長たちと別れたサタヒコは、迷宮への入口を物陰から窺っていた。


 ……隊へ志願した傍から、隊長の許可も取らずに迷宮へ飛び込むことはしないが、やはりただじっと待っていることはできず、自然と足がここへ向いていた……。


 昔は、入口はもっと警備が薄かったようだが、今は鉄の門が建っており、二人の門番が立っている……、サタヒコのような自殺志願者を通さないためだろう。


 サタヒコは別に、自殺志願者ではないのだが、装備もなく飛び込むことは、周囲から見れば自殺志願者である。


 策もなく門へ向かってもどうせ門番に捕まることが分かっているので、サタヒコはただじっと門を見ているだけだった……。


 もしかしたら迷宮へいく許可が取れないかもしれないのだ、その時のために、門番を出し抜くための、隙や行動のスケジュールなどを把握しておいても無駄なことではない。


「……休憩、を、二人で取るわけないか……」


「まあな。お前みたいな隙を窺うヤツがいるだろうから、それ対策だ」

「っっ!?」


 サタヒコが背後を振り返ると、初老の男性が同じように門を窺っていた。


「あ、せん、せい……?」


「なにやってんだ、サタヒコ。

 勝手に迷宮へいこうとしてんのか? あの過保護なリッカにぶん殴られるぞ?」


 ぶん殴られるのに? 過保護とはいったい……。


「……大丈夫、いまは姉ちゃん、いないから」

「いくら隠れてもばれるだろ。弟のことを姉はなんでも知ってるもんだ――」


「じゃあ生きて帰ってこれるの!? 姉ちゃんはッッ!!」


 サタヒコの叫びに、先生、と呼ばれた初老の男が眉をひそめた。


「……そうか、リッカもやられたか」

「まだ死んでない」


「かもな。迷宮で行方不明になった怪童が、死んだ証拠はない――これまで一度も、死体を持ち帰ったことはないんだからな……。今も中で生きている可能性は、あるな」


 だが、自力で戻ってきた怪童はおらず、救出へ向かった探索者が、探している本人と出会ったこともない。


 短時間で構造を変え続ける迷宮の内部で出会うなんて、奇跡だ――。


 再会する奇跡があれば、連れ戻せる奇跡を引き当てることは、さらに難しい。


 不可能であれば、それは死んでいるのとなにが違う?


「……だから、おれが助けにいくんだ……っ」

「で、志願したのか?」


「うん……今まで姉ちゃんに止められていたけど、姉ちゃんがいないならおれだって兵士になれる――でしょ、先生!」


「それは構わねえが……お前に堪えられるのか? 訓練は厳しいぞ?」

「できる! 姉ちゃんが待ってんだ!!」

「そうかよ――」


 男の大きな手が、サタヒコの頭をぐしゃっと掴み、わしゃわしゃと強く撫でた。


「ちょっ、やめ――やめろってっ、先生!」

「頑張れよ、サタヒコ」


 そう言い残し、先生と呼ばれた男が去っていった。



 研究室では、回収した秘宝の解読が始まっていた。


 博士、と呼ばれている初老の女性が指揮を執り、若い研究員たちをまとめて、秘宝の解読を進めている。早くて一週間……、アイデアの実現は少し延びるだろう……。誰もが簡単に扱えるところまで、得た技術を『製品』にするには、さらに年単位がかかるはず――。


 もちろん、サタヒコを始め、リッカの救出を求めている隊のメンバーがそう長い期間、待てるはずもない……。だから最低限の、製品にもいかない試作機を渡すしかない。


 それならば、一週間は越えても、二週間はかからないはずだ……。



「へえ、これが回収した秘宝の中身か……お前が名付けたのか?」


「一応ね。『アバターズ』……、名称がないと説明しづらいから……。

 あなたの方がセンスがあるなら、名付け親になってもいいけど」


「『アバターズ』でいいだろ。俺は別に、名前にこだわっちゃいねえしな」


 すると、研究員の一人が「お茶です……」とコップを差し出してくる。


「気を遣わなくてもいいわよ、こんな男に茶を出すのは勿体ないわ」

「……俺の方が立場は上のはずなんだが……」


「形骸化していた組織を復興、維持させただけでしょ? 元々あった部署にちょうどタイミングよくはまっただけで、あなたの立場が以前よりも上がったわけじゃない。

 ……みんなの成果が部署の評価を上げただけで、あなたが昇格したわけじゃないのよ……だから博士の資格を持つ私の方が立場は上――違うかしら?」


「ババアのくせによく喋るヤツだ……」


「あなたもジジイでしょうがッ!」


 どちらも初老である……、それに、二人は同い年だったはずだ……。


 昔は背中を合わせてナビぐるみに指示を出していた相棒だったはず――だからこそ、喧嘩に見えても、ただじゃれ合っているこのコミュニケーションの仕方なのだろう。


 ちなみに、今も昔も、一度も恋仲になったことはない。

 互いに『こいつだけはない』と思っているからなのか――相棒として長い時間を共にして、良いところも嫌な部分も見つけてしまっている……。

 知っているからこそ、これ以上に近づきたくはないということか。


 だが、その状態は長年を共にした夫婦となにが違うのだろうか……?


「あの、それで先生は……いったいどういう用件で?」

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