第3章 自縄自縛とギミック強化/【vs闇の中の竜】

第22話 二人目のガーデンスピア


「――どうしてッッ、姉ちゃんを迷宮に見捨ててきたんだッッ!!」



 サタヒコ・ガーデンスピアは、自分よりも小柄な少女の胸倉を掴んで吠えていた……。

 年下の女の子に詰め寄る、という罪悪感は、今の彼にはない――。怒りで我を忘れているのではなく、小柄でこそあるが、彼女はれっきとした成人女性であるからだ。


「…………それは、……いえ、言い訳はしません。

 隊長として、あの子を助けられなかったのは、私のせいですから……」


 ボロボロの防護コスチューム――その破けた穴から見える肌色には、赤色がべったりとついており……傷の深さが一目で分かった。


 彼女は目を逸らす。

 助けられなかった負い目が、彼に合わせる顔がないと言っていた。


「なあサタヒコ。迷宮はよ、昔っから危険な場所だって言われてただろ。隊に志願したお前の姉も、向こうで死ぬことを覚悟していたわけだ……。

 姉の選択にぐちぐち言ってんなよ、男らしくねえ。

 それとも、オレらがあいつを――リッカをはめたとでも? 餌にして、怪物から自分の命を優先して逃げ帰ってきたなんて疑ってるのか?」


「……違う、きっとみんなは、そんなことはしない――」

「だろ?」


「じゃあなんで今この場に姉ちゃんがいないんだッ! 仲間の一人を見捨てて手ぶらで帰ってこれる人たちなのか――それが鍛錬を積んできた『兵士』なのかよぉッッ!」


「兵士、か。所詮は怪童に近づくためのハードスケジュールをこなした一般人ってだけの話だがな。生粋の怪童であるリッカが倒れたら、オレらにできることはなんもねえよ」


 立ち向かっても無駄死にだ、と兵士の男が言った。

 彼もまた、同じように耐久性が高いはずのコスチュームが、全身、ボロボロだ……。


 長い髪に隠れているが、右目は見えていないはず……潰れている。


 迷宮のギミックか、それとも怪物か……負った傷は大きく、深い。


 他の三人も同じく。兵士であり、しかし怪童ではない。この隊で怪童はリッカだけだ……、そのリッカも、まだ成人年齢(二十歳)には達していない少女である。


 兵士に詰め込まれた戦闘知識と技術を、同じように現場でスムーズに出せるわけではない。持ち前の強い腕力と頑丈さで、なんとか兵士に肉薄しているだけである……。


 怪童に近づくための組織であり、鍛錬を積んできた兵士だが、既にリッカのような幼い怪童よりは充分に実力は上になっている……。

 にもかかわらず、未だに矢面に立つのはリッカのような怪童である。


 怪童だけに任せていれば――その人材がいなくなることを危惧して作られた『兵士志願』の組織だが、結局のところ、やはりいざという時に盾になるのは怪童である。


 頑丈だから……、

 その一点だけを理由に前衛に押し出す……いや、迷宮へ置いてくるの間違いではないか?


 リッカも、今回、その犠牲になったというだけの話――。


 こんな結果はありふれている。

 だからサタヒコが、姉は見捨てられた、と考えてしまうのも無理はない。


「……根強く続いた習慣は抜けない」


 ぼそっと呟いたのは最年長の女性だった……、それでもまだ若い方だろうが……。


 彼女には、右肩から先がなかった――。


「怪童だけを迷宮内部へいかせることが、つい最近まで当たり前だったから……」


「……それを、言い訳にすることはできませんよ」


 部下の言葉を遮った隊長が、あらためてサタヒコに向き直す。


「リッカは、私たちに預けてくれたんです……、自分の身を一旦忘れてくれと頼み、秘宝を手離すことを拒んだ――。彼女の意志を継ぎ、持って帰ってきた秘宝はきっと、あの子を救出するための大きな力になってくれるはずですっ!!」


 全員が視線を向けた先……、赤い宝箱。

 そこにはアイデアと技術……実現に必要なパーツが入っている。金銀財宝ではないが、輝いて見えるのは迷宮から運び出してまだ時間がそう経っていないからなのか……。

 秘宝は輝きを放つ。迷宮の闇を照らすように――。


 その輝きを抑えるための宝箱である。


「約束します、サタヒコくん……あなたのお姉さんを、絶対に救い出すと」


「だったら、おれもいく」


「ダメです、私たちで、あなたを迷宮で守れるとは断言できません。希望的観測だけで連れていくことはできませんよ……。

 いくら昔のような、まったく迷宮内部が見えない悪環境ではないですが……視界が戻ったからと言って、迷宮内部の危険さは変わりません。

 あなたを失ってしまえば、私たちはリッカに合わせる顔がない……っ」


「だったら強くなればいいじゃないかッ!」


 サタヒコがさらに吠えた。

 その言葉に、隊の全員が、ぐ、と歯噛みする。


 彼は全員に言っていたのだ……それは自分も例外ではない。


 兵士に志願したことが何度もあった。

 だが受理される手前で、何度も何度も拒否されたのだ……リッカに――姉に取り下げられて。


 当然だ、たった一人の家族、弟を――怪童でもない一般人の弟を、みすみす殺すわけにはいかないと、亡き両親と誓ったのだから。


 サタヒコは知らない――両親である。


 サタヒコにとっては姉こそが親だ。


 だから……、姉が弟へ想うことと、弟が姉へ抱く気持ちは同じだ――。怪童だからと言って、迷宮にいく必要はない。怪童でも女の子だ、危険な目に遭う必要はない……。


 人並みの幸せを望み、一緒にいてほしい――。


 ただそれだけの望みを、しかし、姉は叶えてくれなかった。


 平和な日常の裏には、過酷な命懸けの戦いがある……、分かってはいるけれど。


 サタヒコは、知ってしまえば、知らん顔をして日常に浸ることはできなかった。


 ――おれも戦う。


 姉と違って怪童になれないのなら、怪童をサポートする兵士になってやる。

 ……弟の志願を拒絶する姉がいない今、チャンスだ。ここで志願しなければ、きっと一生、サタヒコは姉を守るための手段を手に入れることができない――。


「おれも強くなって、みんなも強くなって――ッ、迷宮に、怪物に負けないくらいに強くなればッッ――! 姉ちゃんを取り戻して、ついでに多くの秘宝を回収できる!!

 それが国のためになれば、みんなの生活水準がぐっと上がる――だったら!」


 サタヒコの両手が、小柄な隊長の両肩を掴み、


「う、」


「おれの命なんか軽く考えていい――この場にいない姉ちゃんとの約束なんか守る必要はない。生きて連れ帰った時に、一緒に怒られればいいじゃないか。そして謝ればいい――その状況を作り出すためには、なんとしてでも姉ちゃんを救い出すしかないんだッ!」


「わ、分かりましたからっ、落ち着いてください、サタヒ、」


「――言ったな?」


 にや、と笑ったサタヒコに、隊長が大きな溜息を吐く。


「……言質を取った、なんて言わなくともあなたの意志は受け取りますよ……。この場にリッカがいたら、どんなに私たちが賛成しても無理でしょうけどね……。

 ですが、この場にあの子はいません。あなたの志願を、私は受け入れます」


「いいのか、隊長」


「止められますか? 同じ男性として……説得できるものならしてください」


「無理だな。まあ、ここまで徹底した理想を求められるってのは若さがあるからか……、いいんじゃねえの? 絶望を知って歪むか突き進むか――試してみるのも」


 前任者は言った。


「強欲な人間はしぶとく生きるか早死にするかだ――結果が早く分かるなら対処もしやすい」


「……若者が摘まれるところを見たいの? 悪趣味な人……」


 小さな声だったが鮮明に聞こえた……、


 片や右目が潰れ、片や右腕が欠けている二人が、顔も合わせずに。


「摘まれることを前提にしちゃいねえよ。

 どっちかと言えば、オレはしぶとく生きると思うぜ」


「それは、どうして?」


「リッカに殺されたくねえ……だったら守るしかねえだろ」

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