新・序章/炎の分断

第19話 再会

 ……意識を取り戻した時、規則的な動きが俺の体を揺らしていることに気づいた。


 目を開けても瞑っていても、どうせ暗闇だからなにも見えない……。


 その中でも分かるのは、俺は自分の足では歩いていないということだ。


 前には進んでいる……、誰かに背負われているらしいな――。


 迂闊に声を出すのは危険だ。

 呼吸も乱すな、意識を取り戻したと、俺を背負う『誰か』に悟られてはならない……。


 相手の正体が分からない以上、探るなら油断しているだろう、今だ。


 耳を澄ませて……、情報を拾い上げる。



 聞き慣れた駆動音は機械のそれだ。俺を背負っているなら、俺と同じくらいか――さらに大きいか……。相手が機械だったのは不幸中の幸い、と言えるか?


 ただまあ……怪物であれば話など通じないだろうが、俺を背負う誰かは恐らく、以前にも遭遇した『遠隔操作のロボット』だろう。


 前回は映像を通して、相手の姿を確認できていたが、今回は現場での邂逅だ……。

 見えないが、過去のイメージを代用すれば、サイズ感は想像できる。


 思い出すと、かなりでかかったはず……、


 ということは、背負われている俺がいる位置も、相当に高いはずだ……。


 三メートル、四メートルの高さ、と思っておいた方がいいか――。


 それにしても……、どうしてこいつらは俺を背負っている? 気絶していた俺を見つけたのだろうが……しかし、だからと言ってじゃあ背負って持っていこう、となるか?


 放っておくことができなかった、なんて、ぬるい理由ではないはずだ。


 俺を回収した理由――。


 こういうケースでは、だいたいが探索道具や食糧を奪うためだが、ロボットであるこいつらには関係ないことだろう……。


 本体は遠くの安全地帯にいる。

 腹が減れば一旦、通信を切って食事をすればいいのだから。


 道具にしたってそうだ。ほとんどが、ロボットに備わっているはずだ……。

 備わっていなければ、俺だって持っていないようなものだろう……。


 ロボットが装備できず、俺が持ち運べるものなどない――。

 ロボットの装備が現時点で故障しているなら話は別だが。


 道具、食糧なら、俺が気絶している隙に取ってしまえばいい……、なのに、そうしていないのは、だから目的は俺のカバンの中身じゃねえってことだ。


 ……なら、俺の命があることでしか取り出せないもの――。


 記憶、知識……つまり『情報』だ。


 俺が持つ情報を狙っている……?


 秘宝の所在か?

 それとも、迷宮内をマッピングした地図か……、それとも――。


 亡命した、リッカのことか?



『——彼は目を覚ましましたか?』


 と、前方から声が聞こえた。


 列になって進んでいるようだ……、足音を揃えているのは意識してなのか、それとも癖なのか……、どちらにせよ軍隊みたいなチームだった。


 揃った足音のため分かりにくいが、音声が聞こえた距離から考えると、間に三人ほど挟まっていそうだった。推測だが、五人組だろうか……?


 俺を背負うこのロボットの後ろに、誰もいなければ――。


『さあな? 確かめてみるか?』


 寝息に合わせて今の呼吸を調整しているが……やはり違和感を持たれた? 所詮は小細工だ、しかも相手は機械……、本物の寝息と、寄せた寝息の呼吸の差なんてすぐにでも見分けられるはず……。データとして比較されたら、俺にはどうしたって誤魔化せない。


『まあ、狸寝入りのデータはこちらに届いて、』


『こっちから起こすのはなんだか癪だ、だから本人から動いてもらおう――ほらよ』


 すると、俺の首根っこが掴まれ、ぐっと持っていかれた。


 足が浮き、宙ぶらりんの状態の俺を――



『三メートル以上の高さだ、頭から落ちたらどうなるか――受け身を取るか、頭を割ってでも狸寝入りを貫き通すか、お前が決めろ』


 ぐっっ、と力が横に向き――うぉっっ!? 飛んで――いや、ぶん投げられた!?


 地面まで、あとどれくらいだ!?


 暗闇の中では、どこが地面なのか分からなければ、受け身も取れやしない。

 選択肢は二つ用意されているようで、実は一つじゃないか!


 強制的に受け身を選んだとしても、できるかどうかは運だ。勘で手を出すこともできるが、間違えれば腕が折れる……っ。頭を割ることは回避できるとは言え……、


 迷宮内で骨折なんてしたら……——だが、冷静に考えてみれば、掠り傷だろうが捻挫だろうが骨折だろうが、怪童でもない俺が迷宮内で怪我をしたら、それだけで致命傷だ。


 万全の状態でさえ、絶対に脱出できるとは限らない……となると、どうせ変わらないか。


 骨折しないに越したことはないが……。


「ッッ」


 もう勘だ、放物線の感覚を頼りに、俺は着地点を見極め、腕を出し――そこで。


 ぽすっ、と――着地した。


 まるでお姫様だっこをされているような体勢で、受け止められていた。


「……? はっ??」


『空中でじたばたともがいていれば、起きていると見て分かりますよ。あなたは見えていないでしょうけど、私たちは迷宮内部が見えているのですから。

 ……あなたの百面相を、私たちは終始、このカメラで確認していました』


 ああ、そうか……、俺が受け身を取らなかったとしても、落下中に強張った表情をしていれば、起きているかどうかが分かったわけか……。


 最初から、俺に選ばせる気はなかった……。


 たとえ反発して狸寝入りを貫いたとしても、緊張が見えれば助けていた、か――。


 俺を死なせるわけにはいかない理由があるから……だよな?


『ですが、自身をジョーカーだと認識すると早死にしますよ。あなたが持つ情報を知りたいのは本音ですけど、だけど、絶対にあなたからしか取れないものでもなければ、また巡り合うことができる情報ですから。今、無理にあなたから聞き出す必要もない――』


 ……なるほど。

 俺を絶対に生かす理由は、こいつらにはないわけか……。


 ここで俺を殺すこともできる……。

 手を下さずとも、置き去りにしてしまえば俺は自然に、迷宮に殺されるというわけか。


 俺のことをわざわざ拾って同行させているのは、俺が――『お前らに依存しなければ迷宮脱出ができない』ことを自覚しているから……。


 交換条件などなくとも、俺はこいつらに媚を売るしかない。


 必要な情報を吐き出す以上に、雑用を買って出るほどのことをしなければ、置き去りにされて迷宮に殺される――、そう脅されてしまえば、従わないわけにもいかない。


 ……俺には、まだ死ねない理由がある。


 リッカとは、さっきの(……時間感覚は曖昧だ、遠い昔のことかもしれないが……)炎で、またはぐれてしまったらしい。


 リッカと、再会するまでは……。


 そして、生きて迷宮から脱出するまでは、死ぬわけにはいかないのだ。


 先輩とか後輩とか、もう関係ねえよ。

 対等だ。


 怪童も神童もどうでもいい。立場なんて関係なく……、



 あいつがいない人生は、考えられないからだ。



 だから、ここでこいつらに従い、頭を下げるくらい、抵抗はねえ。

 プライド? 見下されることへの苛立ち?

 思わず笑みがこぼれる――、天秤に乗せるまでもねえな。


 そんなくだらないものとリッカ、どっちが大切だ?


 ――やってやる。



「……だがよ、あんたらが知りたいことを、俺が知っているとは限らないが……」


『知っていると思いますよ? だって――』


 俺を抱え、支えているロボットが言った。


『リッカ・ガーデンスピアの情報を最も多く持っているのは――あなたのはずでは?』

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