外から始める迷宮攻略

渡貫とゐち

第1章 密接に、高みの見物。

第1話 神童と怪童

「うぇ!? 先輩が持ってるそれ、カエル型じゃないですか! やだもーまさかそれを持っていけって言うんじゃないですよねえ!?」

「お前の右肩に張り付いて離れなくなるカエル型の『ナビぐるみ』だ、お前がタコ型は嫌だって言うからカエル型にしてやったんだぞ。文句を言ってんじゃねえ、ほらじっとしろ」


「ひっ!? うわぺたぺたする気持ち悪いっ! なんで機械なのに口元ぷくぷく膨らんだり萎んだりするんですかこの『ナビぐるみ』!!」

「起動中のサインだってよ。……なんだよ、カエルが苦手なのか? タコがダメ、カエルがダメなら今度はヘビを試してみるか?」


「どうしてそう女の子が苦手とする動物ばっかり選ぶんですか! ステラ先輩みたいに『フクロウ型』のナビぐるみでいいでしょう!?」


「ありゃ操作が難しいからダメだ。飛行機能なんて俺には扱い切れねえよ」


 右肩に乗るナビぐるみから、顔を離すように仰け反る後輩だが、いくら距離を取ろうとしてもどこまでもついてくるぞ。お前の肩に乗ってんだから……諦めろ。


 そのカエル型だが、かなりデフォルメしているけどな……。本物そっくりにして、『迷宮内』ではぐれても周囲に馴染む方向性にしようかとも迷ったが、四六時中一緒にいる後輩のことを考え、ぬいぐるみに寄った見た目を選んだ……のだが、これでもダメなのか。


 というか、迷宮内は一帯が暗闇なんだから、どうせ見えないだろ……いいじゃねえか。


「見た目じゃなくて右肩に乗っている時の存在感が重要なんですよ!

 ぺたぺたした手足の感触だったり、感じる温度だったり……、小さく聞こえる『げこkk』って鳴き声にゾッとして、鳥肌が立つんです!

 どうして見た目に気を遣えるのに細かい挙動はリアル寄りにするんですか先輩のアホ!!」


「アホだと……? おっと、オプションでついてあったぬるぬるの体液が手から滑ったー」


「ちょ、――ぎゃあああっっ!? 服にべったりと!? これから『迷宮』に入るって言うのに新作の一張羅を汚してくれちゃってどうするんですか!?」


「どうせ汚れるだろ。迷宮内なら尚更だ。……汚れること前提の服に『汚れてどうこう』文句を言うなら、服を保護する汚れてもいい服を準備するんだな――」


「そうですけど! だってこれ、先輩が用意してくれて……」


「いや、上から支給された防護ユニフォームだし。俺の自腹じゃねえんだからいくら汚そうが構わねえよ。ダメになったらまた申請すればいいんだしよ」


 一度の探索で、無傷で帰ってくることの方が珍しい。一日でユニフォームをダメにすることを考えれば――連日で探索するつもりなら、その分、支給される枚数も重なっていく。

 さすがに短期間で何着も申請して、ダメだと言われることはないだろ。


「ま、結果が伴わなければ無料提供も長くは続かないけどね」


 気づけば隣に立っていた顔見知りが一人。


「あ、ステラ先輩。わざわざここまでお見送りですか? いつもは激狭の『指令室ピット』から音声通信で『いってらっしゃい』で済ませるのに」


「別件でね。カエル型のナビぐるみの実物を見てみたかったの……、へえ、デフォルメされた方にしたんだ。この子のために? 優しいじゃないの、グリット先輩?」


 丸メガネの奥の瞳が笑ってやがる……、確かに後輩のためだが、実際に現場で忙しく動くのはこいつなのだ……。こいつが一番やりやすい環境を整えてやるのが、こいつの耳であり目である、『神童』の俺の役目だ。


「じゃあイヌでもネコでも、もっと可愛いナビぐるみは他にもあったと思いますけど……」


「迷宮内にいたら浮くだろ。それともお前はベタベタのイヌの方が良かったのか?」


「ベタベタもびしょびしょも嫌です! いります!?

 ナビぐるみは先輩との通信端末でしかないじゃないですか!!」


「それ以上の性能が求められる時代になってんだよ。迷宮内で独立して動き、環境に堪えられ、生き延びる性能を加えるとなったらこうなった。これが最適なんだ、がまんしろ」


 お前を生きて連れ帰るためだってこと、分かってんのか?


「いくら頑丈で常人以上の怪力を持つ『怪童』でも、気を抜けばあっさりと死ぬのが迷宮だ……、好き嫌いで文句を言っていられるほど、命の安全を確保できたわけじゃねえんだぞ。――迷宮内の恐怖を一番理解しているのは、お前のはずだろうが」


「うーん、迷宮内での立ち回り方は、大丈夫だと思いますよ?」


 慣れたのか、肩に乗るカエルの頭を人差し指でとんとん、と撫でる後輩……。


 大丈夫、だと? 毎回、死にかけているのに、なんの根拠があって言っているんだ。


「先輩の言うことを聞いていれば、絶対に生きて帰ってこれるじゃないですか。

 これまでもそうでしたし、そしてこれからも――ですよね、先輩っ?」


「…………」


「信頼されてるみたいで良かったじゃない。指示の一つ一つにいちいち疑念を持たれている神童がいることを考えたら、最高のペアだと言えるわよ?」


 まあ、下を見れば良い方に解釈するのはそうだが……、その期待はこっちからしたら、かなりのプレッシャーだぞ。


 指示の全てを正確に聞いて実行する……だからこそ、俺がミスをすればそのまま、後輩の『死』に繋がることになる――。


 いくら『怪童』と呼ばれる少女であり、人間の数十倍も頑丈であるとは言えだ……心臓を貫かれたら死ぬ……。


 怪童の堅い皮膚を貫く牙を持つ『怪物』は、迷宮内にごまんといるのだから……。



 迷宮とは。


 怪物の巣窟でもある。



「……リッカ」


「はぁい。なんですか、先輩っ」


 後輩、年下。俺よりも目線が低い。左右に二つの団子を作った栗色の髪――。

 手首、足首まで覆った、青い水色の全身ユニフォーム。


 彼女が持っているのは、軽装を追求した結果の、十メートルロープとその先についた金属製のフック……、それと三日分の携帯食である。


 腹が減ったら現場で手に入れる……、

 数日分の食糧を持っていくよりは、手軽な方法だと言えるだろう。


 その分、必ず戦う必要がある、という命の危険と隣り合わせなのだが、迷宮内に入った時点でそれは同じことか。


 ただ、危険に危険を上乗せする以上、死亡率はぐんと上がる。

 同じ危険でも、生存率が高い方が良いに決まっているのだ。


「少しは疑え。迷宮内ではなにも見えないとは言えだ、肌で感じることがあるだろ。ナビぐるみを通してしか迷宮内を見れない俺たちは、視覚と聴覚でしか情報をお前に伝えられないんだ。

 ナビぐるみが故障すれば、お前への指示が間違った方向へ進むこともある。なのに俺の言うことを素直に聞いていたら……お前、あっさりと死ぬだろ」


「それは……、そうかもしれませんけど」


 リッカは、死ぬことに恐怖を感じていない、というわけではないらしい……。


 死ぬのは怖い、死ぬのは嫌だ……人並みに恐怖は感じている。


「でも、先輩を疑って死ぬくらいなら、信じて死にます。

 どうせ死ぬなら満足したいですからね」


「……満足な死なんてあるか、バカ」


 リッカの額をぴん、と指で弾く。


 あいたっ、と声を漏らしたリッカが、


「なら今日も、あたしを生かして帰してくださいね、先輩っ」

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