彼女

 一時間以上もの空き時間ができたので、改札を出て気分転換をすることにした。

<駅ビルの中のエスカレーターをあがると喫茶店があったはず>

 そう考え、ゆっくり歩きはじめる。

「あ、あれ? 千春?」

 隆文たかふみより10メートルほど離れ、急ぎ足で先に上りのエスカレーターに乗った女性。肩を露出した真っ白のシャツ、膝上までのジーンズ。黒髪に端正な横顔。間違いない千春だ。

<上で捕まえて驚かせてやろう。さっきのメッセージ、ちょっとした行き違いが原因に違いない>

 無理して少し走りエスカレーターに乗る

 降りると真っすぐの通路の先に千春の背中が見える。小さく手を振る千春。その先には……翼?


 隆文たかふみはとっさに柱の陰に隠れた。千春が手を振った先には、同じテニスサークルの翼が笑顔で立っていた。千春は無邪気に翼の腕に自分の腕を絡めた。

<お、おい>

 二人は楽しそうに談笑しながら喫茶店に入った。

 隆文たかふみは窓越しに様子を伺う。


 大きな身振り手振りで楽しそうに話す千春。笑顔でうなずきながら聞く翼。

 どう見ても、ただの友達という関係を超えている。

<悪い噂だとかいって……そういうことか……。オレが帰省するのを知って、心置きなくってところか>

 所詮しょせん、そんなオンナだったってことだ。翼とも友達を続けるのは無理だろう。

―新しい、彼氏によろしく

 千春のアカウントへメッセージを入力した。

 しかし……隆文たかふみは送信せずに消去した。自分がむなしくなるだけな気がした。

 とはいえ、このままでは気が収まらない。

 そこで、隆文たかふみはゆっくりと喫茶店の窓の外を歩いた。そして、ありったけの気合を込めてで店内を見た。

 それを察してか否か、窓の方を偶然見た翼と目が合った。背を向けている千春には気付かれていない。しかし、翼は目を大きく見開き、口は薄っすら半開き。千春の言葉が耳に入っていない様子。

「けっ、ざまあ」

 小声で吐き捨て、隆文たかふみはその場を立ち去った。

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