第34話 EX1-6 これからのこと

 CKがこの寂れた町についてから既に一カ月がたっていた。

 2度の巨獣との戦闘により破損したCKの身体も万全とはいかないが行動に支障のないレベルにまで修復されていた。

 修復されたのは外側だけではなかった。ほの暗い光を灯していた赤い硝子質の二つの瞳は今は穏やかな光を放っている。

 変化があったのはCKだけではなかった。


「先生ー、勉強教えて」


 ノートを胸に抱えた少年が倉庫でCKの様子を眺めていた白衣の男性のもとに駆け寄ってくる。その顔は悲しみに沈んだものではなく瞳はキラキラと輝いていた。


「今日も精が出るな。もう少し待っててくれ。これが終わったらみてやるよ」


「ありがとう、先生ー」


 男性は少年の頭を一撫でし、ずれた眼鏡を指先で戻す。そんな男性に少年は輝く笑顔を向けると診療所の方へと戻っていった。


「あー笑顔が眩しい。自分が助けてもらったから今度は自分が誰かを助けたいんだってなぁ。若いって良いねー」


 目元を手で覆い天を仰ぐ男性の姿に思わずCKは『ふっ』と笑い声を零す。


「そこ、笑うところか」


 じっとりとした目で睨む男性に『悪い悪い』と軽い口調で謝るCKの視線は少年の走り去った診療所の扉に向いていた。


『あの子が医者になりたいと言い出した時は驚いたな』


「まあな」


 言われた驚きを懐かしむようなCKの口調に穏やかな笑みを浮かべながら男性も頷く。


『で、なれそうか?』


「それは本人の努力次第だろう」


『人間て知識をそのままインストール出来ないとか不便だよな』


「だな。まあ、知識も詰め込んだだけじゃ意味はないからなぁ」


 そんなことを話しながら二人は暫く笑いあった。




「あの子は自分の道を見つけた。お前さんはどうなんだ?」


 しっかり目を見て問われた男性の問いにCKはその目を見つめ返し凛とした声で答えた。


『俺はマスターの夢を叶えようと思う』


「そいつはどんな夢だ?」


 興味深げに男性が問うとそれはとてつもなく難しい願いだった。


『巨獣の居ない、理不尽に命が奪われない世界を作ること』


「出来そうか?」


『……正直分からない。それでも、そうなるように俺は目指したい』


「CKなら出来るかもな」


 CKの選んだ道は苦難しかない道のり。それでも男性はこの青鉄色の、最強の剣と謳われ、自身が憧れた人物と共にあったこの機兵なら出来るのではないかと男性の心に期待をもたせた。


『長いこと世話になったな、先生。いや、元ユーミル第7部隊医療班班長マサシ・シゲタ大尉』


 不意に告げられた自身の名にシゲタは目を丸くした。


「知ってたのか?」


『知ってるというよりはユーミルにいた時の関係者は全員データに残ってる』


「知ってるなら、何で呼ばなかった?」


『いや、名乗られなかったから呼ばれたくないのかなって思って……』


 困ったように頬を掻くCKの姿にシゲタは笑いをこらえきれず吹いた。


『笑うところかよ』


 ぶすっと不貞腐れた声を出すCKに


「そういうところCKらしいなって。気を付けていってこい。泣き言言いたくなったら聞くぐらいはしてやるぞ」


『俺はそんなに泣き虫じゃない!……まあ、気が向いたら会いに来るよ』


 CKを固定していたハンガーのロックが外れ、一歩踏み出した背中にまだ片言の機械音声が投げかけられる。


『貴方ノ願イガ叶ウコトヲ祈ッテイマス』


SS400フェツルムも先生も元気でな』


 そう言うと青鉄色の機兵は振り返りもせず、倉庫を背に駆けだしていた。

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