第31話 EX1-3 生存者を探しに

『あれ?もう朝なのか?……俺はあの後どうしたんだ?』


 思考がクリアになったCKが倉庫の窓の方を向くと差し込む朝日がCKの硝子質のツインアイを赤々と照らす。最後の記録は倉庫のほぼ中央で立っていたはずがいつの間にかCKの身体はメンテナンスハンガーに収められていた。

 血に濡れていた身体もいつの間にか綺麗に血が拭いとられ、赤い警告が出ていた膝も今は黄色いアラートに変わっている。

 記録をたどろうとするも昨夜男性と会話をしたところから現在の時間になるまでの数時間の記録ファイルがブランク状態になり閲覧することが出来なくなっている。


『また、この状態か』


 やれやれとため息を吐いたCKの視線の先には雨に濡れた木々がキラキラと輝く様が映っていた。


(また、雨の日にブランクファイルが形成されている。……雨の日に何かあったのか?)


 CKが記録を検索しようとしても、天候が雨だった時刻のデータはことごとくブランクファイルとなっていてその内容を知ることは出来なかった。


 ギーと音をたてて扉が開くとぼさぼさの黒髪に半分ずり落ちた眼鏡をかけ、眠たげな眼を擦りながら白衣の中年男性が姿を現した。


「よう、気分はどうだい?」


『可もなく不可もなくってところか』


「そうか」


 CKの答えに男性はどこか安心したように小さな笑みを浮かべる。


『そういあ、あの少年は?』


 CKの問いに男性の顔が僅かに曇る。


「一度目を覚ましたが、錯乱状態でな。今、鎮静剤で寝かせてる。早ければ昼にでも起きるだろうさ」


『そっか……』


 互いに次の言葉が出てこない。静まり返った倉庫にチチチと鳴く小鳥のさえずりが響く。


「少年が目を覚ましたら、生存者を探しに行こうと思う。まだ可能性はある。付いてきてくれるか?」


『分かった』


 男性の提案にCKが頷くと「ありがとな」と男性は礼を言うとまた扉の向こうへと消えていった。


 日が天頂へと昇る少し前に少年は目を覚ました。目覚めた少年と共に二機の機兵は災害医療キットなどを積んだコンテナを背に町を村を発った。



 CKの足では30分ほどの道のりも男性の機兵と共にでは勝手が違う。少年の暮らしていた町に着いたのは二機が出立してからおよそ2時間が過ぎていた。

 瓦礫の山となり煙を立ち上らせていた町は昨夜の雨で火災は消し止められていたが、いたる所を煤の黒色で塗りこめている。


「こりゃひでわ……」


 あまりの惨状に男性の口から呆然と言葉が零れる。


「おっと、呆けてる場合じゃなかった。少年、避難所の場所は分かるか?」


 一瞬呆けていた男性は自身でカツを入れると膝の上に座る少年に尋ねた。必死に思い出そうと少年は首を捻りながら記憶をたどり、ある建物の名前を口にした。


「確か、セントラルタワーの地下に緊急避難用のシェルターがあるって言ってたよ」


 CKが視線を巡らせると瓦礫の山の中で少しばかり小山になっている箇所があった。地図と照合させるとそこはセントラルタワーの跡地だったことが確認された。


『あの小山になっている所がセントラルタワーがあったところだ』


 CKが指差した方角に直ぐ様二機の機兵は移動を始める。

 数分後にセントラルタワー跡地に到着した機兵達は無言だった。


「生命反応は?」


 男性の問いに青鉄色の機兵は首を横に振る。


「少年、他に避難所はないのか?」


 悲痛な面持ちで尋ねる男性に少年は「僕は知らない」と申し訳なさげに目を伏せた。悲し気な少年の頭をワシワシと男性は撫でると


「分かった。俺は北側を捜索するからCKは南側を捜索してくれ」


『了解した』


 男性の依頼にCKは頷くと町の南に向かって移動を始めていた。




 沈みゆく夕日が真っ赤に瓦礫の山を染め上げる。セントラルタワー跡地で再会した二機の機兵は出合い頭に互いに首を横に振る。

 灰白に機兵の使われることの事のなかった医療キット積んだコンテナの上には何かがブルーシートにくるまれ乗せられていた。


「そっちもダメだったか」


 もとより分かっていた現実であっても男性の声には落胆の色が見えた。


『俺がもっと早く気づいていれば……』


 肩を落とし、ぎゅっと拳を握るCKの肩をそっと灰白の機兵が叩いた。


『CKノ責任デハアリマセン』


 まだ、片言でありながら灰白の機兵が掛けた言葉はCKを案じたもの。


『でも、俺が……』


 泣き出しそうな声を上げるCKに男性が語りかけた。


「全部を救おうなんざ、傲慢なんだよ。どんなに必死に掴もうとしても簡単に手からすり抜けていく。それが命ってやつだ。その中で1つでも掴めたお前はよくやったよ」


『それでも……俺は助けたかったんだ』


 そう呟くCKの赤い瞳は光を落としていた。


 二機の機兵が佇む瓦礫の山はいつしか紺色の闇に包まれ、銀色の月の光を受けた割れたガラスはキラキラと星屑のように輝いていた。

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