第20話 MY&CK

 MJにブレードを向けたままクロムは動けないでいた。


(ああは言ったものの、今のままじゃ勝ち筋すら見えない)


 現在のクロムの出力では何度やってもMJの強固な装甲を貫くことは不可能だった。


(主さえいてくれれば負けないのに……)


 無いものねだりだとはクロムも理解している。それでも現状はそれを願わずにはいられないものだった。

 動けずにいるクロムにミィはどこか少しばかり拗ねたような声で語りかけた。


「クロムにとってマスターが一番なのは知ってる。あたしじゃ一番になれないのはちょっと悔しいけど、あたしだって負けたくないの。だから、あたしを使って。あるんでしょ、生体兵器フェアリーでの仮登録モード」


 言われてクロムは電脳を漁ると確かに生体兵器による仮登録モードは自身にも存在していた。機兵と主は鍵穴と鍵。合わなければ本来の力を発揮することは出来ない。しかし、時として鍵が失われることもある。その場合に一時的に鍵穴を開けるのが生体兵器という万能鍵だった。

 万能鍵はどれとでも合う代わりにやはり正式に登録された主ほどまでには機兵の力を出し切ることは出来なかった。

 どれだけ出力が上がるかは機兵と生体兵器の相性で変わるが、100%でなくても現状の50%の出力に比べれば勝ちの可能性は確実に上がる。しかし、出力が上がればそれだけパイロットへの負担も増す。ミィに痛い思いをさせたくない、けれど、その覚悟も無駄にはしたくない。揺れ動くクロムの想いに背中を押したのはMJに負けたくないという気持ちだった。


『……分かった。ミィを仮のマスターに登録する。操縦桿の間にある赤いボタンがあるだろ、それを押し込めば青に変わる。そうしたら戦術AIに切り替わる。後はそいつが勝手にやってくれるさ』


 どこか寂しと悔しさの籠った響きのあるクロムの声。


(俺はここまでみたいだ。……後は頼んだCK)


『また、後でな……』


 暫しの別れを告げるクロムにミィは目尻に涙を溜めながらもぎゅっと唇を噛みしめながらしっかりと頷くと、自立AIから戦術AIへと切り替わるボタンを力いっぱい押し込んだ。

 赤かったボタンがその色を青に変える。


≪これより、戦術AI行動に移行します≫


 電子音声がコックピット内に響くとクロムと同じ声がミィに話かけた。しかし、それはほとんど感情を感じさせない抑揚ない冷たいもの。


『始めまして、生体兵器ミィ。本機は機兵アウルゲルミルコードCKシーケー特別機名ナンバーズネームクロム・カイザーと言います。暫くの間よろしくお願いします』


 初対面のはずのCKがミィの名を知っていたことに彼女は「何であたしの名前を」と驚きの声を上げる。其れに答えるかのようにCKは言葉を続けた。


『本機と貴女が自立AIクロムと呼ぶ存在は一つの電脳を共有しています。本機が学習したことは自立AIも共有し、また自立AIが学習したことは本機も学習しています。ただ、本機のリソースのほとんどは戦闘に割り振られているため自立AIのような感情に似たものは有してはいません』


 感情はないとCKは言い切る。しかし、その言葉の端々にミィは怒っていると感じていた。


「CK、怒ってるでしょ?」


『本機に怒りという感情は存在しません』


 ミィの問いに返すCKの声は抑揚のない電子音。それでもミィは確信していた。


(やっぱりCKも怒ってるんだ)


「ねぇ、CK」そう呼びかけるミィの声はどこまでも優しく包み込むようなもの。


「怒りたい時は素直に怒っても良いんだよ。あたしは大した存在じゃないけど、クロムとCKの想うことを手伝いたいの」


『本機は怒りなど──。……貴女の言う通り本機は怒っているのかもしれません。主が亡くなった時、自立AIクロムが泣きな叫んでいる時、すぐ傍にいながら何も出来ないわが身を思い出すとどうしようなく電脳が熱くなるのです。今もそうです。主のことを見殺しにし、自立AIを消そうとするMJに対して。ミィ、本機に命令を。本機は自立AIとその夢を守りたい』


 一度は否定した想いを全て吐き出したCKにミィは満足げに微笑む。


「あたしたちなら倒せる。CKに命じる!MJを打倒せよ!」


『了解しましたミィ


 ミィの命令に応じると構えていたCKの両腕のブレードが青白い光を纏い、青鉄色の鋼鉄の身体は黒味が抜け徐々に銀青の光を取り戻し始める。


『やっと、本気になりおったか。そうでなくては倒しがいがないからのぉ』


 不敵に笑うとMJは巨大なバトルアックスを担ぐように構えると豪快に叫んだ。


『いざ、尋常に勝負!!』


 言葉と共に振り下ろされたMJのバトルアックスと銀青の輝きを取り戻したCKの両腕のブレードがかち合い、重い金属同士がぶつかり合うギィィィンという音を円柱の間に響かせた。

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