第4話 君の名前は?

 合成タンパク質製造施設から移動すること2時間。少女の顔前に広がる全天周囲モニターの一角には望遠カメラでとらえた映像が確かに町の様子を映し出していた。


「ねえ、あれ町じゃない?」


『だなー』


 嬉しそうに声を上げる少女とは反対にどこか面倒くさそうに相槌を打つ青鉄色の機兵。


「ご飯、ご飯♪」


 シートに座りながら楽し気に小躍りする少女の姿を困っているかのような動きで機兵の機内カメラは追っていた。


 少しずつ町が近づいてくる中、機兵は少女に尋ねた。


『そういあ、お前。名前は?』


 少し考えこんでから少女は首を横に振ると機内カメラを見つめながら機兵に返した。


「あたしは生体兵器フェアリーだから、型番はあっても名前なんてないよ」


 少しばかり寂し気に言う少女に機兵は同情に似た感情のようなものを感じていた。


 一人前のパイロットを育て上げるには時間も費用も掛かる。それに対して巨獣討伐で失われるの一瞬のこと。そこで考えられたのが戦闘技術に特化した量産の利く生体兵器フェアリーの生産だった。一人の天才エースより多数の一般兵。生体兵器達は見事にその役割を果たしていった。

 しかし、順調だったのは最初だけ。次第に生体兵器は自我を持ち、巨獣と戦うことを拒否し始めた。替えの利くはずの量産品はとたんに、ただの合成タンパク質の塊に成り下がった。

 この一件で生体兵器の生産は中止され、以降作られることはなくなったと機兵のデータには記されている。


『俺達機兵もあるのはコードナンバーだけだからなぁ……、まあ、良いか悪いか、俺は名付きだったけどな』


「良いな~。オジサンは名前があって」


 羨まし気に言う少女に機兵は優し気な声で提案した。


『じゃあ、俺が名前をつけてやろうか?』


「ホント?良いの?ありがとう」


 言うと少女は満面の笑みを浮かべ、機内カメラに期待の眼差しを向ける。


 キラキラ輝く少女の期待の瞳は機兵にプレッシャーを与えた。自律AIの機能をフル回転させて機兵は考える。


(私、……、I《アイ》、MYマイMEミイMINEマイン……)


 暫く機兵は顎に手を当て考え込む素振りをしていると不意に機兵の赤いツインアイがパッと明るく輝いた。


『決まった。お前はミィだ』


「ミィ?」


 機兵の付けた名に少女、ミィの反応はあまり思わしくない。


『嫌だったか?』


 ミィの反応に自信ありげだった機兵の態度もどこか自信のないものに変わる。それを少女も察したのか慌てて機兵に笑って見せた。


「ううん、嫌じゃないよ。ちょっとびっくりしただけ」


『本当に?』


 疑いの眼差しを向ける機兵にミィは安心させるように柔らかく微笑んだ。


「本当だよ。今日からあたしはミィ。あたしはミィ。ねえ、オジサンはなんていうの?」


 自身をミィと定義した少女は機兵に尋ねるとそれに機兵は憮然とした口調で応えた。


『毎回オジサン言うな。まだ、そんな歳じゃない。呼ぶならCKシーケーかクロムにしてくれ』


「分かった、オジ……じゃなくてクロム」


 オジサンと言いかけて慌ててミィが言い直すのをクロムは聞いていた。赤く輝くツインアイが一瞬だけ暗い明かりを灯す。


『だから、俺はオジサンじゃねーって言ってるだろうが……』


 小声でぼやくクロムの前には既に目的地の町の風景が間近にあった。

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