第30話

~音サイド~


それからあたしとスミレは元の部屋に戻ってきていた。



あんな悲惨な動画を見せられた後なのに、覆面男はいつも通りパンと牛乳を置いて行った。



美世はもう解放されたのか、左側の部屋はドアが開きっぱなしになっていた。



グッタリと座り込んでいると、隣からドンッと物音が聞こえて来た。



スミレだ。



あたしは返事を返そうとしたが、その気力も残されていなかった。



美世は生きているかもしれない。



だけど自慢の顔はもう消えてしまった。



それにあの動画。



いつ撮ったのかわからないが、美世の人生を壊すには十分な動画だった。



「きっと、あたしの動画も撮られてる……」



そう呟くと、絶望的な気分になった。



今まで自分がしてきたことを思い出す。



スミレが言っていたように美世の制服や体操着盗んで売った事がある。



それだけじゃない。



自転車で交通事故を起こして乳母車に乗っていた子供を殺してしまったこともあった。



でも、世間にそのニュースが出ることはなかった。



あたしの両親がお金でもみ消してくれたんだ。



お金は裏切らない。



お金は守ってくれる。



そうやって教えられてきた通りだった。



でも……。



今回はそれが通用しないんだ。



相手が欲しいのはお金なんかじゃない。



だからいくらお金を摘んだって解放されることはない。



あたしがしてきた悪事が世界中にバレたら、家の名前に傷がつくことになるだろう。



そう思うと、背中がスッと寒くなった。



お母さんがパートに出ると言い出した時、お父さんと祖父は必死で止めていた。



お前がパートなんて始めたら、家が貧乏だと思われる。



俺たちに恥をかかせる気か!



そう罵っていたことを思い出した。



人が働きに出るだけで大事件のように大騒ぎになった家を思うと、ただでは済まされないことは理解できていた。



もしかしたら、あたしは家を追い出されてしまうかもしれない。



地位も名誉もお金も失った生活を余儀なくされるかもしれないのだ。



「そんなの……嫌……」



お金がすべてなんかじゃなかった。



お金が助けてくれるわけじゃなかった。



あたしは……。



なにを信じて生きて来たの?



ジッと白い壁を見つめる。



この向こうにスミレがいるはずだ。



「ごめんねスミレ……」



自分の声がひどく震えていた。



なんで震えているんだろう?



今日はもう終わったのに、なにを怖がっているんだろう?



ドンッと、一回だけ壁を叩いた。



向こうから何度も何度も返事が来る。



スミレはあたしに何かを伝えたいのかもしれない。



あたしはそれに返事をせず、テーブルの上のコップを足でけり落とした。



壁にぶつかったコップは勢いよく砕けて割れた。



その破片を後ろ手に掴み、つよく握りしめた。



痛みが全身を駆け抜ける。



恐怖なんてなかった。



ただ、その痛みがあたしが生きているんだと感じさせてくれていた。



この痛みの向こうにすくいがあるような気がした。



あたしは握りしめたガラスの欠片を、自分の手首へと突き刺したのだった。

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