第10話

~音サイド~


おかしい。



お金が目的ならもうすでに両親に連絡がいっているはずだ。



あたしはぼんやりとテーブルの向こうのドアを見つめてそう考えた。



男はパンと牛乳を回収して、それから1度も現れていない。



もしかして両親はお金を出し渋ったんだろうか?



そうだとしても、祖父がちゃんと動いてくれるはずだ。



世間体が大切なあの人たちが、娘を見殺しにするとは思えない。



すぐに解放されると考えていたのに、想像以上に時間がかかっている。



舌打ちしたい気分になった時、ようやくドアが開いた。



覆面男が入って来る。



「あれ? さっきの人は?」



すぐに覆面男が別人だと気が付いた。



体格が違うのだ。



「まぁいいや。お金はもらったんだよね? それなら解放して。もう手足がしびれて――」


そこまで言った時、男の手があたしの服をはぎ取っていた。



一瞬のことであたしは男を見つめている事しかできなかった。



「いや!」



制服のボタンが飛び、ブラウスに手がかけられた時ようやくそう声を上げる事ができた。



それでも男はやめない。



どんどんあたしの服を脱がしていく。



「やめて! なにするの!」



じたばたともがいてみても、拘束されている状態なのであまり意味がない。



男は簡単にあたしを全裸にしてしまった。



サッと青ざめて男を見つめる。



「なんで……? お金が目的なんでしょう!?」



あたしの家は裕福だ。



すぐに解放されるハズだった。



なのに……どうして?



男はポケットから万札を数枚取り出して、テープであたしの胸と下腹部に貼りつけた。



なにをされるんだろう。



そう思うと恐怖で震えが止まらなかった。



お金じゃないんだ。



お金は関係ないんだ。



それならあたしはどうすればいいの?



どうやってここから出ればいいの?



わからない……!



「うっ……」



自然と涙があふれ出していた。



男がスマホを取り出して何枚も写真を撮影している。



「もう……やめて……」



そう言っても、部屋の中のシャッター音は鳴りやまなかったのだった。



推理~美世サイド~


覆面男が出て行ってからあたしは今までフって来た男の顔を思い浮かべていた。



ざっと思い出すだけでも50人はいる。



忘れているだけできっともっと沢山いるだろう。



「フってきた男の誰かが犯人に決まってる」



あたしはそう呟いた。



だけど、顔は覚えているけれど名前までは覚えていない。



犯人を名指しで特定することができないのだ。



「だってあたしはモテるんだもん」



そう呟いてため息を吐き出した。



モテることは気分が良い事だけれど、こういうときには困ってしまう。



フった男の中にストーカー気質の男がいたとしても、誰だかわからないのだから。



こんな時に金魚のフンみたいなクラスメートたちがいてくれれば、簡単に解決できるのに。



「誰か迎えにきてくれないかなぁ」



あたいがいない事はもう冬夜が気が付ているはずだ。



それなら動いてくれている可能性は十分にあった。



後は待つだけならいいんだけれど。



そう思っていた時、テーブルの向こう側にあるドアが開いて覆面男が入って来た。



けれど、さっきとは別人のようで小柄な人だ。



「ねぇ! あたし決めたの! あなたと付き合ってあげる。ずっとここにいてあげてもいいよ? だからこの拘束だけ外してほしいの」



甘えた声でそう言った。



大抵の男がこの声と笑顔で言う事を聞いてくれる。



覆面の男だって人間なんだから、少しくらい揺らいでくれるかもしれない。



男の手があたしの背中へと伸びて来る。



あたしは抵抗せず、受け入れるようにほほ笑んだ。



が、次の瞬間バリッと何かが破れるような音が聞こえてきてあたしは目を見開いた。



背中側から何かの機械音が聞こえて来る。



「ちょっと、何!?」



そう言って身をよじろうとすると体をうつ伏せに押し倒されてしまった。



背中にのしかかられて身動きが取れない。



「なにするの!? 付き合ってあげるって言ってるでしょ!?」



そう叫んでも男が止めなかった。



あたしの頭部に何かが押し当てられる感触があった。



次の瞬間、ジョリジョリと何かが削られて行く音が聞こえて来た。



「なにしてるの!?」



必死で首を左右に振ると、背中から髪の毛が落ちて来た。



あたしの、髪の毛だ。



「なんで、髪が……」



そう呟くとまた頭部に何かが押し当てられた。



まさかバリカン!?



「やめて! 髪の毛はやめて!」



じたばたともがいていると、バリカンがあたしの頬をかすめた。



微かな痛みが走り、冷たい血が流れていくのがわかった。



覆面の男が声を殺して笑っているのがわかった。



「なんでこんなことするの……!」



ジワリと涙が浮かぶ。

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