2.0.3  LMN three bro.




「…………」

「…………」

「…………む」

「…………はあ。……気が抜けちまった」


 訳も分からず、シバは荒げていた呼吸を思わず止めてしまう。思い出したように詰まっていた息を吐きだすと、逃走に暮れていたその身体へ疲労感がどっと押し寄せてきた。

 一人の男がシバの近くへと立ち寄る。その気配に気が付き顔を上げると、やせ細った男がこちらへと手を伸ばしていた。


「あんちゃん、大丈夫ッスか? 女の子だってのに、バリケード壊すなんてすごい力持ちッスね~」

「……ったく、俺は女じゃ――」


 途中で言葉に詰まらせ、言い淀む。認めたくはないが、事実は事実だ。この言い訳とやらもここではできなくなった。

 渋々お礼を伝えつつ手助けを借りて立ち上がり、黒い服についた塵を払う。改めて、この<世界セカイ>における自分の容姿を確認する。上下はレザー製のブルゾンに丈の長いパンツだ。靴はロングブーツで少しだけ踵が高い。相対的に、首の下から爪先まで全身真っ黒に見えているだろう。相変わらず長く白い髪をどかして、咳払いをしながら三人を再認識する。


「……ええっと。エむぬる兄弟だったか?」

「ノゥ。違う違う」

「…………む」

「こりゃもっかいやるっきゃないッスね」

「おい、ちょっ――」


 再度三人は整列しながら、各々の役割を果たす。


「イェス。いざ参らん」

「――知らねば敗北。焼き付けるが記憶」

「そう、俺達ゃ――」

「エル!」

「エム!」

「エヌ!」

「三人合わせて……」


「「「〝エルムヌ三兄弟ブラザーズ〟!!」」」


「――――――っ」


 ――こいつら全員面倒くせえ!

 その言葉を奥歯の深淵に至るまで噛み殺し、口から発することが無いように努めただけ褒めて欲しい。


「…………ったく」


 再三彼らを見渡して状況の整理を始める。

 左から、エルと名乗った男。右手の握り拳を腰に添えて、左手は右肩を通り越すようにビシッと伸ばしていた。長身であるが、それよりもモヒカン頭がトレードマークだ。そのためか余計に身長が高く感じるだろう。シバがそもそもそこまで高くないため、よりその差ははっきりと表れている。口調にも少しだけ癖があるが、聞き取りにくいわけではない。

 中央に腕を組んでいるのはエムと言っていた男。他の二人に比べれば寡黙な印象を醸し出しているが、その口から出る言葉はエルに比べてもかなり癖強い。どっしりとした体形でもあり、近づきがたい雰囲気すらある。

 最後に右側で顎をしゃくり上げている男がエヌだっただろうか。細身であり、髪型やその喋り口調からも実にチャラいと感じざるを得ない奴だ。顔中にピアスが埋め込まれており、さらに首にもジャラジャラとぶらさげている。彼なりのおしゃれなのだろう、シバにとってそのセンスに同意はしたくないものだった。


 そして三人に共通して言えることだが、腰にブランダーバスのようなものを引っ提げていた。先程のラッパにも見えた代物だ。どうやら引き金を引くと暴走した蜘蛛型ロボットの機能を停止させることができるらしい。さっきまで執拗に追い続けてきた蜘蛛型ロボットは、未だにその場で光線の銃口を広げたままその場に佇んでいた。放置でいいのか疑問であるのはそうとして、対策が思い当たらない今はこれ以上にない味方となり得るだろう。


 ひとまず先の人型ロボットよりかは会話できそうな「人」に違いない。忘れてしまいそうになるが、彼らもまたこういった個として生まれた<想像ソウゾウ>なのだ。シバと違って、ここを異世界と認識している「人間」ではない。


「にしても、よ~くできたヒューマロイドッスね」

「バット。そもそも彼女はヒューマロイドか?」

「…………む」


 新しい単語が飛び交う。ヒューマロイドと言っていたか、似た語感としてヒューマノイドやアンドロイドがあるが、それのことだろうか。


「俺はロボットじゃねえよ」


 ハンマーを肩でトントンと叩き、三人をじぃっと見据える。


「イェス。彼女の言葉に道理がある。CitaWsシタゥーズに追われていたのだ。CitaWsシタゥーズがハントモードになってまで追いかけていた。エンド。ヒューマロイド特有の識別ロゴも見えない」


 エルとエヌはこちらを――正確には胸の辺りへチラリと視線を向ける。どこ見てんだよとさらに警戒心強く睨み付けるが、こちらのことはお構いなしのようだ。

 エヌはさらに肩にあるハンマーを見ては空気を両掌に乗せて否定する。


「いや~、そうッスかね~。謀叛むほんしたとかでヒューマロイド同士が争うケースもあるらしいッスよ。しかもこんな力持ちな女の子、見たことないッス。ヒューマロイドなら幾分か納得いくッスけどね~」

「…………む」


 ここに登場したのもバリケードをぶっ壊しての突撃であった。過去にそのような事例はなかったのだろう。姿もこうなってしまった以上、懐疑の念を抱いてしまうのは自然かもしれない。


CitaWsシタゥーズとやら、とにかくロボットとやらじゃないって主張してえんだが。証明できるもんもねえな。俺はあんた達に救われた恩もあるし、争うつもりもねえよ」

「……っま、とりまどうするッスか?」


 エヌが他の二人に話しかける。彼らもそうであろうが、こちらとしても聞きたいことは山ほどある。腰を据えて話をする場所があれば理想だ。


「イェス。兄貴に報告が優先だ」

「――報告するぜ兄貴。連絡からのやる気。相談が最善のキーkey

「あぁ! そうッスね。客人が久々ッスから、抜けてたッス」

「兄貴……? 他にも誰かいるんか?」

「ありゃ。わざわざここに来てなお俺たちのことを知らないッスか?」

「…………む」

「イェス。ここは一つ教え込むべき」


 エルの言葉に合わせ、他の二人がバッと横一列に並んだ。またか――とシバは身構えるが、今度は三人ともこちらに背中を見せつけてきた。奇怪なポージングでもないが、唐突にあれをやられてしまうと気押されてしまいそうになるので勘弁願いたかった。


 彼ら三人は共通のジャケットを羽織っていた。三人は親指を突き立てその背中へと差し示す。その大小異なる背中には、デカデカとした模様が刻まれていた。

 ロゴとも呼ぶべきだろう。文字のようなものではない。掲げられた拳から光が溢れているようなデザインだった。よく見ると、その拳には丸い玉のようなものを握りしめており、そこから光が迸っているとも解釈できそうだ。


「『レイジングレジスタンス』、通称アールアールと呼ばれている、反ヒューマロイド団体だ」

「兄貴はアールアールのリーダーであり、俺達エルムヌ三兄弟ブラザーズの兄貴ッスよ」

「…………む」

アールアール……。また新しい単語が増えたな」


 この<世界セカイ>の対立構造でもあるのだろう。CitaWsシタゥーズは追いかけ回してきた人型ロボットの集団か何かで、アールアールはそれに対抗する人が集うグループと予想できる。

 人とロボットが共存する社会。いや、共存はできてないのかもしれない。どちらにせよ、シバにとっては「近未来的な」世界観だと思わざるを得なかった。


「んじゃあ、ひとまずはそこんとこ寄ってって良いか? 流石にもう暗いしよ。一晩でも泊めさせてもらえりゃめっちゃ助かる」

「ひとば……って、何のことッスか?」


 キョトンとした表情でエヌがこちらへと振り返る。聞き取れなかったのか、しかし本当に言葉の意味がわからなかったようでもあった。


「あ……? 今は夜だろ? 月っぽいのも見えてるし。暗いままじゃ、動きにくいだろうよ」

「…………む」

「ホワット。照明が欲しいって意味だろうか?」


 エヌと同様、エルも意味がわからないといった顔でこちらを見つめる。言語の壁がある訳でもない。難なく会話出来ていたのに、急に言葉が通じなくなるなどおかしいと思わざるを得ない。


 言葉を倦ね、別の表現を選びながら説明する。


「えっと……普通に、日付が変わって太陽が昇るくらいまでって――」


 刹那。

 一瞬にして、舞い降りる。

 シバがその先の言葉を続ける前に見慣れない光景が迫ってきた。


「――――っ!?」


 これは事象なのだろうか。<世界セカイ>を把握できてないシバにとって、何故こうなってしまったのか理解できなかった。


「――……ッ」

「――……ッ」

「――……ッ」


 突如頭を抱え込む三人。シバには頭痛やそれらしき刺激に覚えがない。モノが落ちてきたといった物理的干渉でもない。それでも三人は苦し藻掻くように、言葉にならない悲痛を叫びながら両手で頭を覆っていた。手に抱えていたものはそのまま地面へと落下してしまう。

 続いて、彼らの頭上に線が走った。否、彼らの頭そのものに。まなこ辺りから、それを塗りつぶさんとする多量の線が描かれた。クレヨンを使った落書きとも言えようか。強いて表現するならばこれはバグやノイズといった類のものだ。モニターの不備や映像の乱れが生じた時に走る、不規則なジグザグの線。だがここは地上であり、モニターに見える映像ではない。それでも彼らの頭上には曇りがかったようにノイズが浮かんでいた。


「な、なんだよ。これは……」


 敵対する存在が出没したのだろうか。右手を強く握り、周囲を素早く警戒する。

 活動が停止した蜘蛛型ロボットが真っ先に視界に入った。それが動き出した、といった形跡はない。そのような気配すらなく、蜘蛛型ロボットはただただその場に停止を続けていた。

 他に原因と思わしきものもない。ひたすらに〝エルムヌ三兄弟ブラザーズ〟は苦しみ藻掻く。

 ジジッ、ジジッ、という音も小さく散った。火花にも似た音は、人であるはずの彼らから発せられるとは思えない。まるで何かを消すように塗りたくられたノイズは、時間の経過と共に、徐々にその厚みを失っていった。


「今のは、いったい……?」

「…………」

「…………」

「…………む」


 困惑しているシバを余所に、三人組はさも何事も無かったかのように真っ直ぐ道を進んでいく。唖然として、こちらは歩くことさえ忘れてしまう。一人がこちらとの距離を離れていたことに気付いた。


「イェット。ストップだ、エヌ」

「あれれ~? 少し歩調が早すぎたッスか。も少しゆっくり行くとしまッスか」


 何ボサッとしてるッスか、という掛け声に我に返ったシバ。急いで三人の元へと駆け寄った。

 しかしながら、あの異変とも呼ぶべきかわからない現象が脳裏にこびりついてしまった。何やら盛り上がっていた様子であったが、暫くの間、シバは会話の内容が頭に入ってこなかった。



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