〈第6章〉 愛の輪廻(2)前

2.魂の輪廻(前)

 

二人が一つになってから、暫らく沈黙の時間が流れた――――

 やがて抱き締めていた男の腕が緩み、トワが少し離れたとき、すかさず男は尋ねた。

「さっきの話で、三度目の出逢いって、どういう意味だい?」


 トワは、ようやく心の平穏を取り戻していた。そして一息おいてから、ゆっくりと答えた。

「それは・・・・・・。わたしたちの『』は、現世で、三回目になるということよ」


「なっ、何だってぇ?・・・・・・」

「そして、あたしの『』は、千百歳・・・・・・」


「なっ、なっ何、魂に年齢???」


 何度聞いても想像を絶する話に、男は益々驚くばかり。男の魂の記憶は甦るどころか、また迷宮に迷い込んでしまった。


 トワは、三度に渡る輪廻転生について話し出した。そのについての説明は、歴史物語の解説でもするかのように、それはそれは気高く流暢な語り口であった。

 


〈〈 トワが語る輪廻のしくみ 〉〉


 二つの魂の最初の出逢いはとても古く、およそ千年前までさかのぼることになります。

 平安時代も中頃のこと。時の皇太后の血を引く異母姉弟でありながら、いつしか互いを男と女として、意識し合うようになっておりました。


 宮中で行われた歌会のある日のこと。弟は、姉に対する恋しい思いを、一首の短歌にしたためたのでございます。

  『忍ぶれど 君に思ひを 寄せなむは 時すでに恋 いとし魂』


 これに対して姉も、弟への愛しい思いを、返歌で応えました。

  『我ら思ひ いとしい皇子みこの 傍なれば 永久の魂 千代に綴れり』


 この日から二つの魂の熱き思いは、紅蓮ぐれんの炎の如く燃え上がり、禁断の恋に落ちてしまうのでございました。

 しかし、血のつながった者同士、それは許されざる運命です。姉と弟は人の世の定めを恨みながら、京のはずれの冷たい淀の流れに、その身を投げ入れました。姉と弟は、息絶える間際、来世での再会を固く誓い合ったのです。


 そして時は流れること七百有余年。江戸時代も終わりを告げる頃、二つの愛し合う魂は江戸の外れに輪廻しました。この余りにも長過ぎる時間の空白はどうしたことでしょう。それには二つの理由が重なりました。


 一つ目は、前世での絶命が心中だったからです。つまり自殺と言うことになるのです。

 では、如何なる理由があろうとも、絶命が自殺の場合は重罪に問われます。そして、その罰として向こう数百年間は、転生が許されません。重罪の魂は黄泉の国に幽閉されるのです。


 二つ目は、罰が解かれる時が到来しても、『輪廻の神様』は、転生させる時代を探すのに、大変ご苦労なさいました。それは、室町の時代から戦乱の世が続き、安定した平和な時代を待つためでございます。

 そしてようやく、江戸時代という安寧の世を、『運命の時』にお選びになりました。


 江戸時代の輪廻では、前世の弟は、貧乏百姓の家に、三女として生まれ変わっておりました。貧家は年貢も払えぬ程に貧しく、三女は吉原に身を売られてきました。

 一方、前世の姉は、旗本として代々続いた由緒ある武家屋敷に、二年早く長男として生まれました。しかし、その旗本屋敷は幕府への忠義を怠ったとして、長男が元服間もない頃、お家取り潰しの命を受けてしまったのです。その後長男は、素浪人となって貧乏な長屋暮らしをしておりました。


 素浪人は、夜毎の夢に現れる花魁姿の美しい女を求めて、吉原の遊郭を彷徨い始めたのでした。

 そんな日々が、半月ほど続いた春の芽吹きのある日のことです。遊女に転生していた前世の弟と、『運命のめぐり逢い』を果たします。

 二つの魂は、出逢った途端にお互いが分かり、転生できた喜びを確かめ合いました。互いに女と男が入れ替わっていても、愛し合う宿命の魂は、分かるのでございます。


 黄泉の国では、「真に愛し合う魂は、前世で同時期に絶命すると、来世でも同じ時代に輪廻できる」という、『愛の輪廻転生制度』のがございます。


 普通輪廻転生(六道輪廻りくどうりんね)では、万物流転の原理から、普通の人間の魂は、来世ではどの生き物に転生するかは分かりません。前世でのごうによって六道りくどう三つの界みっつのかいに振り分けられるのです。

 例えば畜生道では、『山羊』に生まれ変わる者もいれば、『鳥』や『魚』になる者、『虫けら』にだってなります。つまり、人間道に転生するとは限らないのです。それどころか、生物の個体数から考えますと、人間に生まれ変わることができる確率は、極めて低いと言えるのです。


 それから、余談ですが、「貴方とは何となく間が合わない」とか、「どうしても馴染めない人がいる」とか。そんな場合は、お互いの前世が、犬猿の仲だったり、ヘビとカエルであったりしたかも知れません。

 前世の魂は、潜在意識のように宿るのです。

 それは血を分けた親子、兄弟・姉妹であっても同様。生物的な命の繋がりよりも、の方が優先するのでございましょう。

 いがみ合う親子とか虐待する親とか、仲たがいする兄弟・姉妹などの話が多いのは、前世の悪い因縁からくるものなのです。


 しかしながら、この『愛の輪廻』の魂では、男と女の入れ替わりという形で、人間道の転生ができるのです。しかも絶命が同時期ならば、同じ時代に転生します。

 生まれた時から『運命の赤い糸』で結ばれていると言われる男と女は、こんな場合なのです。俗説に、前世は敵同士かたきどうしなどと言われておりますが。それどころか、その魂の根源はなのでございます。


 参考までに、の転生について、少しお話ししたいと思います。

 普通の輪廻転生では、先祖代々同じ土地や家柄に輪廻することが多いのです。いわゆる地縛霊ならぬ『』になることが通例になっているようです。

 先祖の人物の生まれ変わりで、よく似た子孫が誕生するとか。代々家業を受け継いで行くとか。その昔から事例は多々あります。


 また、稀にですが『』になることもあります。前世において魂の結びつきがとても強く、因縁の仲だったりする場合です。ただし、因縁でありますから、良い因縁ばかりではありません。敵同士かたきどうしのような、悪い因縁もございます。

 中でも特に『愛の輪廻』の魂というのは、の魂が根源なので、ということになります。

 

 

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