〈第4章〉 イベント日記(5)前

5.魂の共鳴(前)


二人による、二人のための、二人だけのイベント日記〈その5〉

〔1月X日(火曜日)〕


 私は、いつもの快速電車に飛び乗った。10時08分発上野行き。

 今日は、いつもよりめかして、上下揃いのスーツ姿だ。普段の私は、ハイネックのセーターにジャケットをはおり、ブルージーンのカジュアルなスタイルが定番になっていた。しかし今日は、白地に紺のストライプ・シャツで、白菊柄の斑点模様が入った藍色のネクタイまで締めている。


 遅蒔きながら、今日は、私たちにとっての初詣となる。そして、メインイベントとして、人生初となる歌舞伎観劇を予定している。

 まさに初物尽くしで、新年に相応しくお目出度い一日となる。


 さらに私は、何よりの楽しみが、トワが初めて見せる和服姿だ。最も期待が高まり、心は緊張気味である。


 私たちは、上野駅前でタクシーを拾い、神田明神へ通じる参道に到着した。正月もすでに三箇日を過ぎたというのに、参道は袖を擦り合うほどに、沢山の参拝客で賑わっていた。


 先にタクシーから降りたトワは、去年買った自慢のデジタルカメラを手に、参道の風景を撮り始めた。

「ショウ、そこに立って、その鳥居の傍」

 後から降りてきた私に、トワは早速指示を出す。


「ここで、いーい?」

 彼女の行動を察知して、私は素早く従った。


「そっ、そこで。・・・・・・ショウのスーツ姿、ステキよ! なかなかキマッテルわ。ハイ、いきます」

((カシャ!))


「今度は、わたし、撮ってぇ!」

 トワは早々はやばやと、カメラマン役を私に譲ってきた。


 私はカメラを受け取りながら、他の撮影場所を探した。

「じゃー、こんな人混みじゃなく・・・・・・。人通りのない、あっ、あの木の前で」


「この辺りかな?」

 気転の利くトワは、ちゃっかり先回りをしていた。


「うん! そこ、いいね」

 ファインダー越しに映るトワの和服姿は実に眩しく、女性美が煌めくようだ。私は、その凛とした姿に、改めて惚れ直してしまった。


「今日の着物は、とっても綺麗だよ! ・・・・・・トワさんに、ぴったりだ」


 今日のトワは、和装に合わせて長い黒髪をアップに結い。和服は青竹のような淡いグリーンの地に、小ぶりな扇柄が散りばめられてとても上品だ。梅花と兎を描いた紺碧の帯もベストマッチングである。

 その姿は和風美人の見本である。菱川師宣の浮世絵「見返り美人」を彷彿とさせると言っても過言ではない。


「では、いきます」((カシャ!))

「もう一枚! 今度は、少し斜め横を向いて・・・・・・。そう! もうちょい右。ハイ! いきます」

((カシャ、カシャ、カシャ!・・・・・・))

 私は、ファションモデル撮影のプロカメラマン張りに、シャッターを切りまくった。


「これは凄いよ! とってもよく撮れた」

「まあ、キレイ! これ、あたし? ホント、あたしー?」

 モニターを覗き込んだ途端、まるで少女のようにはしゃぐトワが、私は益々愛おしい。


「もう一枚いこうか?」

「じゃあ、今度は、二人で一緒に! セルフタイマーで・・・・・・。三脚もあるの」


「そうだ! 三脚、あったねぇ」

 実は、カメラをプレゼントした時に、コンパクトな三脚とそれらが入るカメラバッグを、セットで用意していた。なかなか気の利いた贈り物だったと自負している。


 私は、セルフタイマーをセットすると、彼女にピッタリと寄り添いレンズを見守った。

 馬子にも衣装とよく言うが、幸せそうな二人のベストショットが撮れた。私は満足感で胸が一杯だった。


      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何をお祈りしたの?」

 神社を参拝早々、トワは私の顔を覗き込むように尋ねてきた。


「俺は、三つ、祈願したよ」

「三つもぉ? 欲張りねぇ!」


「そうさ、二人のことだもの・・・・・・」

「じゃー、何を?」


「一つは、トワの絵が成功しますように! それと、トワの夢が叶いますように!」

「あとは?」


「あと一つは内緒! ・・・・・・トワさんは何を?」

「それじゃー、あたしも、ナイショ!」


「それって、ずるいよ」

「二つあるけど、一つはショウと同じ、二人の夢が、叶いますように」


「もう一つも教えてよ!」

「あとは、ナイショ! 人に話すと、御利益なくなるもん」

 トワは、私の追及を軽くかわした。


 祈願を済ませると、神社本殿の裏手に奉られている『銭形平次の石碑』を見学した。


「時代劇の銭形平次なんて、本当に実在したのかしら?」

 前かがみになったトワは、石碑を覗き込むように眺めまわしている。


「それは違うみたいだよ! 江戸時代の人物で、モデルになった岡引はいたようだが、歴史書には残ってないんだ。これは時代劇を記念して立てた、記念碑のようだ。・・・・・・でも石碑にするとは、凄いことだね」

 私は、自信たっぷりに腕組みをしながら薀蓄うんちくを披露した。


「石碑って・・・・・・、時代が変わっても、人々の記憶に残るから、素敵ね」

「そうだね。人々の心の中に、生き続けるんだろうな?」


「まるで時代を越えて、生きているようだわ?」

「そうだろう? ・・・・・・きっと魂も、同じだと思うよ!」


 この時私は、トワが前世を思い出すきっかけになってくれることを、この江戸時代の人物に期待した。それは新年早々縁起が良いことである。


 ここでも私たちは写真を撮りまくった。初詣なのか写真撮影会なのか、どちらがメインなのか、定かではなくなっていた。


 履き慣れない足袋のせいか、ちょと足が疲れたと、トワが言い出した。

 一休みできる場所を探すと、参道の入り口にある小さな茶屋が目に留まった。

 その茶屋はかなり古びた造りで、時間旅行でもしたかのようないにしえの香りがあちこちに漂う老舗だった。


 私たちは、年輪模様が浮き出た切り株の丸太のテーブルに、隣り合わせに座った。

「ほら! 見てごらんよ。壁に掛かった看板なんか、昔のまんまだよ」

「いつ頃の物かしら?」


「昭和初期? いや、明治時代かも? 横書きの漢字は、右から読むんだよ」

「まあー、ホントに?」


「あそこの棚の、置物なんかも、相当古そうだ」

「みんなアンティーク調というか? 飾り物は、とっても古いわね」


「なんか、タイムスリップでも、したようだ」

「そうね? ひと昔前の時代に、来てしまったようだわ」


 ここでも私は、トワの魂に刺激を与える好機になることを、秘かに願っていた。


 私たちは、甘酒を一杯ずつ注文すると、新年の門出を祝う乾杯をした。

「改めて、トワさん。新年おめでとう! 乾杯!」

「乾杯! 今年もよろしくね・・・・・・」


 甘酒を飲み干すと、私は今後の予定を確かめてみた。

「まだ時間があるが、この後、どうする?」


「あと一時間ほどで、歌舞伎座の受付始まるね。ちょっと早めに行こうか? お弁当を買ったり、お土産物売り場を見たり、したいわ」


「うーん、そうだねぇ。まだ早いけど・・・・・・。行こうか?」

 私の返事は少し重かった。実は、まだ疲れが癒えていないため、もう少し休んでいたいのが、私の本音であった。


 二人だけのイベントは、いつもトワの先導で行動することが多い。トワは私の大事な宝もの、常に彼女のためにと、何よりも優先して考えている。女性上位と見られても仕方がない。むしろそうする事が、私にとって幸せだった。


      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

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