水際阻止

この海岸には、二種類の人間がいるのだ。

すでに死んだ者と、これから死ぬ者だ。

戦おう、生きるために。

-テーラー大佐、ノルマンディー陣頭にて-


新任将校のほとんどを覚えれなかったスタンレイは半ば逆ギレに近い感情を抱きつつ、パットンの上陸阻止陣地司令部に出頭した。

集成戦闘団の前線部隊では一番最後に到着した部隊となったのは、規模が大隊のくせに半端に補充されているからである。

重砲及び砲弾輸送車が定数を充足してないのに、どっちかが常に過剰にあった。

取り敢えず重装備から補充していたので、日頃の行いである。

こう言う重装備は取れるうちに取っておこうとしていた、スタンレイは火力集中を適切にぶつける事が全てに勝ると信じている。

輸送機材の不足は仕方なく民間車両を借用する事になった、徴発と言わないのは軍隊の権力を振りかざすみたいで嫌だからである。

事実権力で借りたのだから酷い言葉遊びなのだが。


「スタンレイ臨時大隊到着しました」

「よし、来たか!」


パットンはさほど遅れた事を気にしていなかった、というよりやや驚いていた。

彼はスタンレイが無理な強行軍を取るのではなく、無理難題と向き合いつつ夜までに到着した事を嬉しがっている。

強行軍を命じたら迷子に脱落と遅刻者が1割ずつというのは、悪い冗談めいているが真実味がある言葉だ。

もっとも学校て遠足に出れば毎回迷子が出るのだからそりゃそう言う物である。

全ての社会性動物が抱える問題だ。


「いいか、敵さんはカリブ海沿岸へ進出を企図しつつ此方へフロリダ半島を登ろうとしている。

お前の大隊は戦闘可能か」


パットンの問いに、スタンレイは困った顔をしつつ言った。


「難しいですね、防御戦闘にしても攻撃戦闘にしてもはっきり言えば即席部隊です。

まともな軍事行動と呼べるか怪しいでしょう」

「じゃあ言い方を変える、お前の信じる火力をしこたまにぶち込んで相手をコテンパンに出来るか」

「砲兵及び前進観測班の要員は壊滅以前の人員が多く練度は保証出来ます、火力支援は以前と変わらない状態でできます」


スタンレイはやりたい事を理解した、一気に斬り込んで敵を詰めようという腹積りだ。

パットンの焦りというよりは、夜戦というこの状況を活かし切ろうというつもりらしい。


「海軍の連中が0300に小型舟艇による総攻撃を敵艦隊に敢行する。

これに呼応して、海岸橋頭堡に対する夜襲を狙う」


スタンレイの顔が地図に向けられ、脳内でその地図に幾つかの線が描かれる。

合衆国軍のレーダー性能は現状あまり高いと言えない、ドイツ製レーダーへの換装が終わり切っていないし、熟練者も少なく予算や訓練時間が未だに足りない。


「というわけで、お前の大隊の機械化歩兵は俺の部隊と共に攻撃戦闘に編入する」

「・・・我の部隊は長期行軍により減耗していますが」

「みんなそうだよ、人がおらん。」


完璧に論破された。


深夜、フロリダ半島近海




エンジンの轟音による高らかな叫びをあげて、夜間に水雷艇の突撃が開始された。

水雷艇乗員達は目が煌めいていた、眠気覚ましの覚醒剤のせいでは無論無い、獲物の群れに飛び込む猟犬であるからだ。

リードは外され、水雷艇支援艦の補給を得て突撃隊列を編成した彼らは、目につく船の片端から襲いかかる。


《YOHOHO-!!》

「クソッタレまた来たぞ!!探照灯!探照灯だ!照明弾も打ち上げろ!」


水雷艇の拡声器が最大音響で絶叫を響かせる。

合衆国海軍はまたか!と口々に呪詛を吐きつつ、迎撃に移ろうとする。

彼らは朝昼夕方の3回航空攻撃を受けていた、朝と昼はインディペンデンス級3番艦を改装した南部海軍空母<イリュージョン>の攻撃で、高高度から接近されて急降下爆撃を食らって盛大に沿岸集積地や弾薬輸送船が弾け飛んでしまった。

無論合衆国海軍も馬鹿ではない、各輸送船団ごとに密集体形を組みつつ、その優れた参謀・幕僚の苦心によって一網打尽にされぬ様適切に揚陸手順や割り振りをしている。

皮肉なことにこれの資料は日本軍の大連総退却が参考にされた、降りるも揚げるも対して変わらぬ、どっちもキツい苦労だ。

だが輸送船団の乗員達にはそんなもの気休めにもならない。

弾薬輸送船の乗員は運が良ければ何かも分からず即死したし、大抵は衝撃で打ちつけられて動けないまま溺死した。

燃料油槽船乗員は大半が炎に追われて焼け死んだ、飛び込んでも引火して流れ出す重油は何もかもに纏わりついて燃える。

兵員輸送船は極めて悲惨だった、ガーランドや軍靴や装具を捨てずに飛び込んだ兵士たちは二度と浮かんで来なかった。

そして大概、乗員救助はされない。

その様な余裕はないからである。

無論幸運な何%かは直掩の護衛駆逐艦やコルベット・バージが助けてくれることもあるが、救助中の艦艇が弾薬輸送船などの誘爆で巻き添えを食って轟沈したりしたので、艦長達は無力を噛み締めながら断念する事が多かった。

大半の脱出者は敵味方のスクリューのプロペラや潮流に飲まれて浮かんでこない。


そして夜明けと共に新しい船団は、突撃した魚雷艇に混じった特設機雷敷設艇が撒き散らした磁気機雷や触発信管機雷に当たらない様祈りながら進むのだ。

ただ祈って、ワッチの担当要員が叫びをあげない様祈るのである。


午前4時30分、上陸橋頭堡


《突入ーッ!》


スタンレイは信号弾が上がると同時に叫んだ。

彼の乗る指揮用装甲ハーフトラックは威勢よく飛び出して、大隊を陣頭指揮しながら突き進んでいった。

そこまでは良かったのだが、それに泡食った敵軍が過剰反応して揚陸未完了の戦車連隊1個中隊が突入してえらい騒ぎになった。

もっとも警戒が厚い陣地正面にスタンレイ大隊が突入して火力集中を真正面から被り、側面打撃を受けてしまった。


「逃げるなァ!!」


大隊本部(幕僚数人と通信要員)をお供に取り敢えず前線へ向かっていたスタンレイが声を張り上げる。

壊乱した中隊規模の兵が敗走していた。


「攻撃発起点に帰っちゃいましたよ!」

「ハァ!?誰が指揮を取ってる!」

「誰も取ってないんじゃないです?」


元騎兵斥候だった幕僚の大尉は騎兵科らしいシンプルな言い方をした。

物事をとてもシンプルな認識、会話をするのが機動戦兵科のくせだ、常に早口。

スタンレイはさっさと短機関銃を構えて敗走する連中の足元へ撃ち込んだ。

当てない様には配慮はした、跳弾は知った事じゃない、神様に聞け。

唖然とした顔の兵士たちがスタンレイを見ている、大半は戦闘と無縁な予備役だ。


「敗残兵を取りまとめて再攻撃だ!大尉、お前が後ろにつけ。逃げる奴は私を含めて撃っていいぞ」

「了解致しました」


スタンレイはこういう時には、俺に続けの一言くらいしか思いつかなった。

把握も理解も出来てないんだからしょうがないが、自分でそれを認めると酷く嫌気がする。

戦争がどれだけ下らないか語れる事例を彼は何件か知ってるが、これもそれに加わった。

公式記録では直率と督戦と言うまま軍隊ではよくある、ちょっとした英雄神話の扱いだったのが余計拍車を掛けた。



スタンレイ大隊に積極反撃を仕掛けた20分後にパットン本隊の突入機動が成功して戦線を食い破った連合国軍に対し、合衆国軍は即座に戦車部隊と動ける戦力を再編して抗戦に移る。


「してやられた!薄汚い叛徒の連中の囮に食いついたのだ!」


合衆国軍の司令部は"真実"に辿り着いた、事実ではなかった、パットン本隊の攻撃が遅れたのは有り合わせのごった煮部隊だったからである。

右頬を殴って右を向いた途端左頬を殴ったのでそう見えただけだが、この真実は極めて最もらし過ぎてしまった。

ここで合衆国軍は即応と反撃作戦を即興に打って出る、彼らの危機感についての認識は正しかった。

敵軍主力に突入を許そう物なら上陸軍数万人と莫大な物資は全て吹き飛ぶ羽目になる!しかも頼みの綱の緊急対応部隊は今敵軍主力に側面を見せてしまっている!


「敵軍の突入正面に火力を集中!ここを食い破れてしまったらおしまいなんだぞ!」


生きるか死ぬかに至って合衆国軍は死兵と化した。

戦術も戦略もへったくれもない狂乱と狂奔と狂騒、正しくレミングスだったが馬鹿馬鹿しい事に誰も収拾をつけられなくなり始めた。

突撃したパットン本隊の前衛将兵は敵味方の区別を投げ捨てた両軍砲兵隊の猛撃の中で徒手空拳を多用する白兵戦を繰り広げていく。

が、状況がさらにややこしくなってしまった。

再編されたスタンレイ大隊が再突入を開始したのである。

元々の真実が前提と異なっているのだから当然であるが、合衆国軍の前提が崩れた事から士気が完全に崩壊してしまった。

実数が大隊、というより増強中隊数個でしかないのにも関わらずこれを過大に受け止めてしまったのである。


午前8時にはスタンレイ大隊は海岸堡に到達した。

合衆国兵の立て看板には「←アトランタ」とあったが、スタンレイの手によってこれは白いペンキで「The Endここが終点」と書かれるに至って、事態は完全に破局に至った。

指揮所のバンカーに突撃歩兵が突入し、この上陸作戦は完全に失敗したのである。


不適切な計画、練りきられない作戦、上陸後の作戦計画の齟齬。

不思議の勝ちはあっても不思議の負けはないのだ。


1941年4月2日、マイアミ


司令部を失って孤立し各所で抵抗していた合衆国軍残党が降伏した。

敗残兵の掃討作戦が終わり、捕虜の列が続くのを見ながらスタンレイは漸く休めるとホッと息をついた。

これが失敗してしまったら合衆国軍の数的優勢と海軍力の優位によって全てが崩壊するところであった。

彼にとって連合国の存続とは副次目標であったが、ミナツキとアルベマールの生活を守るという必成目標の為には仕方がないのである。


「勝ったは良いが、コレは尾を引くな」

「予備兵力がありませんからね」


パットンが後始末についての指示を取りまとめながら、スタンレイに言った。

今後上陸作戦が再びされたら、収拾をつけられなくなる。

陸戦だけで精一杯で、合衆国軍の後方物資の動きから見て大規模な陸戦を挑まんと再び蠢いているから戦略予備を回す余裕がない。


「で、敵ならお前どうする。」


パットンの問いに対してスタンレイは即答した。


「狙うはテキサス州からの海岸への突撃、あるいはアトランタ戦線、もしくはこの二つで同時攻勢。

根拠は総数での優位と消耗戦の強要による確実な勝利です。」


スタンレイの返しにパットンは内心、コイツその為に何人死ぬか分かって言ってるなと若干辟易した、パットンはナポレオンの様に戦争を愛しているがスタンレイは愛してないのに莫大な犠牲を容認している。

コイツの精神はどうなってるんだと呆れてしまった。


「閣下!」


バイクに乗った伝令が、機密指定の鞄を抱えて荒々しくバイクを止めた。

伝令は敬礼して即座にそれを渡し、パットンは報告書を見て、困った顔をした。

スタンレイはチラリとそれを見て、どうせろくでもない事だと確信した。


「スタンレイ、お前の部隊再編今度はゆっくり出来るぞ」

「はい?」

「・・・中米共産党で軍用列車が動いている、合衆国の国境へ向かっておる」


考えてみれば当然か、スタンレイはある意味納得してそう思った。

連合国と合衆国が利害対立からの現実戦争ではなく、互いの存在を認められない絶対戦争をしている以上、同じくイデオロギーから相容れない共産主義者が動くのも道理である。

しかし中米共産党は合衆国国境前面へ25万人近い人民解放軍を展開しているが、その装備は質的には高いと言えない。

機械化の割合は乏しく、装甲戦力は古く、海空戦力は劣弱だ。

だが・・・無視することは出来ない。


「参りましたね、これ三人全員手が出せなくなってませんか」

「ひどい話だよ、全く」


パットンは何もかもが嫌になりそうにながら愚痴を吐いて、この後の事を考える事にした。

どうしようもないんだから仕方ないのだ。



1941年4月、サンフランシスコでの幾つかの造船所でのストライキ扇動は暴動となった。

組織化された共産主義者によるオルグと扇動は州軍部隊の鎮圧にかかったが、街路を跨ぎ街区を一つ進むにあたって激烈に抵抗に遭っていた。

この騒ぎを人民革命、プロレタリア革命とした中米共産党は即座に越境と宣戦を宣言、大挙国境をぶち破った。


ボヤから始まった大火災は、今や化学火災となったのである。

しかも当事者たちに消火手段のアテがないまま・・・。

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