Tank! Tank! Tank!

南部連合よ。

アメリカのわがままな姉妹たちよ。

このまま穏やかに分離していくがいい。

-ホレース・グレーリー-


午後14時、ブロニコフスキー戦闘団


アーカンソーシティーから越境したブロニコフスキーの部隊は浸透してくる連合国軍をどう防ぐかを悩んだ。

道路を渡ってブラックウェルから退路を閉塞してくるかもしれないが、最悪なのは敵軍が更に越境し、アーカンソーシティーすら囲む可能性があると言うことである。

しかしニューカークを襲撃される危険もある。

合衆国軍の兵士たちはアテにならない、連中は何も聞いていなかった、ゼウスが略奪したエウローペの名を冠する大陸の兵士皆が知っているあの大戦争、あれを経験していない。

鉄と泥と血の大地、クソの如き砲煙弾雨、地獄の鉄量の叩きつけ合い、それを理解しようとしてこなかった。


「役立たずのアミー、側面援護がこのザマか」


ブロニコフスキーの部隊は臨時というのもあって、中隊規模で構成されている。

しかし戦車は良くて2号戦車の機関砲、だがそれも4両の小隊しかない。

他は機関銃しかない1号戦車、そしてそれに対戦車砲を積んだ1号駆逐戦車・・・。

だがアメリカ軍よりはずっと頼りになるのは明白だった、37mmの軽対戦車砲をろくに指揮活用出来てるか怪しいのだ。


「機動戦力を町から離す、擲弾兵と随伴の対戦車砲はニューカークに残そう」


ブロニコフスキーは機動戦で連合国軍相手に時間稼ぎをするべく、前進し索敵して先制する事を決めた。

もしかしたら、敵が我々の姿を見て過大に評価してくれてるかもしれない・・・。


午後14時46分、連合国軍ブラックウェル前進司令部


「よし、直ちにニューカークに自動車化部隊と戦車を投入!出し惜しみするな!」


スタンレイは即決して強く言い切った。

オリスカニーは了解し、珍しく強気にいったなと少し疑問に思っていた。

だが少し考えればすぐに分かった、要するに少数部隊が侵入する前に突入し、ニューカーク占領で敵の撤退を阻止するつもりだったのだ。

今のうちに陣地を確保しておこう、要するにただそれだけである。

ニューカークに機動する連合国軍戦車と歩兵は、その勢いを崩さず目標に突撃を開始する。


午後15時21分、ニューカーク、ドイツ義勇軍擲弾兵


シュタールヘルメットが特徴的な擲弾兵たちは、米軍の掘った小隊及び分隊が収まる半円形の小規模塹壕で構築されている。

これを掘った陸軍士官学校の将校はドイツ軍の経験を良く聞いた将校たちの一人で、擲弾兵達から見ても出来が良いものであった。

その為、擲弾兵達は陣地構築で疲れる事もなく陣地を確保している。

だがそれでも火力ではまずいものがある、6両ほどの1号駆逐戦車は火力では優れるもの脆弱であり、3門の37mmPak対戦車砲は頼りになるか怪しい。


「畜生、1919年の再来だ」


経験豊かな擲弾兵小隊長、ギュンター・クーゲルは舌打ちした。

近づいてくる連合国軍スチュアート砲戦車とボーレガード戦車が群れを成して近づいてきている。

小隊長は世界大戦に参加した経験があった、1919年の彼は16歳の小銃手であったが、協商軍春季大攻勢で捕虜になったのだ。

あの時の恐ろしい記憶が彼に呼び起こされる、菱形の怪物、そして小さいルノーの怪物。

司令部は戦車の恐ろしさを全く理解しておらず、ただのデカイおもちゃだと一笑にふしてたが、実際に見た事が無い貴族どもの妄想でも無い限り戦車を阻止するのは大問題だ。


戦車警報パンツァーアラーム!対戦車戦用意!Pakは射撃を良く絞って撃て!」


畜生、俺が何したって言うんだ神様。

クーゲル小隊長は各分隊に米軍が置いていった爆薬を支給、前衛に配布しろと命令した。

よく擬装されたPak陣地などがうまく機能すれば、敵軍の攻勢は多少はマシなはずだ。

だが連合国軍の戦車や装甲車の陣形変更などからそれを心から確信できると思えなかった、畜生、ウチの戦車隊とだって負けてない動きしやがって。


「慌てるな、落ち着いて敵を迎え撃てば良い、幸いお互いの火力は」


クーゲルの言葉は、米軍の対戦車砲が勝手に撃った事で打ち切られた。

あのバカども勝手に撃ちやがった!


「シャイセ!アミーども!お前ら伏せろ!」


クーゲルは小隊長としての責任を果たしたが、隣の役立たずを助ける義理は無かった。

有効射程外から撃ち出された砲弾はそもそも当たるわけがなく、釣られて撃った米軍の他の陣地も1発以外全て外れた。

そして命中した一発はボーレガードの銃塔側面に正面からぶつかり、綺麗に弾かれてどっかに飛んでいってしまった。

逆に榴弾を搭載したスチュアート砲戦車は、榴弾を持って米軍陣地を二斉射で血みどろの墓穴に変えていく。


「言わんこっちやねぇ」


クーゲルは釣られて撃ったバカがコッチに居ないのに感謝した。

ドイツの軍人とは個や自我を有する事を否定する、全て部品だ、全てが義務を有する。

例え砲操作要員が悉く死のうと撃って良い時まで撃ってはいけない。


「小隊長、敵歩兵です、側面右翼から2個小隊が戦車伴って来てます」

「MGは確実に当たるまで撃たせるなよ」

「了解、口酸っぱく言っておきます」


下士官の言葉に連合国軍が手を抜かずに攻めてきているのを実感した。

畜生、ペッカムロードを進んでくるアイツらのがずっと頼りになる、アイツらが援護なら幾らでもやれるのに。

クーゲルは自身の後ろで惨めに敗走している連中を罵り、各自の様子をしっかり確認する。


「前進!ダブルクイック!!」


敵の喚声が正面から聞こえる。

ケピ帽を着けた士官がウェブリーリボルバーを持って突撃を先導し、士官のあるべき姿を体現している。

兵のただ10歩先を行く、ただそれだけ、しかしそれがあまりに苦難!

随伴援護のボーレガードは銃塔の機関銃を黒く輝かせて獲物を探し求めている。

だがそれもここまでだ。


「フォイアー!」


37mmPakが射撃を開始、スチュアート砲戦車の2両が擱座する。

敵の突撃歩兵は即座に伏せ、ボーレガードは直ちに火点に機関銃で制圧射撃を開始する。

Pakの操作要員の何人かが死傷、制圧射撃の間に突撃歩兵が更に躍進する。


「MG自由射撃初め!小銃擲弾と迫撃砲も撃て」


MG34がその爆音を轟かせ、猛烈な弾雨を突撃歩兵とボーレガードに浴びせる。

戦車とは繊細なヤツだ、機関銃の猛射でも怖いものは怖いしたまに色々壊れる。

Dixie魂豊かなボーレガードが3両、突撃歩兵を援護するべく更に躍進する。

しかし、最初にボーレガードA2一両が左の起動輪が破壊されて固定砲台に、続けて一両のボーレガードA2がPakを一両吹き飛ばしたが砲身基部を直撃して後退。

残る一両は突撃歩兵と共に更に前進してくる。


「爆薬用意!白兵戦になるぞ!」

「畜生俺入隊するんじゃ無かった」


クーゲルは隣で若い兵士がそう呟いたのに対して、なんとも言えない笑顔で言った。


「だよな、でももう来ちまったわけだ」


ついに、連合国軍兵士が塹壕すぐ近くに取りついた。

手榴弾を放り、戦車の支援射撃が延伸されて後方に伸びる。

オレンジ程度の大きさをした球形の手榴弾が放り込まれるが、訓練された擲弾兵は即座に塹壕の隅の深い部分に手榴弾を蹴り落として伏せた。

対手榴弾対策の塹壕の工夫だ。

ドイツ軍も襟付き手榴弾を投げ返して反撃するが、ドイツ軍の手榴弾は破片効果より爆圧に特化したタイプで伏せた相手に効きは良くない。


「突撃!」


突撃歩兵達は遂に、塹壕内に飛び込む。

狭い塹壕内での戦闘で物を言うのは体格と取り回しの良い銃だ。

しかしながら人間はこう言う閉所近接戦での判断を咄嗟に、徒手空拳でやろうとしてしまう。

つまり、殴り合いだ。

人間の争いの歴史なんていうのはどっかの猿が隣の猿の顔を叩いた時から始まったのだろうが、結局のところ原点回帰になるわけである。

そして、連合国軍の快進撃もここまでだった。


側面迂回してきたブロニコフスキーの戦車隊に自動車化歩兵大隊の大隊本部を襲撃されたのである。


午後16時18分、ブラックウェル、連合国軍前進司令部


「連隊長!自動車化第三歩兵大隊の大隊司令部が襲撃を受けて壊滅状態です」


スタンレイはクソっと言いかけたが、敵の規模を聞いた。

突然の襲撃により規模は良く覚えていないが戦車数両、ドイツ軍なのは確実という話を聞いて、スタンレイは厄介だなと呟くしかなかった。


「まずいですね、敵の機甲戦力がいるとしたら前進中の2個戦車中隊と自動車化大隊の全てが包囲されます。

 最悪敵が此処に来ますよ!」


オリスカニーの言葉に、スタンレイは何かが引っかかった。

何が引っかかったのか、それを思い当たるまでにしばしかかったが、それに気付いた時スタンレイは決断した。


「敵の歩兵は随伴してなかったんだな?」

「はい。確実に戦車数両だそうです」

「ニューカーク攻撃を続行。敵戦車狩りに予備の重戦車小隊と予備の戦車中隊を投入しろ!」

「本気ですか?」

「本気だ。コレが敵の反撃なら敵は動かせる歩兵、又は機動力のある歩兵が今は居ないんだ。

 戦車数両のみの攻撃では陣地から蹴散らせても維持する事は不可能だからだ」


スタンレイは紛争長期化のリスクを抑えデカイ一撃を持って戦いを終わらせるしかないと、そう信じている。


午後16時49分、ニューカーク郊外ドイツ軍戦車隊


連合国軍の第一次攻撃はなんとか凌げた。

だが損害は著しかった、2個擲弾兵小隊は事実上壊滅して今や小銃分隊二つがせいぜいとなり、Pakは全てその義務を果たした。

戦車もあまり良いとは言えない。

機関銃しかない1号戦車たちは移動火点として陣地変換を繰り返しながら発砲して見せたが、射撃のたびに応射をぶち込まれ数が擦り減った。

今や戦車隊は1号戦車2両、1号駆逐戦車4両、2号戦車3両になった。

戦闘以外でも戦場を走り回させた負担と、整備拠点がない事から2号戦車1両が機関故障により行動不能になっている。


「残存戦車戦力は全て統合、今後敵の攻勢が来たら動きながら迎撃しか無くなったな」


ブロニコフスキーはアテにならないアメリカ兵たちの列を見ながらため息をついた。

自分が何故ここに居るのか分かってない者か、敵と会わなかった事を後悔しているバカども。

呑気にお散歩しただけの連中。


「・・・連中自分たちの戦争だって分かってんのか、ほんとうに」

「はぁ、多分分かってませんよ。

 この国の政治的な事情からして中世的認識しかないのです、州制度と小さな政府の欠点ですね」

「これでどのツラしてファシスト名乗ってるんだ」

「人の事言えないでしょウチも」


ブロニコフスキーは嫌になったので、特配で配らせたコーヒーの自分の分を一気に飲み干した。


午後17時23分、ホワイトハウス地下バンカー


連合国軍の早期の反撃により、越境攻撃を恐れてホワイトハウス地下のバンカーに退避した合衆国指導部は甘い妄想の中の戦勝が存在しない事を痛感した。

ペリー大統領は机を叩き、堅物マーシャルとマッカーサー、そして機動戦論者ジョン・パーシングの3名を呼び出し怒鳴ったが、パーシングがより大きな声で怒鳴り返した。


「こんな馬鹿げた攻勢、聞いた事がありません!ズールー族の方が作戦目的を理解しております!

 我々が制作した侵攻案に勝手に横槍を入れたのは貴方達でしょう!それもいきなり!何の事前連絡や相談もなく!三週間前に突然変更すると言い出した!」


ペリー大統領が眉を顰めたが、なにも言い返すことが出来なかった。

元々はオクラホマシティを占領して実効支配しつつテキサス油田への圧力を強め、合衆国は連合国を懲罰すると言う計画であった。

10時間も有ればオクラホマシティを占領し、"再統合を望む市民の要請に基づき"連邦軍が進駐、無事実効支配を確立すると言う計画であった。

衝撃と畏怖、そして速攻。

しかしながら局所的で限定的武力衝突となるこれを欲張って無理矢理に改変しようとしたのである。

その修正案を作る時間は13日もなかった。

しかも精鋭を選りすぐって速攻するはずが適当なやる気の低い連中まで動員対象になった上に、それのせいで攻勢前兆が暴露され警戒されたのである。

中止の勧告を聞くほど利口であったなら良かったが、当然理性的な選択肢なんか理解されないのである。


「こ、この・・・言わせておけば・・・!!」

「書面にも記録がありますがご確認なりますでしょうか、大統領閣下」


パーシングは大統領を至極見下した様に冷たく視線を向けた。

それが直撃したペリー大統領に何も出来るはずが無かったが、辟易した顔のパーシングやマーシャルより、何か不可思議なほど超然主義の様な感情が漏れているマッカーサーが危険に感じられた。

理由はわからなかったが、その違和感を深く考えることはなかった。

ハロルド・スターク海軍作戦部副部長が入室してきたからだ。

彼はヴィンソン計画による海軍増強に関しての実務に関与してきており、両洋艦隊計画案などで海軍を助けている。


「失礼します。悪いニュースです」

「ハドソン川にイギリス軍の海兵隊でも遡上してきたか」


パーシングの言葉にスターク海軍作戦部副部長は「俺を巻き込むな」と嫌そうにしつつ、偵察資料を報告した。


「ハワイ哨戒中の航空機がIJN帝国海軍の活発化を確認しました、ハワイ軍港の戦艦<ナガト>がボイラーに火を入れている様です」


言わんこっちゃねぇやとパーシングがため息をつき、今まで見物気分だった海軍幕僚たちが急に実感を持ち始めた。

戦艦などと言う大型艦は厄介なもので、お出かけするにはメイクに手のかかるお嬢様たちだ。

ボイラーに火を入れて動くまで長くて数日はかかる、そう言うものである。

そして、アメリカ海軍の太平洋作戦規模はあまりに、あまりに乏しい。

日本海軍が16インチ砲艦艇を多数揃えているのにも関わらず、合衆国海軍は未だコロラド級2隻が全てだ。

本当なら一隻だったが、駄々を捏ねて2隻になった。

屈辱の対日英7割の海軍軍縮、世界からの孤立、ある意味合衆国の苦境の縮図であった。


「まさか日本が・・・」


ペリー大統領は唖然とした、この時彼は知らないが、オクラホマ方面で大使館勤務の日本人官吏2名が乗ったバス"パネイ急行"を臨検している最中、近接航空支援のP-26が誤射する事件が発生したのだ。

10kg爆弾4発の誤射により26名の民間人、アメリカ兵、そして官吏の命が失われた。

パネイ急行事件から急速に大日本帝国はアメリカへの敵対感情を先鋭化させ、後々の事件につながることになった。


「・・・どうでしょう閣下、此処は大人しく一歩引いてイタリアに仲介を頼んではどうでしょうか」


マーシャルの言葉に、ペリー大統領は何か言い返すか迷いながら、頷いた。


「・・・イタリア大使館とスイス大使館を経由して、日本と、南部の裏切り者どもに武力衝突を停止する提案を出す」

「御英断です」


パーシングは、本音を言い切った。

強いてケチをつけるならついでに辞職しろと言う位しか無かった。


午後17時30分、ニューカーク市街


連合国軍の戦車が再び隊列を成して現れた時、ブロニコフスキーは迎撃のために出撃した。

アイゼンハウワーが支援として連合国軍の虎の子、ストーンウォール重戦車と言う車体がやけに長く感じる戦車を出した時は絶望したが、それよりも酷いことが起こった。

このストーンウォール重戦車4両はシルエットがフランス軍のB1の様だが、随所を見るとチャーチル重戦車の様なキメラだった。

無論これは欧州大戦の塹壕戦を想定に入れて設計され、歩兵支援の重戦車と言うドクトリンで作られたからだ。

結局参考資料に従って作ったら結局そっくりになるしか無かったのだ。

そんなゲテモノにドアノッカーを撒き散らしながら、擲弾兵の叫び声を聞いた時ブロニコフスキーは心の底から人生はクソだと実感する。


《敵の騎兵が森超えて突撃して市内突入してます!!》


釣り出された。

してやられた。

最初からドンガメの重戦車を投入して機動戦力を釣り出し、摩耗した歩兵の陣地に騎兵を突撃させる。

やられた!!


そしてもう打つ手がなかった。

最初から無理だったのだ。

南部騎兵がジョージア州の馬に跨り、サーベルを奮ってヤンキーを膾斬りにしていくのも、短機関銃を乱射して行軍隊列を切り裂くのも、どうにもならなかった。

後続の歩兵の乗った自動車隊が降車し、星条旗を切り落として連合国旗が再掲揚されるのを止めれる兵士は既に使い果たされていた。

今まで敵の姿を知らなかったか、理解してなかったヤンキー達は南部騎兵の馬蹄に踏み躙られ、自分達の敵をよく思い知らされ、蹴散らされ、降伏していった。


呆気なく、戦闘が終了した。

ブロニコフスキーに出来たのは友軍擲弾兵と逃げ散るヤンキー達を回収して後退する事だった。


「なに?制圧した?確かなんだな?」


スタンレイはそれを聞いて、心底安心したため息をついて言う。


「よろしい。よくやった、南部十字勲章物だ!」


彼は胸元を少し緩めて、椅子に深く座ってニューカークを手放さない様即座に予備兵力の投入を命令する。

それを終えると、スタンレイは一部の人間には衝撃的な事を全部隊に下命した。


「全部隊に越境をしないよう伝達しろ、無論銃弾と砲弾も越境させるのを禁じる」


オリスカニーはまあ当然だなと思ったが、早速若い将校たちが反発した。

彼女には何をどうやってそんな思考をしているか理解出来ないが、急進主義者ははしかのようなもんである。


「本気ですか連隊長、あんな弱兵どもむしろ徹底的に教育してやった方が」

「本気だ、既に前線の各部隊は丸一日連戦と行軍により疲労し、戦車戦力も整備と人員疲労の必要から稼働するのは事実上3個小隊になっている。

そんな状態で無計画に越境するのは恥を晒すものだぞ」

「ですが奴らが先に仕掛けた戦争です!」


スタンレイは、オリスカニーに前線部隊の補給に菓子もつけてやれと指示し、不愉快そうに言った。


「だから、我が国は被害者として国際社会に訴えねばならんのだ。

 そして、ここから先は我々の仕事では無くなったのだよ。

 シビリアンのやるべき仕事の時間だ、我々の演目は終わりだ」


スタンレイはそう言うと、地図と想定される敵兵の行動を分析しに戻ることにした。

スタンレイの発言は概ね本音だったが、隠していることがある。

彼は早く帰って、愛する妻との時間に帰りたいのだ。

戦争にかかずり合わないで生きていく、これが理想であった。


1936年5月22日


南部連合オクラホマの併合を目的とする紛争を開始した合衆国は、ものの3日でその目的の失敗を認めざるを得なくなった。

2個師団から抽出された杜撰な攻勢作戦は1100名近くの死傷者と8500名の捕虜と言う大損害を生み、即応配置の一個機動連隊と州防衛軍と駐屯地の歩兵連隊2個により粉砕されたのである。

今や捕虜になった合衆国兵士に目を吊り上げて嘲笑う日系や中国系の南軍兵士の写真が世界に公開されて、世界中に失笑と「新大陸の三軍以下」たる合衆国の恥を晒していた。

日英の協商国家群は冷ややかに合衆国を批判し、ナチスドイツは不甲斐ない結末に呆れ返った。

統領ドゥーチェムッソリーニがシチリア島で両国代表を招き、停戦と講和を調印させた。

無論、シチリアの沖では「地中海の安寧のため」としてイタリアとイギリスの地中海艦隊が威容を誇っている。


しかしながら得るものもある戦いであった、当初双方でこの紛争は数ヶ月続くと想定されていた。

塹壕戦の記憶からそう言う予想をしていたが、現代の機動戦力は想像より早く進撃するのでは無いだろうか?

それともこれはただのまぐれだと言うのか?機動戦が再び蘇ると言うのか?


パットン以下連合国軍の高級将校や、資料をまとめていた日本の武官の栗林やフランスのド・ゴールなどは深く考える事になった。

ただ得るものが有れば失うものもあった、一般の通説的に言えば失ったものの中にスタンレイのキャリアが含まれる。

議会内部の超国家主義者や軍国主義者のタカ派からすればスタンレイの行為はあまりに非愛国的であり、これに軍の一部が同調した。

当然ながら政府や軍部上層部の常識人からすれば政治的軍事的すり合わせを行っただけであり、彼に非難される謂れはないと理解している。

だが軍部がただの人殺しを職分に含んでいるだけの官僚組織である以上、騒ぎのタネを嫌うものである。

スタンレイは一足早く予備役編入となった。

彼は特に反論や抗議もせず、幾つかの確認をして制服を脱いだ。

予備役少将、ジョセフ・スタンレイの心の中にあったのは「これで年金をもらいながら嫁とゆっくり暮らせる」と言うひどく俗物的思考だった事を知ってるのは本人だけだったので、通説上の彼は「謂れなき中傷を黙って受けた漢」と言うひどく尾鰭が付いた事になり、後々彼を困らせる事になる。


しかし、いまいち不運なこのジョセフ・スタンレイはその事まで考えていなかった。

そして、世界史もこの事件のことを長く話題にしなかった。

メキシコ支援のトロツキー派カタルーニャ・イベリア労働総同盟vsソ連支援のスターリン主義によるスペイン共和国政府vsナチスドイツ支援のフランコ政権国粋派&イタリア支援のカルロス主義者vs全員皆殺しを叫ぶバスク人テロリストで始まったスペイン内戦が発生したからだ。

欧州列強達はスペイン内戦の様子を一喜一憂しながら見守っている。


大日本帝国は満州掃討と大規模粛軍の最中、安藤予備役少佐以下数名によって再度首相が暗殺された。

そんな中で仕方なくコスプレイヤー近衛文麿が首相として選出される事になったが、ファシズムに近い思想を有する近衛は昭和天皇から嫌悪されており、衆議院議員達からも同じくらい嫌われていた。

1937年を迎えナチスドイツの防共協定参加の気があると新聞社の取材に軽々しく公言して、英国からは正気か疑われ外務省からは「コイツを隔離しろ」と言われる首相であっても、一応首相であり、下すには色々と手順がいる。

組閣を命令したのは昭和天皇であるし、一応国民の信任を得ている事になっており、憲政の常道を崩す訳にもいかないからだった。

この"お騒がせ首相"は、国民と衆議院と貴族院達に「早く辞めちまえ」と願われながら首相の椅子に深く座る事になる。







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