第22話 今の立場で・・・
その手毬姉ちゃんの右手から球が放たれた時、菊枝垂さんのバットを持つ両腕が動き出した!!
”カキーーーン!”
”バシッ”
菊枝垂さんのバットから始めて快音が響き、その打球は手毬姉ちゃんのほぼ正面をライナーで襲った!だけど手毬姉ちゃんは素早く反応して左手のグローブを差し出したから、打球はセンターに抜ける事なく手毬姉ちゃんのグローブに収まった!!
その瞬間、菊枝垂さんは黙ってバットをバッターボックスに置くと、そのまま両手でヘルメットを外した。大粒の涙を拭う事もなく手毬姉ちゃんに深々と頭を下げ、後ろを振り返って
つまり、菊枝垂さんは結果を受け入れたのだ。自分の頭の中では、去年の全国中学校ソフトボール大会の県予選準決勝、
菊枝垂さんはスカートのポケットからハンカチを取り出すと、それで涙を拭った。そのハンカチを再びポケットに戻した時、僕の目には清々しい表情をしていたように思えたのは気のせいだろうか。
そのまま菊枝垂さんはベンチに向かって歩き出した。
「・・・おーい、菊枝垂さーん」
早晩山先生が呼び止めたから菊枝垂さんは足を止めて後ろを振り返ったけど、その早晩山先生はクールな表情ではなくニコッと微笑んだ。
「・・・ここからは1年5組の担任として質問しますけど、負けて悔しくないですか?」
早晩山先生はジッと菊枝垂さんを見てるけど、その菊枝垂さんは体ごと早晩山先生の方に向き直り、少しだけ『うーん』と考えたけどニコッと微笑んだ。
「・・・悔しくないといえば嘘になりますが、これが今の自分の実力だというのを理解出来たし、あの時の不完全燃焼を取り戻せたのは事実です。このような場を提供して下さった早晩山先生やソフトボール部の人たちに感謝しています」
「負けたまま去るのですか?」
「こう言うと生意気かもしれませんが、『敗軍の将は兵を語らず』です。今のわたしの立場を早晩山先生は御存知の筈です」
「なら、担任としてではなくソフトボール部の顧問として提案しますけど、その今の立場で再戦をする気はあるのですか?」
「へっ?」
菊枝垂さんは早晩山先生の言ってる意味が分からず、思わず間抜けな返事をしてしまったし、僕も隣のアーリーの顔をマジマジと見てしまったし、手毬姉ちゃんを始めとしたソフトボール部の子たちも首を傾げている。
「・・・菊枝垂さんの『今の立場』で勝負を申し込む気はないのですか?と先生は聞いてるのですが、菊枝垂さんはどうなのですか?」
早晩山先生はにこやかに菊枝垂さんに聞いてるけど、その菊枝垂さんは右手をグーにして左手の掌をパン!とばかりに叩いた。
「なーるほど、先生の仰ってる意味が分かりました。お互いに3代目として『お店の看板を賭けて勝負しろ!』という事ですかあ?」
「まあ、極端な言い方をすればそうなりますね。菊枝垂さんと
「わたしは異論がありませんけど、本当にいいんですか?」
「問題ありません!というより、異議を認めません!先生が責任を持って説得します」
「そこまで早晩山先生が断言してくれるなら、わたしは異論ありません!『
「分かりました。ソフトボール部顧問として、その勝負を認めます。当たり前ですが突羽根さんに拒否権を認める気はないので、事故や身内の不幸でもない限り、必ず勝負させます。日程は今度の日曜日かその次の日曜日という事でもいいですか?」
「『鉄は熱いうちに打て』です。今度の日曜日で構いません」
「場所は『徒名草』でいいですか?『夢見草』では鉄板が1つしかないから対決場所として不向きです」
「構いません。『お互いの店にある物なら何を使っても良い』という条件で、お好み焼き対決でリベンジマッチを申し込みます!」
「さすがに鉄板や冷蔵庫と言った物は持ち出せませんから、常識の範囲というか、車で持ち運びできる物なら店にある何を使っていい、という事でどうですか?」
「先生の車で持ち運びできる物なら構いません。わたしも『車で運べる物』という前提で勝負します」
「審査員は・・・そうねえ、一人は先生、後は・・・丁度いい具合にこの場所にお姉さんと再従姉がいるから、この3人でどう?」
「はーーー、早晩山先生は御存知だったんですね」
「そういう事です。一応、担任ですから」
「わたしは異論ないです。むしろ研究会の部長と生徒会長が中立の立場で立ち会ってくれるのなら、正々堂々と勝負します。それは約束します」
「決まりね。時間は午前10時くらいでどう?どうせ日曜日は定休日なんでしょ?」
「では、今度の日曜日の午前10時にお店でお待ちしております。『徒名草』と『夢見草』の看板を賭けて、とまでいくかどうか分かりませんが、店の名誉を賭けて勝負しましょう」
「これで負けたら、菊枝垂さんはどうしますか?」
「ソフトボールでも負け、お好み焼きでも負けたら、ぐうの音も出ません。今朝の誘いを素直に受け入れてソフトボール部に入りますよ。もちろん、わたしが勝ったら、早晩山先生も御存知の通り研究会に入ります」
「いわば、生徒会長と生徒会書記の代理戦争よねー」
「そうなりますね」
菊枝垂さんはニコニコ顔のまま普賢象先輩からブレザーとリボンを受け取ると、そのままソフトボールグラウンドから去って行った。
当たり前だけど手毬姉ちゃんだけでなく
普賢象先輩は「はあああーーー」と右手を額にあてたまま超深ーいため息をついていた。一方的に当事者に組み込まれたから迷惑している、というのがアリアリと分かるくらいだ。なぜなら、研究会というのは・・・
いや、僕には早晩山先生が一方的に決めた理由が何となくだが理解出来たから、逆に手毬姉ちゃんの説得に回ったほどだ。
こうして、手毬姉ちゃんVS
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