上質なる背徳のパスティーシュ

 太宰治の『駆込み訴え』を下敷きにした作品ですね。はい。イスカリオテのユダがイエスについて独白するという構造、そして最初と最後の完全に一致する台詞からして、それで間違いはありません。

 で、そういう作劇の仕方というのはちゃんとジャンルとして認められていて、いわゆるパスティーシュと呼ばれるやつになります。日本の作家だと清水義範が有名で、実際この方は太宰のパスティーシュも書いてらっしゃるわけで、方法論として悪いものではありません。

 太宰の『駆込み訴え』と同様に、ユダが独特の宗教思想を開陳したり、イエスへの個人的な愛憎を語り散らかしたりするわけですが、その内容は太宰のやつと読み比べてもちゃんとオリジナルのそれになっていて、よく書けていると思います。