イマジナリー・サモナー 〜描いたものが召喚出来る、神絵師少年の冒険譚〜

Phantom

プロローグ

規則的に鳴り響く、無機質な電子音。部屋のあちこちに置かれた医療機器と開かれたノートパソコンから洩れる明かりがぼんやりと室内を照らしていた。


その中央に鎮座するベッドに横たわるのは、まだ十代の半ばといったあどけなさの残る少年。同年代と比べて痛々しいほどに痩せ細ったその全身の至るところには透明なチューブが繋げられ、口元にもまた透明な呼吸器が取り付けられていた。


そこは、とある小さな街の中にある大きな病院の一室。誰もが寝静まる深夜、その少年、神無月渚は今、静かに命の終焉を迎えようとしていた。


物心ついた頃に大きな事故に巻き込まれて両親を失い、自身もまた心肺に重大な後遺症を受けて十年という月日の大半を病院のベッドの上で過ごしてきた。


天涯孤独の身の上で見舞いに来るような親戚や友もなく、顔を合わせる看護士からは腫れ物に触るように扱われ、誰かと親しく会話をした記憶もほとんどない。ほんの小さな六畳程度の病室の、一畳半のベッドの上だけが彼の世界だった。


しかし、そんな小さな世界にも、いよいよ終わりが近付いていた。電子音は徐々に間隔が広くなり、心電図の波は少しずつ平坦に近付いていく。強烈な眠気の波が絶え間なく襲い、落ちては二度と覚めることのない底無し沼のような深い眠りの中に誘おうとしてくる。


(僕……何のために生きてきたんだろう)


ベッドの上で何度も繰り返してきた疑問を再び思い返す。人は誰しも何かしら使命を持って生まれてくると言っていた人がいたけれど、このベッドの上で過ごすことが自分の使命だというのなら神様はなんて残酷な使命を課すのだろう。


よほど、前世では鬼畜な人間だったに違いない。渚は数年前まではそう結論付けていたが、最近では少し考え方に変化が現れていた。


(僕の使命……それがあったとしたら……)


重たい瞼を薄く開いて、渚は開かれたままのノートパソコンに視線を向ける。パソコンの前には、使い込まれたペンタブレット。画面にはある漫画のキャラクターのイラストが完成間近にまで描かれていた。


それは、ただ生きていることさえ奇跡的だった渚の唯一の趣味。ネット上のコミュニティサイトに自身の描いたイラストを掲載することだった。


描くのは人、風景や動物からアニメや漫画のキャラクターまで。幼い頃から絵を描くことが好きだった彼の技術は、ベッド上に生活空間を縛られるとさらにその練度を増した。


さらにはその道のプロでさえ舌を巻くほどの神掛かった筆の早さで、渚の利用しているコミュニティサイト上では頻繁に他の利用者の要望を受けていたこともあってかなりの人気を誇り、他サイトまで神絵師として賞賛されることもあった。


渚の才能は世に出れば大成する器であったかもしれないが、今となっては叶わぬ夢。その技術は、彼の命の灯火と共に今、儚く消え行く定めだった。


だが、同時に遺されたものもあった。ネットの海に流れる渚の絵は世界中の人々に見られることとなり、いつか無数のデータの中に埋もれることがあったとしても、絵を目にした誰かの記憶には残るだろう。


それなら、今まで生きてきた意味も少なからずあったと言えるのかもしれない。


だけどーーー


(もっと、描きたかったなぁ……)


静かに閉じられた渚の瞳の端に流れる一縷の涙。それはきっと、彼の叶わぬ夢に対する惜別の涙だったのだろう。


心臓の鼓動は活動を止め、思考は真っ白に塗り潰されていきーーー


「貴様、惜しいな」


すぐ耳元で聞こえたそんな誰かの囁きを最後に、渚の意識は闇に消えた。

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