第4話 初めてのデートと、からかいのマヒロ

 じりりりりりりりり。

 音が鳴った方向に反射で手を伸ばして、スマホのアラームを止める。

 のっそのっそと体を起こし、スマホで時間を確認すると7時ぴったりだった。

 えーと、今日は何があるんだっけ。

 あ、そうか、マヒロとデー……もとい、出かけるんだった。

 とりあえず、顔を洗いにいこう。



 洗面台に着くと、そこには先客がいた。

 マヒロだ。


「おはよう」

「もばよう(おはよう)」

「いや、顔洗い終わってからでいいよ」


 マヒロはバシャバシャと顔を洗ったあと、タオルで顔を丁寧に拭いて、


「ごめん、おはよう。私は使い終わったから洗面台どうぞ。あ、タオル使う?」

「使わないよ!」

「むー、照れないでいいのに、洗濯物を少なくしなきゃだよ」

「もっともらしいことを言っても使わないからな!」


 マヒロはふくれている。

 なんでだよ、使って欲しいのかよ。

 流される前に話題を転換せねば。


「と、洗濯物で思い出したけど、家事の分担決めないとな。買い物までの道のりで話すか」

「確かに!」



 それからお互いの準備が終わって、2人で外に出た。

 新しい街は新鮮さと同時に少しの恐怖も心に宿すけど、春の優しい風がそれを調和する。


「それで、家事の分担どうする? 交代制?」

「私に1つ、いい案が」


 マヒロはそこで一呼吸置いて、


「legend gunで毎日対戦して、負けた方がその日の家事をすることにしよう!」

「おぉ、いいね。つまり、俺は家事をやらなくていいってことか」

「言うね、私も負けないよ」


 バチバチと視線をぶつける。

 いつも通りのやり取りのはずなのに、こうやってネットの世界から抜け出して、顔を見合わせてやってみれば新鮮な気分になる。

 不思議なような、意識しすぎなような。

 沈黙が続いたから、前々から気になっていたを尋ねてみる。


「ああ、そういえば学校ってどこに行くんだ?」

「高校」

「いや、そういうことじゃなくて」

「分かってるよ、ふざけてみただけ。星名高校」

「ちょっと、もっかい言ってみて」

「星名高校」

「……マジか。俺と一緒じゃん」

「え、本当に!?」


 マヒロは、「やったー」と嬉しそうに飛び跳ねている。

 たしかに、学校が被るのは分からなくもない。

 同じ学年で、近くに住んでいて、同じくらいの学力を持っていることは知っていたから。

 心のどこかで同じ学校だったらいいなーくらいには思っていたけど、まさか実現するとは。

 これは楽しい学校生活になりそうだ。



 そこからしばらく歩いて、着いたのは大型ショッピングモール。

 お昼も食べれるし、服も買える総合施設は今日の目的に合致していた。

 まあ、ここら辺の地理がまだないって言うのが主な理由だけど。

 とりあえず大きい店に向かおう的なね。


「とりあえず、ご飯食べる?」

「それもそうだな」

「何食べたい?」

「んー……特にないから、マヒロにお任せするよ」

「よし、じゃあオムライスにしよう! 昔、一回ここのオムライス屋さんに来たことあるんだけど、すごく美味しかった思い出がある」

「じゃあ、それで」



 オムライス屋に着いた。

 俺は、1番おすすめ! と書かれたケチャップオムライスを頼んで、マヒロはオムライス屋にも関わらず、カツ丼を頼んでいた。

 なんで?


「なんでカツ丼?」

「前来た時美味しかったから」

「前来た時もオムライス頼まなかったのかよ……」

「なんでだろうね?」

「なんでだろうね」


 2年間共に戦ってきた俺でも、それは全然わかんない。



 その後すぐ、オムライスとカツ丼が届いた。

 2人で「いただきます」と唱えて食べようとしたところで、水がなくなっていることに気づく。


「水入れてくる」


 飲水はセルフサービスだから入れるために席を立とうとしたのだが、


「あっ、私の口ついたやつだけど、水……飲む?」


 そうやって、中身が半分ほど減ったコップを差し出される。

 か、からかわれてるんだろうか。


「いや、いいよ。なんならマヒロのも入れてこようか?」


 とりあえず内心の動揺は表に出さず、冷静に対応する。


「いや、大丈夫。行ってきて」



 水を汲んで戻ってくると、マヒロが開口一番。


「あの……カツ丼、あ、あーんしてあげようか?」


 なんて、言ってきた。

 からかわれてる! 絶対からかわれてるよ!

 タオルの時といい、今日はよくからかわれる日だな。

 ここでただの童貞チキンボーイなら恥ずかしがって引くのだろうが、圧倒的負けず嫌いの俺は違う。

 ここであえて乗って、マヒロをビビらせて勝ってやるのだ。


「ああ、ありがとう。じゃあよろしく」


 そう言って、口を大きく開ける。


「えっ、えと……本当にやるの?」

「あーん」


 あーんの圧力をかける。

 さあ引け! ごめんなさいを言うのだ!


「じゃあ、あーん」


 口に優しくスプーンに乗ったカツ丼が運ばれてくる。

 えっ、あーんされてる?

 そんな戸惑いは意味もなく、スプーンが口からスッと抜かれると、舌にはホカホカのご飯とサクッとしたカツが残る。

 むぐむぐと咀嚼して飲み込んだ後、マヒロの顔を見ると、それはそれは真っ赤になっていた。


「マヒロ、顔真っ赤じゃん」

「……そういうタイキこそ」


 スマホで確認しようと思ったけど、やっぱやめておく。

 何故なら俺の顔が真っ赤なことは分かっているから。

 観測しなければ事象は確定しないと言うシュレディンガーの猫の理論を曲解して、今回は俺の勝ちとしようと思ったのだが、


「ほら! ほら!」


 マヒロが今撮ったであろう、顔が真っ赤な俺の写真を見せつけてきて、事象が確定してしまった。

 ……今回は、ドローということで。


 オムライス屋で散々からかわれた後、次は本題の服屋に来た。

 正直、服とか人並み以下にしか分からないから、力になれると思わないのだが、一緒に来た以上何か意見を求められるかもしれない。

 そうなった時ように、『試着してみれば』と言えるように頭の中で準備しておかねば。


「これとこれ、どっちが好き?」


 きた。この悪魔の質問。

 噂によると、この一件答えを委ねられたように見える質問には正解があり、その答えを外すと容赦なく不機嫌になるらしい。

 つまり、『試着してみれば』が按牌なのだが……

 一回、2年間話してきたマヒロに対する自分の直感を信じてみることにした。

 まあ、会ったのは昨日が初めてなんだけど……


「右……じゃない? 多分」

「うん、ありがと! じゃあ右買ってくるね」


 どうやら正解したらしい。

 ひとまず胸を撫で下ろす。

 あれ? そういやパジャマ買いに来たんじゃなかたっけ。

 今のは完全に外行き用の服だったと思うのだけど。

 まあいいか、欲しくなったんだろう。

 そんなことを考えていると、マヒロはレジから戻ってきていて、


「じゃあ、次はパジャマを買いに行こう!」


 なるほど、今のは前座だったのか。

 あれ、というかパジャマは別の店で買うの?



「パジャマはここで買います」


 そう言って連れてこられたのは筆記体で店名書かれた店。

 なるほど、知らん。

 ユニユニの実の全身ユニシロ人間(パラミシア系)である俺には、今まで縁遠い場所だったからだ。


「こんにちは〜何をお探しですか〜?」


 店員が突っ込んできた。

 俺はあたふたしていたけど、マヒロは手慣れている様子で、


「春物のパジャマを2着ほど、明るい系が好みです」


 なんて答えていた。

 そうか、女の子だから……というと語弊がありそうだが、着る服にも気を使ったりするんだな。

 同居が始まってからまだ1日しか立っていないのに、今まで知らなかったマヒロヒロの姿が一つ、また一つと見えてくる。

 それが何故か、無性に嬉しかった。


「タイキ! 聞いてた?」


 ごめん全然聞いてなかった。

 でも頭の中で、マヒロに対して結構な好印象抱いてたから許して欲しい。


「聞いてなさそうだね……とりあえず、あっちに春物のパジャマがあるらしいから向かおう」

「分かりました」


 大人しく後ろをついていった。


 パジャマコーナーに着くと、真っ先にパーカー型パジャマを手に取るマヒロ。

 俺の性癖を刺しにくる気か?


「タイキの性癖的にはこれだよね?」

「まあ、そうだけど」

「じゃあこれ試着してくる。見に来て」


 なるほど、どうやら本格的に俺の性癖を刺しにくるらしいな。受けて立とうじゃないか(ありがとうございます)


「タイキー確認してー」


 試着室の中カーテンのむこうがわから声をかけられる。

 対戦よろしくお願いします。


「どう?」

「負けました。可愛いです」


 ずっと、心の中で封じていた言葉かわいいが素直に口から出る。

 これは負けを認めてしまう可愛さだわ。


「ほ、ほんと……? じゃもっと近くで!」


 そう言って、パッと手を引かれる。

 予想だにしていたなかった動きに対応できず、引き込まれた先は試着室の中。

 そこで背中に手を回され、俺がマヒロを見下すような形になり……

 あ、ヤバい。


「可愛い?」

「あぁ、かわいいよ……」

「ふふ、良かった」


 楽しそうに笑うマヒロ。

 ……ああもう、思春期男子には刺激が強すぎる!

 とりあえず煩悩退散してから、話題を変えよう。

 そうしないと大変なことになる。


「てか、第一なんで試着室に俺を引き込んだんだよ」

「それは……そういうものなんだよ」

「さすがの俺でも、それは違うってのは分かるぞ!?」

「……とりあえず暑くなってきたし出よっか」

「そうしてください」


 背中に回っていた手をパッと離されて、やっと解放された。

 手を離されると生じた少しの名残惜しさを飲み下して、そっと試着室の外に出る。

 そのあとしばらくして、カーテンがシャッと開くと、元の服に着替えてパーカー型パジャマを軽く折り畳んで手に抱えたマヒロが出てきた。


「よし、決まったし買って帰ろう」

「あれにするんですね」

「うん、好評だったようだし」


 あれを家で観れるとなると、嬉しいを通り越して心臓の心配をしてしまう。

 もってくれ、オラの心臓。

 その後、同じパーカーを5着買うマヒロに若干引いてから、


「じゃあ、家に帰るか」

「そうだね」


 今日はマヒロが、色々と勘違いしそうになることを言ってた気がするけど、疲れた頭では深く考えることができなかった。

 そういうことに、しておきたい。


─────────────────────


マヒロ視点


 家に帰ってきて、今日の頑張りの成果をタイキに聞いてみる。


「ねえ……今日は私にドキドキした?」

「ドキドキって、そんなの初日から……あ、もしかして今日急にからかってきたのはそのせいか!?」

「そっか……初日から、か」


 すかした感じで答えてるけど、内心は「え、初日からなの!?」となっている。

 そっか、初日からドキドキしてくれていたんだ。

 じゃあ、誘惑からかいなんかしなくても、ゆっくりゆっくり私を意識させて、最終的に女の子として夢中にさせればいいかな。

 これから高校生活が始まるんだし、同棲だってしてるんだし……


「じゃあ、おやすみ」

「もうからかうのはやめてくれよ! おやすみ!」


 思ったより好評みたいだから、またからかってみるのもいいのかも。なんて。

 今日は私の勝ちだね。

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