第2話 想定外と、自己紹介

 …………………………なんで?

 席、間違ったのだろうか?

 そう思い、スマホで送られてきた席を確認するが、何度見ても間違っていない。

 なら、何故?

 あ、妹さんだろうか。

 ヒロが急用で来れなくなって、それで代役を立てた……とか?

 一度その発想になると、そうとしか考えられなくなる。

 一言連絡してくれれば良かったのに、それも出来ないくらいの何かがあったんだろうか。

 もしそうなら心配だ。

 そんなことを考えながら、妹さんの待つ席に向かった。


「あの……初めまして」


 第一声はこれで良かったのかと不安になるけど、これ以外に思い浮かばなかったのだから仕方ない。

 コミュ力は成長過程で失った。元からなかったとも言う。


「初めまして……になるのかな、タイキ」


 見た目通りの、少女らしい高い声で妹さんは返答してくれる。

 それと、俺のゲームの名前知ってるということは、この子が今回の待ち合わせに全く関係ない別人の可能性は消えたな。


「えっと、ヒロの妹さん……かな?」

「ふふ……私がヒロだよ、タイキ」


 声も、1人称も違うのに、何を言っているんだろうか。

 第一ヒロは男……あれ? ヒロの口から自分が男だって聞いたことはなかった気もするな。

 でも、男だろう。これから同居することになってるんだから。

 流石に異性と2人で同居しようとはならないだろう。ならない……よね?


「ええと、ドッキリかな? ヒロ、お兄さん? は近くにいるの?」

「もう、だから私がヒロなの」


 その依然とした態度に少しヒロの面影を感じたが、


「でも、声とか全然違うし」

「ボイチェンだよ? 正直タイキ相手には外してもよかったんだけど、癖になってたからずっとつけてたの」

「ボイチェンって、もっとロボロボした感じにならない?」

「私用のボイチェンだから、いい感じに調整してたの」

「あと、一人称も違うし……」

「ネットで話す時と、普段とで分けてるの。これもタイキの前では戻しても良かったんだけど、もう癖になっちゃってたから。でも、その勘違いのおかげで一緒に暮らせるようになったのなら、結果的によかったのかも♪」


 楽しそうにいう彼女に嘘をついている様子は見えなくて、これでいいのかな、なんて諦めに近い感情も出てきた。

 いやいや、ダメだろ。

 仮に目の前の美少女がヒロだとしたら、女の子と2人暮らしすることになってしまう。

 それは、困る……というか、事情がだいぶ変わってくる。


「信じてくれる?」

「じゃあ、最後に一つ質問。これはヒロにしか言ってないし、誰にも言わないでって言ってるやつだけど……俺の性癖は?」

「貧乳少女がパーカーにヘッドフォンでしょ?」


 あ、ヒロだ……

 この子、絶対ヒロだわ……

 え? じゃあ、俺今日からこの子と同居することになるの?

 そう、呆けていると、


「とりあえず、座ったら?」

「あぁ、うん、ごめん」


 そういえば、ずっと立ったままだった。

 ヒロの対面に座ると、待たせてたのか店員さんがすぐにきてくれたので、コーヒーを頼んでおく。

 少しの沈黙の後、


「これで、信じてくれた?」

「まあ、信じるよ。でも、まさかヒロが女の子だったとは……」

「隠してたつもりはなかったんだけどね? 言う機会がなかったのと、言ってないこと自体忘れてたのと」

「たしかに。俺も男だと勝手に思ってて、特に性別に関して聞かなかったもんな」

「あの……怒ってる?」

「怒ってないよ。びっくりはしてるけど」


 本当、びっくりしてる。

 2年間ずっと一緒にプレイしてきて、ずっと気づかなかったとは……

 相棒として、少し悔しい気持ちにはなった。


「なら、良かった。ちょっと怖かったから」


 ……こうやって対面したらヒロが可愛く見えるのも、悔しい気持ちになる。


「あ、そうだ、そろそろ自己紹介とか、する?」

「ヒロ相手に自己紹介ってのも変な気持ちだけど……まあ、それもそうだな。これから一緒に住むわけだし」


 これから一緒に住むわけなのか。再三と自分が言ってるはずなのに、どこか実感がまだない。

 いや、でも、女の子だったからと意識しているだけで、2年間共に戦ってきた相棒と一緒に住むだけと考えたら……そこまで、おかしい話でもないのかもしれない。


「本名、小鳥遊万尋(たかなしまひろ)です。これからよろしくお願いします」


 なるほど、だから"ヒロ"か。ちょっと男っぽいゲームネームにも納得がいった。

 そこも、ヒロを男だと勘違いしていた原因だったのだろう。


「それで、趣味は……タイキとゲームすること、だと思う。好きな食べ物はチョコレートで、好きな動物はライオン……って、これは知ってるよね」

「そうだな、俺とゲームすることを趣味って思ってくれてたのがちょっと意外だったけど」


 というか、だいぶ嬉しかったのだが、それは言わないでおく。

 男のプライドはずかしいってやつだ。


「じゃあ、次はタイキの番。あ、私は趣味とかも改めて聞きたい」


 少し過去を思い出す。それから一つ、息を整えて、


「本名、早川大貴(はやかわたいき)です。趣味はfps……もとい、ヒロとランクを回すことで、好きな食べ物はカレーライス。あと、好きな動物は、パッと思い浮かばないけど、強いて言うなら猫かな」

「むー、気遣わなくていいのに。というか、本名とゲームネーム一緒なんだ」

「小学生の頃からずっとネットでは"タイキ"だったからな。当時はそこまで意識してなかったけど、今考えるとちょっと危ないよな」

「そうだね。まあ、私もほぼ本名だし人のこと言えないけど……」

「それもそうだ」


 なんだか、いつもの調子に戻ってきた気がするな。

 2年間培ってきたリズムは少しの衝撃では変えられない、ってことだろう。


「それじゃあ自己紹介も済ましたことだし、俺たちの家、観に行くか?」

「うん!」

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